青柳(1957)を読む

「日本列島産淡水魚類総説」「総論 日本列島産淡水魚類の分布」を読む

これは,Phylogeographyシンポ<日本魚類学会2003>@京都のための

準備として,標記の文献を読みこなそうとした試みです.

MLで2003/7/3と7/4に配信したものを一部改編して載せています.

メールということもあり,構造のしっかりした論考ではありません.あしからず(2004/10/14up).

【1】

(前略)

日本の淡水魚類相の動物区的な記述のある主だった文献を検討していきますが,基軸としてまず青柳(1957)「日本列島産淡水魚類総説」を見てみます.

p.251から,「総論 日本列島産淡水魚類の分布」ということで,主なる「既往の諸学説」のレビューからはじめ,オリジナルな論考が進められている重要な文献です.

「既往の諸学説」の出典として,以下のものが挙げられています.はずかしながらどれも持っていない...<後日水産大学校の酒井治己さんから,中村守純文庫よりいくつかコピーさせていただきました>

Jordan, D. S. 1901. The fish fauna of Japan, with observation on the geographical distribution of fishes. Science. 2nd Ser., XIV: 545-567, New York.(うーん,持っていないし,探しにくそうな...持っている人いる?)

川村多実二.1918.日本淡水生物学-上(出版社?,図書館に行けばありそうな)

大島正満.1923.台湾産淡水魚の分布を論じ,併せて台湾と付近各地との 地理的関係に及ぶ.動物学雑誌,XXXV (411): 1-49.(これも図書館で見つけられそう)

田中茂穂.1929.動物及植物の分類学上の意義およびこの学の将来の使命. 日本学術協会報告,V:243-257.(うーーん...)

Tanaka, S.1931.On the distribution of fishes in Japanese water. J. Fac. Sci. Imp. Univ. Tokyo. Sect.4. III (1): 1-90.(東大理の紀要だから,図書館で 見つかりそう)

Berg,L. S. 1934(3?). Zoogeographical divisions for fresh water fishes of the Pacific slope of Northern Asia. Proc. Fifth Pac. Sci. Congr., Canada. V: 3791-3793.(よく図が引用される文献ですが,出版年自体あやふやで,多分みんな 孫引き?)

Mori, T. 1936.Studies on the geographical distribution of fishes eastern Asia. (出版元?)(コピーを持っていたはずなんだけど...東水大・魚類学には あったような.)

小林順一郎.1935.本邦淡水魚の分布と種類に就いて.日本学術協会報告,XI(1):94-97. (ドジョウではなく,トゲウオの方の小林さん)小川一男.1937.地理的分布から観た鹿児島県の淡水魚.広島博会誌,(5):11-27. (入手は...;)

上記の通り,はずかしながら,すぐに原著に当たることができませんし,その意義も感じませんので,簡単にやり過ごします.要するに,ワォレス(1876;原著は見ていません;)の有名な図で示された伝統的な動物相区分でのPalaearctic(旧北区)とOriental(東洋区)を淡水魚類相データからより詳細にサブ区分したり,その線引きを検討するのが,メインの解析(?)となります.

青柳(1957)も同じ路線であり,この本を作り上げる当時最新の生データをもとに,地域・魚類分布のマトリックス(+/-/?)を作り,分布パターンによる魚種のグルーピング,分散経路の推定,淡水魚類相の区分,が進められます.

彼の総説をベースに,方法論,あるいは論理を検討してみたいと思います.若干の差異はあるものの,青柳以降の主要な以下の文献も,同様のアプローチをとっていますので,代表例として適当だと思います.

Okada, Y. (1959) Studies on the freshwater fishes of Japan. I. General part. J. Fac. Fisheries, Pref. Univ. Mie, 4(1): 1-265.の第4章 その他,個別の多数の魚類相研究.あるいは,「2.それに地史情報を積極的に取り入れた議論」に位置づけられる研究,例えば

リンドベルグ,ゲ・ウ.1972(1981日本語訳).現世淡水魚類相の起源.東海大出版会.

西村三郎.1974,1980.日本海の成立.築地書館.

