小学校からの英語教育に反対!

【小学校からの英語教育に反対!】

今回のテーマは、「小学校からの英語教育」についてです。

このサイトをよくお読みいただいている方は、

おそらくもうお気づきのことと思いますが、

私は反対です。

教育内容によっては「ちょっとだけ賛成」と言えるかも知れませんが、

大筋では反対です。

それではまず、中学校で英語が得意になる子どもとはどんな生徒か、

特徴をあげてみます。

・ひたすらこつこつ真面目である。

・スピードがある。

・国語が得意。

・単語を覚えるのが早い。

・論理的に考えられる。

基本的にはこの5つです。

まず、中学校の英語は非常に簡単な内容ですから、

しっかり学習すれば一定以上の成績はとれます。

逆に、わからないのを放っておくと英語が難しい科目になっていきます。

(ほとんどの教科に言えることではありますが)

真面目さとは別に重要なのは後半4つ。

特に、国語が得意と言うことは、

イコール言語の吸収力がいいということですから、

どんな言語を学習しても高い効果が得られます。

また、スピードがあれば学習を人よりも早く終えられます。

スピードだけあればいいというわけではありませんが、

パッパッパと課題を終えられる子は強いです。

「単語を覚えるのが早い」についてですが、

単語を覚えるのにはコツがあります。

なかでも、英語のできる子が利用している覚え方で

圧倒的に多いのが、「ローマ字で覚える」ということです。

たとえばbaseballならば、バセバ11、のように覚えます。

だからこそ、ローマ字の学習は非常に重要です。

一学期で習うローマ字をおろそかにしていると、

多くの生徒は単語が苦手になっていきます。

最後に、論理的に考えるということですが、

英文法はルールがしっかりしています。

特に言葉の順番は文章の意味を左右します。

日本語はちょっとずれても大丈夫なんですね。

「私はケーキを食べた」も「ケーキを食べたのは私だ」も

意味はほとんど変わりません。

この文法問題を解くときに必要なのは、文法知識はもちろんのこと、

注意力と論理力が必要になってきます。

「どうしてこれはhaveではなくhasになるのか」という

理由を考えられること、

これが論理的な思考です。

以上、いくつかのポイントをあげてきましたが、

これらは全て、コンフーなんですね。

真面目さも、「学習の習慣」という意味でとらえれば、

コンフーと言えます。

学習習慣、スピード、国語力、単語の習得力、論理力。

これらが小学校の段階で鍛えられていれば、

英語の高得点は保証されたも同然です。

結論。英語の授業を小学校から始めるのであれば、

まず英語の授業を学べる力量を身につけましょう。

「英語耳」という言葉があります。英語を耳から吸収するためには、

10歳までが最も適していると言われます。これは事実です。

よく、小さい子どもが矢のような速さで英語を習得していき、

大人顔負けの発音をすることがありますが、これはそのためです。

小さい子どもは言語の習得力が並はずれて高いのです。

しかしこれには落とし穴もあります。

それは、継続してやらないと意味がないということ。

10歳までに英語耳を作ったとしても、

それから先に全然英語に触れなかった場合、

元に戻ってしまうそうです。

そんなわけで、私が提唱する最善の方針というのは、

ひたすら国語のトレーニングに徹することです。

折角(せっかく)言語を習得できる時期なのですから、

小学校高学年・中学での学習に

必須である国語力をガンガン鍛えていくことが最も大切です。

ただし、将来海外に移住することが確定している場合は

もちろん英語教育は必要です。

けれどどうせなら、他の習い事をした方が教育上、

良い効果があると思います。

さらに、「国際化」というものを今一度考えてみることも必要かと思います。

そもそも国際化とはなんでしょうか?

町中を歩けば必ず一回は外国人に会うことでしょうか?

国際化と言われても、変わったのは

「自分から望めば海外に手軽に行ける」ということだけで、

日本国内から出なければ依然として、

日本語の中で生活することになります。

国際化と言われると、何が何でも英語が

必要であるかのように考えられがちですが、

必ずしもそうではありません。

英語を話せずとも立派に就労している人たちはたくさんいます。

何より、英語の習得には前回の内容でお話ししたとおり、

コンフーが最も重要です。

まずはそれを鍛えましょう。

最後に私見ですが、国際人というのは、自分の国の文化や歴史を

きちんと知っていることが第一であると思います。

それに加えて、道徳や倫理が求められるでしょう。

言葉はあくまで道具、本当に大切なのは人間としての中身だと思います。

学習を通じて、よりよき人になり、よりよい人生を歩んで欲しいと思います。

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