(答)一般に繁殖可能な自然グループのことをいいますが,さまざまな定義があり,このことはとりもなおさず,生き物のあり方の多様性を意味しています.
生物界の基本単位は「種」である,というのはあたかも疑いようのない事実と考えられています.では「種」とはいったい何なのでしょうか.答えるのが難しい質問ですが,まず一つだけ確かなことは,生物が,何らかの形で一つに定義される「種」という単位でこの世に存在するとは限らない,あるいは,一般的な「種」という“単位”は自然界に実在しない,ということです.つまり,生物の存在のしかたも多様だということです.
永遠に生きる生物は存在しませんが,何らかの方法で増殖することにより,生物は遺伝的なつながりを世代を超えて伝えます.生物は互いに繁殖し得る集団として,ある地域に生息しています.それが,「遺伝的つながり」の実際の担い手です.一般に,このような互い繁殖し得る集団を「(生物学的な)種」と呼び,それは他の同様な集団とは繁殖ができない,つまり生殖的に隔離された存在です.「生物学的種」の考えは生態学や進化学,そして生物学一般においてもっとも重要な概念の一つです.
しかし,純淡水魚のようにすみ場所が淡水域だけに限られる生物の場合,生息水域が離れれば離れるほど,繁殖あるいは遺伝的な交流の頻度は極端に下がっていきます.近くの池なら数年,数十年に一度の洪水で移動が可能かもしれません.しかし,離れた河川間では,千年,1万年に一度,あるいは数十万年に一度しか交流しないかもしれません.つまり,交流の程度は,その生物の分布の広さと移動能力,そして地形的な特徴によって,さまざまな程度を示すことになります.
集団が分離してから長い時間を経ると,それぞれの生息場所での自然淘汰や性淘汰,あるいは偶然のはたらきで,再び出会っても,互いに有効に繁殖できなくなることが知られています.しかし,その過程やスピードはそれぞれのケースで異なります.つまり,交流の頻度とともに,繁殖の可能性の程度も集団間でさまざまな場合があり得ることが分かります.このように多様な集団の構造や関係をもつ実際の生物に,一つの「種」という枠組みを当てはめるようとすると,どうしても無理が生じます.
上で述べた「生物学的種」の概念では,同じ場所にすんでいて遺伝的に交流がない2つのグループを別種だと言うことはできます.しかし,例えばウシモツゴとシナイモツゴのような離れた地域に分布する近縁グループは,現在のように別亜種と分類しようと,あるいは別種としようと,それは人間の判断に過ぎません.チチブやヌマチチブ,あるいはイトヨと日本海型イトヨ(未記載種)のように,いくらか交雑をしながらも,それぞれ別種としての独自性を維持し続けているものもあります.
もっと極端な場合,いわゆる“ギンブナ”という「種」は,雌だけで増殖する単為生殖クローンからなる集団であり,それには複数の起源をもつ別々のクローンが含まれていることが分かってきました.この寄せ集め的な「種」は,いうまでもなく,他の有性生殖を行う通常の「種」とは別物です.
最も重要なのは,何らかの形で定義された「種」という単位への分類作業とは関係なしに,それらの実際の存在のしかた自体は,遺伝的集団構造を明らかにすれば理解され得るということです.