のベースとなる方法論も同様です.

同様のデータを用い,定量的・操作的なアプローチをとったのが,有名な(ウソ)

Watanabe, K. 1998. Parsimony analysis of the distribution pattern of Japanese primary freshwater fishes, and its application to the distribution of the bagrid catfishes. Ichthyol. Res., 45 (3): 259-270.

であり,後で対比を行ないます.

(余談:Crisci et al. (2003) Historical biogeography: an introduction. Harvard Univ. Press.という格好な入門書が出版されましたが,その中で Watanabe (1998) も用いたPAE=Parsimony analysis of endemicityの節があります.ちゃんと別刷を送るなどの営業をしなかったためか,残念ながら「適用例」のリストから落ちていました.残念でした.宣伝も大事ですね.)

次回は,青柳を代表とする古典的な「方法論」の理解に務めたいと思います.

【2】

さて引き続き,記念碑的な青柳(1957)ですが,どのように論を展開しているでしょうか.

「既往の緒学説」につづいて,「日本列島産淡水魚類の系統」ときます.先の緒文献に加え,

Taranetz, A. (1936: Freshwater fishes of the basinof the north-western part of the Japan Sea. Trans. Inst. Zool. Acad.Sci., URSS, IV: 483-540)

も引用しながら(結構この後主役なのに,なぜ前章で示されていないのだろう?),「日本列島に分布する淡水魚類の主な要素は,揚子江以北の東亜緒地方に由来する大陸系のものであるが,これらの他に,...」と切り出し,魚種をいくつかの「何とか系」に分類します.

[大陸系] [シベリア系] [支那系] [北太平洋系] [印度支那系] [日本固有系・その他不明]

これら5つのグループ(大陸系は2つに分割)について,14の地域(樺太から琉球列島まで)ごとに,分布(+)/非分布(-)/不明(?)を一覧しています.対象魚種は,純淡水魚から通し回遊魚まで全般です.

ここでは引用文献の原典に当たっていませんが,この「系」の分類自体は,おそらく,その種(群)に近いものが海外のどの地域に普通に見られるか,ということでなされているようです.すなわち,最後の「固有系」を除き,日本列島周辺(外部)に「center of origin」があり,そこから日本列島に「浸潤」してきたという,分布域形成の「プロセス」が,暗黙のうちに仮定されていると理解できます.

ちなみに,純淡水魚の中では唯一ナマズ目魚類が印度支那系に含まれていますが,これは大きな間違いといえるでしょう.(渡辺 (1999 in「魚の自然史」)で指摘しました.)頭のどこかに,ナマズ類の中には海産のものがいること(ただし別科)や,南方にナマズ類が多いというイメージがあったためかも知れません.しかし,不明です.おそらく,最初にシレッと引用されている緒文献に同じような記述が見つかったとしても,合理的な理由は見つからないと思います.(どう考えても不適当だから.)

以上から分かりますように,この「系」分類は,「プロセス」の仮定と任意な解釈のもとで行われているといえます(少なくとも前者(↑)は方法論を瓦解させるものではありません,念のため).

「プロセスに関する仮定」に関連することとして,表V(日本固有系または系統の不明な魚類)の注釈(および次章)に興味深い記述があります.すなわち,アユ,シラウオ,イシカワシラウオに関して,「北方系の鮭鱒類に属していたものが,氷河時代に南進して取り残され,日本列島南部の比較的温暖な気候に適応したものであろうと思われる」とあります.これは西村(1974, 1980)の「日本海の成立」を論じるときに改めて考えたいと思いますが,とにかく「氷河期」が好き(?)なんですよね.現在の知見からすると,時間スケールが10~100倍違うわけですが,種の変わりやすさや淡水魚の分散能力に関する当時の世界観を類推する鍵になると思います.同時代にダーリントンが「動物地理学」等の著書を出していることもその点で興味深いことですが,...近場にダーリントンあるかなあ...私にはそこまで考察を深める能力はありません.

