第2編いらないバイパス街第1話中心街を考える

まちもり叢書 街なかで暮らす 伊達美徳

第2編 いらないバイパスの街

都市郊外に行くと汚らしい風景が広がる

特にバイパス道路沿いに群がっている

安売り商店群の醜さがたまらない

どうして街をわざわざ外へ外へと広げるのか

どうしてわざわざ汚らしく造るのだろうか

どうして昔からの街の中を嫌うのだろうか

わたしの中心市街地活性化策失敗予言は的中した

第1話 中心市街地を考える

●またもや懲りない商店街政策か

今、都市の中心市街地の再生が叫ばれている。「中心市街地活性化法」と呼ばれるものもできた。市町村はその基本計画だ、TMOだと大忙しである。(ところで、TMCなる建設省のまちづくり施策が昔からあったのは、ご存じですか?)

だが、本当のところを言えば、中心市街地が衰えても、困っている人は少ないのが現実だ。中心商店街活性化が必要だとの声も大きいが、そういっている商店主自身が郊外に暮らして、街に通っているのだから、中心市街地空洞化の犯人のひとりなのである。店の建物はもう減価償却しているから、いつでも商売を止められるのだ。

商売がうまく行っていないし、困ってもいないのだから、跡継ぎに期待もしていない。

郊外住宅宅地のサラリーマンも、一家に家族の数ほども自家用車を持っていて、近くに商店街がなくとも郊外スーパーマーケットに車で買い物に行くから、特別に困っていない。

本当に困っているのは、郊外に移転できない事情があって、空洞化した中心部にのこったわずかの人たちだけである。特に、急には生活圏を変えられないし、いまさら郊外に土地建物買う資力もない高齢者が問題だが、絶対数がまだ少ないから大きな声にならない。

そこに問題の本質があるのだ。

これまで商店街政策は、もう30年以上も前から、「商店街近代化事業」、「地域商業近代化計画」、「コミュニティマート」、そして「商業集積法」と失敗を繰り返しつつ、懲りもしないで同じようなことばかりやってきて、やってもやってもまるでだめ。

昨日今日突然に中心市街地が衰えたわけではなく、もう20年も前から衰えてきているのを見つづけてながら、いったい商店街活性化策はなにやってきたのだろう。

なおかつ同じような政策を懲りずにまたやるのは、早くいえば、もうなにやってもだめ、アメリカの圧力にも負けて大店法をやめさせられた、もうこの後できることは商店街に金くれてやるだけ、ということだろうか。

これじゃ農家を安楽死させようとする農水省のウルガイラウンド対策の通産省版じゃないですか。この延長上に、都市計画が安易にのってはいけません。

要するに、今回も公共投資の種づくりに過ぎないのだ。農業のウルガイラウンド対応策が生業農家を安楽死させるかように、こんどは生業商家の安楽死政策でないと言えるだろうか。

だから喜んでいるのは、大規模店舗の規制が事実上なくなったスーパー屋と、大型店にぶら下がっていて商店街活性化の報告書を書くだけのコンサルタントと、なんでもよいからトンカチ仕事さえあればよい土建屋ばかり。

またモールとアーケードの作り直しだ。空家ばかりの商店街は、みてくれだけは美しいシャッター通りになるだろうが、客はあいかわらずいない状況が続くだろう。

そもそも、商店街のまわりで暮らしている客となる住民が居なくて、どうして商売が成り立つのか。まず、客となる住民を作るのが先決だろう。商店主さえが郊外から通勤していて、客が来ないと嘆いても、そりゃ当然の報いというもの。

これまでもずーっと、人のよいおばかさんの都市計画は、産業の要求するままに郊外ニュータウンだ工業団地だと、街をせっせと作り直してきた。

で、いまになって気がつくと妙な街になっていて、これは都市計画が悪い、ハイ済みません直しますと言っては、また産業に奉仕してしまうことのくり返しだった。

バブル経済時代に都市計画がしっかりしていないから、土地利用が乱れる地価が騰貴するのだ、規制強化強化の大号令を受けて、91年に都市計画法を大改正しました。

それでバブル鎮火に役立ったかというと、施行例だ、規則だ、通達だ、見直しだと、手間どっている内に、金融引き締めでバブルははじけ、都市計画法改正は間にあわず役立たず。

