(答)数千年~数百万年の長い時間をかけて,淡水系の変化とともに徐々に分布を広げたと考えられています.
淡水魚と呼ばれる魚の中には,生活史の一時期を海で暮らす「通し回遊魚」(アユやウナギなど)も存在しますが,「純淡水魚」は一生を淡水域のみで過ごします.分布域の限られた種もいますが,日本中に広く分布していたり,韓国や中国に同種とされるものが分布していたりする広域分布種も存在します.
純淡水魚の主な移動経路は,淡水系自体の変化によると考えられています.ごく近い水系同士なら,洪水時に魚の移動が可能な場合もありますが,地理的なスケールが大きくなるにしたがって,淡水系間の交流は地質学的な時間スケールで起こるイベントとなります.
例えば,山地の河川上流域には,別の水系の谷同士が複雑に入り組むように近接している場所があります.そのような場所では,長い年月にわたる浸食作用の結果,谷が別の水系に取り込まれることがあります.これは河川争奪と呼ばれています.
また,今から約1万年前に終わった最終氷期をはじめ,この200万年の間,地球上では繰り返し氷期が訪れています.氷期には海水面が下がり,広い平野が発達します.その結果,近隣の淡水系は今以上に容易に連絡していたはずです.
さらに長い時間スケールでは,地質・造山運動によって,日本列島の形自体,あるいは大陸との位置関係などに大きな変化が起こったので,淡水系もそれとともに大きく変化したと考えられます.
つまり,淡水魚の分布はこのようなきわめて長い歴史の産物です.その種が経てきた実際の歴史に応じて,非常に長い年月にわたって別地域の集団同士が遺伝的に隔離されてきた場合もあれば,ほどほどの時間だけ隔離を経てきた場合,あるいは歴史的なスケールでは最近まで交流してきた場合など,さまざまな場合が含まれます.このような,ある魚種の歴史を反映した地域集団間の遺伝的な特徴や分布との関係を「遺伝的集団構造」あるいは「系統地理パターン」などと呼びます.近年,DNA情報を用いて盛んに研究が進められいて,いくつかの分類群で地域集団間の分化や系統地理パターンが明らかにされてきています.