次に,14の地域の分割ですが,これは,比較的よく分かった代表的な地域,あるいはこれまでの説から,ここで分かれる,といわれているラインを総合して,行ったようです.ちなみにOkada (1959) は国外周辺地域を含めて12地域に,またWatanabe (1998) は,河川学的な文献に示された主な分水界をベースに,少なくとも一部の種群で淡水魚の分布を隔てると指摘されていた境界で分け,琉球列島を除き(純淡水魚のみを対象としたため),結果,計25地域に分割しています.

1水系ずつというとノイズが大きくなるので,大まか過ぎず,細か過ぎずで分割すべきでしょう.理想的には,いくつかのスケールで分割してみて,どの場合に最も生物地理学的情報が多く得られるかを検討できればベターでしょう.魚類相情報の揃ってきた今日であれば,データの精査は必要であるにせよ,可能だと思います.あるいは空間スケールごとに,異なるタイプの生物分布情報を検出できる可能性もあります.(追及すると面白そうですが,本題に戻ります...)

【3】

次に「本邦並びにその近接諸地域の内陸水に於ける淡水魚類相の構成」というメインの章が始まります.

議論のベースはどうもTaranetz (1936) のようです(シンジコハゼG. taranetziのTaranetzですね).ここでは陸地連結説(Land connection hypothesis)と呼んでいます.一般的には陸橋説の部類ですが,矢部(1929)の日本海周辺の地質に関する研究をベースにした「北(カラフト)と南(朝鮮半島)の陸橋を通じた分散(ただし移入方向)」説と表現することができます.それの正当性をこの章では論じて行くことになります.ちなみに時代背景は一般的には明示されていませんが,サケ・マスやアユ等,あるいは沿海州,黒龍江河口の魚類相に関する記述から「氷河期」を想定していることが分かります.

Taranetz自身が挙げた根拠として,日本海の大陸側と日本列島側で同じ種や近縁種が「緯度的にパラレルに分布」していることが6つのケースについて示されています.そして「何れも彼の諸説の正しさを裏付けるものと思われる」とされています.うーーん,なぜだろう,とここからして頭を悩める私...「大陸の北部と南部(中国中部)に各グループの分布の中心地があり,それが日本海の両側でそれぞれ南方,北方に分布を広げた」というプロセスを描いているわけですが,南限や北限の一致は単に水温条件などで説明され,分散の方向性に至っては,はじめに「center of originあり」なので反論うんぬん以前です.

しかし,続いてもう少し合理的な論拠も提示されます.北側からの浸潤群も南側からの浸潤群も,両方とも,末端に向かうとともに種類が減っていくことです.つまり,その分散能力か何かのために,一部の種しか,その末端まで浸潤し得ていないというわけです.

一見もっともらしいのですが,簡単に言えば間違い,ひいき目に見れば種分化速度を過大評価した(世界観による)一仮説である,といえます(もちろん著者らはそのような理論(概念?)負荷を意識していません).

南方からの浸潤群とされる「支那系」の純淡水魚(主にコイ科)は確かに関東東北地方で種数を減らします.しかし,分布する種の多くは固有種です(ゼニタナゴ,タナゴ,ギバチ,ミヤコタナゴ,シナイモツゴ:当時はアルファ分類自体の整備が今日よりも大きく遅れていたことも割り引かなければなりませんが).また琵琶湖周辺の固有性の高い豊富な魚類相は,大陸からの「漸移的」な傾向からはずれます.上記の「種分化速度を過大評価した理論負荷」とは,上の私の反論については,北進あるいは南進の過程で種分化が起こったと考えれば説明できる,ということを意味しています.逆に言うと,あるものは種分化し,あるものはしないまま広域分布を達成したと主張することにもなりますね.

この30年間の系統,分子時計や化石の研究から,以上の一部種分化を伴う(一斉)侵入説は受け入れがたいといえます.もちろん青柳ほかは,そこまで立ち入ったプロセスを積極的に結論しているわけではありませんが.また,新しいデータが比較的大ざっぱな古い仮説を棄却すること自体は別に特段注目すべきことではありません.ここで私が明らかにしたかったことは,(繰り返しになりますが)論考全体が「真空地域(日本列島)へのcenter of origin(大陸)からの分散(侵入)」という分布域形成プロセスを前提とした論理構造になっているということです(「魚の自然史」でも論じました).生物地理の教科書を見る限り,ダーリントンを始めとして,これはこの時代,ごく一般的なパラダイム・世界観だったということです.(日本の魚類研究者の中にはまだ根強く残っているような気がしますが...)