そして今、土地利用規制が厳しいから景気が浮上しないのだ、都市計画と建築基準法の規制緩和カンワカンワの合唱である。世の中いったいどうなってるんでしょ。

さて話を戻して、中心市街地の活性化は、だんじて商店街活性化なんかじゃないのだ。大見えをきるけど、中心市街地の再生は、21世紀を生きるわたしたちの基本政策なのだ。

これをやらないと、生きられなくなるおそれがあるのだ。たまたま商店街問題が同じ時におきてきたので、混同しているようだが、本質的には違うのである。

では、中心市街地活性化策が中心商店街活性化ではないならば、それはなにか。(1998.8.)

●地球人口が増える、日本人口が減る

中心市街地の活性化問題の底には、実は人口問題が基本にあるのですね、これが日本社会に大転換をもたらすのだ。回り道みたいだけど、これを知っておかないと、あらゆる先のことが考えられない。

地球上の人口は、波を打つように、増えたり止まったり減ったりしながら、だんだんと増えてきて、今や60億人で、このスピードなら、あと50年ほどで80億人という。

これは地球が養える最大限の人口だそうで、そのときになったらどうなるんでしょうか。

そのころ、日本の人口はどうなるか。今1億2千600万人で増えているが、あと5,6年したら減少を始める。一時的現象ではなくて、どんどん減っていって、100年したら今の半分くらいになってしまう。

日本の近代化・現代化の道とは、えんえんと増えつづける人口政策といってもよい。都市政策だって産業政策だって、これまで人口が増えることを前提に一生懸命に進めてきたのだ。いまさら減少するといわれたって、その対処のしかたがわからない。

それじゃ、減らないようにしたらよかろう。

そういわれたって、人口の構造をみれば高齢のほうへシフトしていって、子を生む女性が少なくなってきているんだから、人間が動物である限り日本の人口減少は止められない宿命にあるのだ。

今のうちに、生める女性に生んでもらいたい?。一人の女性が一生のうちに平均して2人ちょっと超えて生まないと人口は減るだろうと算術的にすぐ分かるが、今の日本ではそれが1.38人だそうです。

その分けはいろいろとあるけど、女性は子を生む機械じゃないから、金を投入して大量生産をおねがいすると、赤ん坊がでてくるということはあり得ない(ところが実は勘違い政策もある)。

地球では人口が増える、日本では人口が減る、この関係がこれからの日本社会の都市計画や産業政策に大きな影響をもつのだ。これに高齢化が重なってくる。

それが中心市街地活性化と、どんな関係があるというのだ?。(1998.8)

●吉祥寺は中心市街地活性化の元祖だ

吉祥寺(東京都武蔵野市)は、中心市街地活性化の嚆矢かもしれない。私は実は30年ほど前、吉祥寺のまちづくり現場に数年いました。そちらの話によりみち。

吉祥寺はいまでこそ一大商業地だが、1970年でしたか伊勢丹百貨店の開店から急上昇した街。なぜ吉祥寺まちづくりは成功したか、思い出してみる。

第1に、地域にまちづくりリーダーたちが居たのです。加えて、積極的にまちづくりを進める革新行政(有名な社会党市長)があった。伊勢丹のビルは実は市の公社が事業主です。ついでに、それを支えるコンサルタントがいた(つまり私たちのことですね)。

第2に、当時としてはしっかりしたマスタープランをつくって再開発を進めたこと。もちろんプランどおりにできあがってはいなけど、プランがまちづくりの羅針盤であったことはたしか。

第3に、大型店の配置が、既存商店街の外周部にあること。街を楽しく回遊するように伊勢丹、近鉄、東急の3店がとり囲むようにした。アメリカ型大ショッピングセンターと同じですね。駅前で客をすべて吸収してしまうような、よくある大型店配置ではないところがミソ。

第4に、まちづくりの端緒となった伊勢丹のビル(正式には伊勢丹も含めて武蔵野市開発公社ビルという)づくりは、実は道路づくりと一体となっていること。当時バス通りが今のサンロードであったごとく、まるで道路が無い吉祥寺に、2本の都市計画道路を抜いた。その道路に当った商店群をこのビル内に移転してもらうためのビル建設だったのです。

第5に、自動車を商店街の中から排除したこと。今ではあたりまえですが、当時としては画期的で、わたしはこの計画を警視庁の交通担当者に説明して、えらく怒られた覚えがあります。

地上を人だけにして、地下に車のネットワークを作りますと案を説明したところ、なにを寝ぼけたことを言うか、車でどこでも行けるのが街だ!と。

第6に、これが最も重要と思いますが、吉祥寺には密度の高い暮らしの街がとりまき、緑濃い井の頭公園があること。しかも所得階層の高い世帯が多いことが特徴です。商業側から言えばしっかりした日常マーケットがあり、都市としては街を支える緊密なコミュニティベースがあることですね。

つまり、良い街はよい暮らしをする住民がいることが大前提であるということで、思えばあれは中心市街地活性化事業の元祖であったか。(1998,9)

●人口減少がまちづくり政策になっていない

日本はこれから人口が減少する、そのとき中心市街地が重要になってくる。

近代の日本は人口が増える、働き手に職をあたえよう、だから産業は拡大だ、都市は拡張だ、土地の高度利用だ、とやってきた。だけど、これからはその真反対になる時代だ。21世紀日本は、子供や若者が減り、高齢者が増え、しかも人口は半分までも減る。いったいどうすればよいのか。

これまで誰も経験がない社会だ。いや、人口減対策は過疎地ではすでにそれに直面していろいろやってきたけど、全部実験失敗。少子対策も、こども生めばお金あげましょうという施策もあるけど、女性は現金入れたら子が出てくる自動(児童?)販売機じゃない。これも実験失敗。

高齢化対策は、こうなるとずーっと以前から分かっていたのに、今頃にわかに介護保険だ、バリアフリーだと騒いでいる始末。

シルバープランだかゴールドプランだか、エンジェルプランだか、いろいろと政策が出されてきているのは、拙速ではあるが、とにかくよいことである。そこで、厚生省、労働省、総務庁、建設省などからでた、それらのナントカプランとかナントカ白書類に眼を通してみた。

当方はまちづくり屋だから、少子高齢社会のまちづくりの視点からどんなことが書いてあるか期待したが、これは見事に外れた。少子高齢社会のことは、例外なくどの白書類にも大命題のごとく出てくるが、例外なく都市の構造としてそれをとらえようとするものはない。

昨年の厚生白書はそれまでになく迫力に満ちていたが、それにも都市の構造との関係、高齢者や子育て世代の暮らしの場についてはは4、5行程度のおざなりだ。

建設白書には、せいぜいバリアフリーで段差なくすくらいのことしか書いていない。少子高齢減少の21世紀は、私たちはどこで暮らすべきかという視点はない。

労働白書にも、どこで働くかという都市の構造としての就業の場の論はまったくない。高齢社会白書もおなじこと。

今、日本は人口が高齢にシフトし、減少していくという重大な社会転機にさしかかっているにもかかわらず、これを都市の構造として受けとめる考えがあまりにもないのだ。

家族が減る、高齢者が増える、そうなるときに日本の都市構造はこれでよいのか。

バラバラに広がった街で、高齢者は安心して暮らし働けるか。バラバラに広がった街で、子育てしながら女性が社会参加できるか。

人口減少しても産業を衰えさせては、人々は食って行けない。その労働人口の確保をどうすのか。輸入外国人でまかなうのか。

少子高齢減少社会で、はたらくことも、くらすことも、これまでのような拡大拡散型の都市構造を志向していては、いまにあちこち人柱がたつだろう。そうならないと政策は変わらないのか。(1989.10)