(しつこいですが)決して日本列島が氷河に覆われた地域でも真空地帯でも無かったにも関わらず,南方,北方から同じ時間的背景の中で一斉に浸潤を開始したといわんばかりです.青柳の論考が,Lindbergや西村らの「複層構造」説から一線を画される大きな理由がここにあります(Lindbergと違って,西村はかなりの「分散」主義者ですが).(青柳およびそれ以前,特にTaranetzなどで,複数の時代背景を想定した日本産淡水魚の多層性を論じたものがありましたら,教えていただけませんか? もちろんある可能性があります.)

あー,長くなりました.分散と分断に関しては,次回,整理してみたいと思っています.

あ,ついでに...テクニカルには,分布域形成の仕組みが異なる純淡水魚とさまざまなタイプの通し回遊魚を一緒に扱おうとした点も大きな問題だったといえます.もちろん私たちのシンポではその点を十分に意識していますね.

【4】

以上で主な論考は終わり,最後はまとめとして「日本列島の淡水魚類分布区」が,しばしば引用される区分入りの列島周辺地図とともに提示されます(カラフトや台湾が入っていて「日本列島の」は政治的に正しくない表現ですが,ここでは無視させてください).

「筆者はここに,純淡水魚の他に降海性魚類,溯河性魚類,汽水魚類などをも考慮に入れて,日本列島に於ける淡水魚類の分布区を次のように分けたいと思う」

生物の分類と同じで,分けるのは個人の自由です.何を根拠にしているのかが明示されているか,そして,どれだけ便利か,が問われるだけです.それにしても,この比較的小さい地理的スケールで,純淡水魚から汽水魚まであわせて考慮する意義っていったいなんでしょう?

[旧北区]

I. シベリア地区 1.樺太地域 2.北海道地域 3.千島地域

II.支那地区 4.日本本土地域 i.東北地方 ii.西南地方 iii.黒潮地方 東洋区

III.印度支那地区 5.琉球地域 i.薩南諸島地方 ii.沖縄・先島地方

6.台湾地域

それぞれについて,記載あるいは先行研究との比較を行いながら,説明があり,最後の第212図には,さまざまな文献(って,探すとなかなか出てこない...古いですが「日本の淡水生物-侵略と撹乱の生態学」(東海大出版,1980)とか)に引用されている分布区分の地図が示されています.

以上が青柳(1957)の分布解析となります.

次回以降は,「分散と分断」の簡単な整理を行ったあと,「青柳以降」について順次見て行きたいと思います.<おしまい>

【5】

余談:この本は淡水魚保護協会が1979年に復刻していることもあり,比較的お持ちの方も多いかも知れません.私自身は,ギギ類と今回紹介した最後の部分,文献リストのコピーしか持っておらず,できれば入手したいと考えているところです.日本産淡水魚の生物地理の古典として,西村著「日本海の成立」とともに,手元に置きたい本であると思います.<後日,偶然にも名越誠先生(奈良女子大学名誉教授)にいただきました!>

東水大にいた頃から,このような古い文献は本当に身近にあったため,自分自身で所有する必要性を感じていませんでしたが,奈良女に就職したとき,「水産学会誌Fisheries Science」が身近にないという経験をし,本当に衝撃を受けました(直に,電子ジャーナルコンソーシアムのお陰で,on lineで読めるようになりましたが).

本は買えるときに自分で買えと,大学1年の時に,死んだ中野繁さんに言われたのを始め,何人かの人から同じことを言われました.(お陰で,今も昔も慢性的な金欠ですが.)集中してきた夜中に,ふと手に取りたい本が手近にあるのとないのでは,記憶力と気力の足りない私などにとっては,結構重要な問題です.

「いつまでもあると思うな時間と文献」と言うところで〆たいと思います.