●カントリープランが大切だ

このコラムは、中心市街地のことを言いたくて始まっている。だがなかなかその本質論に入らない。

中心があるのは周辺があるからなんですが、どうも周辺がいいかげんになっているから、中心に問題が出るのですね。

英国では、都市計画のことをタウンアンドカントリープランというそうな。でも日本はタウンプランだけ。

だから、ノープランのカントリーから、タウンプランが崩されている。いや、カントリー側から言えば、都市の側がカントリーを侵している。

おりしも、農業基本法の改正が38年ぶり国会で成立した(1999年7月12日)。つまりカントリープランの大本であるから、都市問題としてここに紹介しよう。

そこには農政の基本理念として、次を掲げている。

(1)食糧の安定供給、

(2)農業の多面的機能の発揮、

(3)農業の持続的発展、

(4)農村振興

基本施策には、

(1)自給率向上を目標とする基本計画の策定、

(2)消費者重視、

(3)農業経営の法人化推進、

(4)農産物価格の市場原理導入、

(5)中山間地域への補助制度導入など。

基本計画がこれから策定されるが、ようやく食糧安全保障と環境保全そして消費者への対応が政策の上に乗ってきそうである。

地域環境を保とうという視点から、中山間地の農地を保全する策として、直接補償の制度が登場した。けっこうなことですね。

でも、わたしは中山間地よりも、市街地に接する地域の農地を積極的に保全することが、環境保全策としては重要だと考えている。そんな政策はどこにもないけど。

市街地に接している農地こそが、都市の環境への寄与度が高いのに、市街地かゴミやら排気ガスやら被って、生産環境を侵されやすい問題をもっている。

なによりも、地価が高くなるという経済原理にさらされて、最も崩壊の危険にさらされている。

都市計画区域の中でも、地方都市の線引きしていない地域地区指定のない田畑は、目茶目茶にスプロール中。

農業振興地域で開発はおきないはずなのに、農振解除なんて政治的に何とでもなるさ、という変な農政の世界。

都市の方だって、人口が減ると市街地が縮まざるを得ないのに、いまだ田んぼをつぶすミニ開発やニュータウンづくりをやめようとしないのも変なものだ。

市街地の側からも農地の側からも、市街地の予備軍とさえ思われていて、いかにして農地を宅地にとりこむかという不動産屋的な発想が横行している。

都市計画のマスタープランに、「農地が残されている」と平気で書く。これのどこがおかしいか分っていますか。「残されている」という表現は、「なくなるのが当然」という前提に立っているからだ。

そして「多自然居住」なる奇妙な政策も国から出されており、農地の宅地開発はひとつの農政となりつつあるおそれもある。

田んぼの中での暮らしはのどかそうだけど、実は農薬にとり囲まれた危険な生活だ。買い物にも学校にも自家用車、学校から戻ったこどもが友達の家に遊びにいくのも親が自家用車で送り迎えする、そんな孤立生活の場が、これからの高齢社会に、維持していけるはずがないだろうに。

ついでながら、これまでの減反政策もおかしい。農家の減少を促進するだけ。もう30年以上もやっていて、未だに着地点が見えない政策なんてありますかね。

農政の柱の大規模農業政策も、農家の数を減らすから、農村集落が維持できなくなるばかり。こんどの中山間地政策で変るのかしら。

いざというときに、こんなに農業が減退していて良いのか。1993年に記録的な大不作があり、明くる年は、タイからの輸入米でおお騒ぎしたのをわすれたのか。

あのときは、まだ輸入できたから良かったど、この調子でアジアの人口が爆発的に増えると、むこうだって輸出できないだろう。

大輸出国アメリカやオーストラリアだって、第3世界の人口爆発国に輸出するから、日本は飢えるだけかも。

いま日本人の食糧は、国内自給率は4割程度、6割も外国に頼っているんだそうです。輸入が減ったら、こわいですね。どうやって生きていくのでしょう。

輸入できなったらすぐに、減反で生産やめている田んぼに稲植えれば良いと思うでしょ。そうは問屋がおろさない。稲作は初めても一年くらいではちゃんと実らない。3年目くらいから、なんとかなるもんだそうだ。

農業は産業基盤というよりも、土地に根付いて生命を支える生活基盤・環境基盤となる公共財として、新たな視点でとらえなおす必要がありそうだ。

というわけで、今回はカントリーの土地利用を大切にしないと、中心部どころか、みんなの命も危ない。飢えた経験の無い世代は、いまに大変なことになるぞー、という夏向きの恐いお話。(1999.5.)

●恥を知れ、バイパス道路の街

前回は、中心市街地を考えるには、市街地をとり囲む田園地帯、特に市街地に接するあたりの農地を守る方策が大切、という話でした。

今回は、その市街地からも田園地域からもフリンジのあたり、特にバイパス道路を考えよう。

かつて街道は、すべて町と町をむすんで、街の中心を通るように配置され、街に用がある者も通りぬける者もその道を利用した。

移動が歩行の時代はそれでよかったが、自動車の大量交通時代となると耐えられなくなり、交通渋滞や事故が起きるようになる。

そこで、街に用のない交通は、街の外側に道をつくってそちらを通ってもらおう。これがバイパスである。だから、ただただ早く通りぬけるようにつくる道のはずである。

ところが、フリンジ地帯の田んぼに通したバイパス道路沿いを、それまで田んぼで家は建てられなかったのに、商店、住宅、工場等をつくれるように都市計画を変更するものだから、町に入っていく玄関先あたりに安売り屋と自動車屋の醜悪なる町並みができてくる。

ついでに言わしてもらうと、あのどこの街にも出現したバイパス風景の醜さは、一体どういうことなんだろう。下手くそデザインの原色安物建築、色形とりどりの看板と旗差しもの、派手なプラスチックの花飾りなど、その町の市民がよくも許しているものだと、不思議に思う、まったく恥を知れ。

さて、その沿道の商店や施設を利用する交通が生じるので、また用のない交通と用のある交通がまじって渋滞がおこり、バイパスのバイパス道路をつくらねければならない。これはどこかおかしい。さらにおかしなことは、バイパス道路沿いの商業が、中心市街地の商業を圧迫することだ。地方都市の小さな市場を食いあってしまうのは分かりきっていて、沿道利用を許すのはどうしてか。

それは、道路用地買収のやりやすさ(土地を売る地主・不動産屋の要望に応える)のためで、まちづくりの計画性もなにもあったものじゃない。

中心部の交通渋滞で活動に支障が出るようになっから、バイパス道路で問題解決しようとしたはずなのに、かえって中心部の衰えをもたらして問題を大きくしている。これは本末転倒も甚だしい。

道路投資の費用とその便益の効果分析は、その沿道部の地価を上昇させると効果が高い評価してきたらしい。

ところが、その道路の影響で、中心街が衰退して地価下落と人口減少、農地の消滅で食糧問題や環境問題への影響、景観の悪化によるイメージの低下などなど、外部不経済をわすれている。

ある研究発表で、バイパス道路の投資効果のひとつは、中心商店街に空き地ができて駐車場がたくさんできたことと、とくとくと述べた建設省の道路事業担当者がいて、あきれたことがある。(1999.6.)

●郊外道路を森で囲め

外部から都市中心部を訪ねて自動車でやってくる人々は、これらバイパス道路を通って街に入ってくるから、いわば玄関先のアプローチの位置を占めている。

ところがその道沿いの商業施設は、前回に述べたような恥知らずの勝手な装い醜い風景をつくりあげている。これから訪ねるまちが実はどんなにすばらしい街でも、っそのイメージが、入り口のところからだいなしになっている。

そもそもから考えても、バイパス道路のありかたは、沿道の土地利用は、交通機能のために必要な最低限の施設以外の立地は規制するべきである。

その道の周りは市街地とあるいは農地とのバッファーゾーンとして、しっかりとした樹林の緑の森で囲うべきである。ドイツのアウトバーンがそのよいお手本である。

こうすれば、運転者にも憩いをもたらし、既存の田畑や既成市街地への影響を緩和し、街の玄関としての美しい風景を形成することになる。バイパス道路本来の機能も生きるはずだ。

このような提案に対して道路を整備する関係者から、それでは農地の地主たちが道路用地を売ってくれないから、バイパス道路はつくりは難しくなり困るという声が聞こえてきそうだ。

そうした「難しいからできない」として、街の中心部の道路整備を後回しにしてきた結果が、今の中心市街地空洞化という都市問題を招いたのである。

やりやすいことをやり、やるべき事を後回しにしてきたツケが、今の都市問題になっているのだ。行うべきことは、難しくとも時間をかけて行うべきである。

と同時に、農業政策としても、市街地アクセスのための道路沿いの農地に対しては、中山間部と並んで保全策を講じるべきである。いや考えようによっては中山間地よりも重要だろう。

中山間地の農地は、耕作放棄したなら植生遷移(植物の生態が次第に移り変わっていく自然現象)に任せておけば、自然の樹林に戻っていくはずだ。ありがたいことに日本の気候風土はそういうもので、ほうっておくと潜在していた自然植生に戻って行き、決して砂漠になったりはしないのだ。

ところが市街地隣接農地は、保護しないでおくと、汚い安売り店舗や見苦しい駐車場や不細工な工場になり、それらが撤退するとお化け屋敷となり、まったくのところ砂漠になるより始末に悪い(それほどでもないか)。 ここにこそ、直接補償を入れるべきだと考えるのであるが、農業政策の方々はいかがお考えかな。(1999.7.)

●経済政策で少子・高齢社会のまちづくり

中心市街地論二関連して、ちょっと新しい政策が出た。

これまでのどの省庁の政策にも、これから少子・高齢社会では、われわれはどこで暮らすのか、という視点が欠落していることを、このコラムの前のあたりで書いたが、やっと政府の重点政策に、少子・高齢社会のまちづくりに関する基本的なことが出た。

先日発表された「経済新生対策」の中にです。次にその部分を引用しておく。

◎経済新生対策(経済対策閣僚会議(1999年11月11日)

1.21世紀に向けた生活基盤の整備・充実

(1)都市・地域基盤の再構築

1)「歩いて暮らせる街づくり」構想の推進

少子・高齢社会にふさわしい安全・安心でゆとりのある暮らしを実現するためには、通常の生活者が暮らしに必要な用を足せる施設が混在する街、自宅から街中まで連続したバリアフリー空間が確保された夜間も明るく安全な歩行者、自転車中心の街、幅広い世代の住民からなる街、住民主役の永続性のある街づくりが重要となる。

このため、「歩いて暮らせる街づくり」構想を積極的に推進することとし、全国10ヵ所程度の地区においてモデルプロジェクトを実施すべく、平成11年度中に対象自治体を選定する。](一部を抜粋した)

どうも舌足らずの書きぶりだが、ここに書いてあることは、街ならば当然のこと、街の定義のようなものだ。なのに、しばらく忘れられていた。

どこにも書いてないし、これ書いた人もどう考えたか知らないが、これこそが21世紀の中心市街地活性化の基本となる政策である。しっかりやってほしいし、進めたいものだ、

でも、これがなんだかつらい感じがあるのは、経済再生政策として出てくるところである。不況だから歩いて暮らせるまちづくりで経済再生だ、というのは、どうもなにか違うんじゃないの、といいたくなるが、まあ理由はなんでも、そんな街が戻ってくる政策を本気でやるのならうれしいことである。

とくに、私のような「不良老人の暮らす街」待望論者には、夜中まで飲んでも自宅に歩いて帰ることができる街、なんて嬉しいことだ。これから必要なのは、不良老人の町だ。今後少子化で、不良青年・不良少年が減った後の街は、不良老人にお任せあれ。

いや、まじめ老人にも、自宅から自転車で、仕事場や図書館に通うことができる街は素敵であるな。

少子社会は、子育て女性たちがしっかり社会に参加できる町だ。歩いて暮らせる町なら、歩いて働ける町なら、それも可能だろう。(1999.8.)

●右肩下がりの都市計画

今日1999年9月3日の神奈川新聞に、神奈川県三浦市の悩みが出ている。「望みは高く・・でも 人口減止まらぬ三浦市」と題して、95年まではすこしずつ増加して5万4千人までなった人口が、その後は落ち込む一方で今や5万2千人余り。ところが90年策定の市の総合計画では今年は7万人のはずだったし、つい3年前の都市マスタープランでは2015年を7万5千人と見ているので、現実との差が著しい。さて、市の総合計画を改定する時機が来ているが、次の総合計画では将来人口をどう考えるか。

市議会筋からは「下げどまりがみえない状況で、目標の7万5千人をどう扱うかの裏付けが示されない限り、全ての計画は描けないはず」と指摘があり、これに対して行政側は「実現可能な視点で人口計画を検討すると6万人」で、そうすると「市街化区域を拡大するという従来型の計画の論理が成り立たない」と答弁したという。

なぜ市街化区域を拡大するかというと、「同市の苦しい台所事情を補う税収増を前提に」しているのだそうだ。つまり、新しい住宅地開発を積極的にすれば、山林田畑よりも高い固定資産税となるので、市の税収が増えるという算段であろう。全く同じ話を新発田(新潟県)でも聞いているが、どこにでもある都市政策だ。だが、本当にそう上手く行くか、難しい話だ。

わたしは三浦市の隣の横須賀市で、1983年ころから都市計画の仕事をしているが、こちらも97年に都市計画マスタープランをつくった。

それまで50万人目標としていた人口を、それでは非現実的なので44万~46万人に見直した。このあたりで人口増加策として新住宅地開発をしても、市内ないし隣接市からの住み替え移動がほとんどで、あまり人口増加にならないのが実情である。

そもそも日本全体で人口が減り、超高齢社会になるときに、人口増加都市はどんなところか、考えてみればすぐわかる。

そうやって、郊外に新住宅地開発して上手く売れたとしても、そこにはその都市の中心部からの移動が起きて、替わりに中心市街地が空洞化する現象は、もう今現実に問題が起きていることである。

たしかに新住宅地開発で山林田畑より固定資産税は上がったが、中心部の空洞化でそちらの地価が下がれば、元も子もないのだ。そこまで考えずに、とりあえず税収が望めるのは、面倒な中心部再開発ではなくて、簡単でしかも農家が望む農地の転換だとて、郊外住宅地開発をいまだにやっているのだから困ったものだ。

右肩下がりの人口に対応しながら、よい暮らしの場と働く場を確保し、しかも財政的安定を目指す都市計画が、今問われている。それが、わたしが唱えている「コンパクトな就業・居住圏」づくりであるのだが。

さて、三浦市では目標人口をどう見るだろうか。目標はトレンドとは異なるものであり、都市をどのように持っていくか政策が加わらなければならないが、現実と離れすぎてはならないし、悩ましいところである。三浦市は右肩下がりの将来都市像を描けるのか。(990903)

●やはりうまく行かない中心市街地活性化

ここまでの各論は、中心市街地活性化法ができて、期待され評判となっていた98年から99年に書いたものである。

その後、あちこちでは中心市街地活性化の基本計画を作り、TMOなる新組織を作っているらしいが、それらの状況を見るとき、いま、これを読み返してみて、提起した問題はなにも解決されていないようである。

今日、2002年8月26日の日経新聞朝刊に、同新聞社が調査した中心市街地活性化の状況が載っている。そこには、鳴物入りで登場させた政策の中心であるTMOが、ほとんど機能していないことが述べられている。

アンケートで聞いている事項がどうも商業政策に偏っているらしく、法の成立時における各省庁横断的な施策の進行状況を知ることができないのは残念であるし、ジャーナリズムも中心市街地活性化法が、中心商店街活性化であると思っているらしいことが分かる。

いずれにしても、商業政策としての中心市街地活性化策は、ほとんど展望が見えていないようだ。これまでの商業近代化、コミュニティマート、商業集積法についで、こんどもそれらの四の舞となるおそれが強い。

同記事に、順風になっている例として、長野県飯田市の再開発による活性化の例が載っている。その論調は、再開発事業にTMOが絡み、住宅をTMOが直接販売したこと、それにより中心市街地に人口が増えたことが、活性化の成功への道であるという。

その反対に、岡山県津山市の「アルネ津山」再開発管理会社のTMOが経営不振に陥っていることが、逆風の例としている。

飯田の例は、その再開発事業でつくった、たかが42戸で活力がでてきたというのは早計だろうし、津山でも別の再開発では100戸からの住宅をつくっているのだから、失敗例というには早い。津山も飯田も、中心市街地活性化の模範生なのである。そこでは中心市街地で、単に商業をどうするかだけではなく、生活をどうするか文化をどうするかに取り組んでいる。ただ、いみじくも私が言ってきているように、住宅を作ることが中心市街地活性化のひとつの重要なキイであることを報道しているといえよう。

中心市街地活性化政策が、相も変らぬ商業政策であるうちは、失敗が続くだろう。いくつかの各地の活性化基本計画に目を通したが、昔の商業近代化と何にも変わらないことが書いてある。商業コンサルタントの作文に違いない。

もうひとつ、今日の朝日新聞の夕刊には、経済産業省が、中心市街地の撤退した大型店の空き店舗に、新たに入居するときには家賃補助をしよう、という政策を出すことが載っている。

それはそれで結構なことだが、やっぱり商業偏重であり、だいたいもともとは買い物客がいなくなったから撤退したところに、家賃補助したって後に入るテナントがうまくいくとは思えない。対症療法もいいところである。

根本的な政策は、なんといっても買い物客となる基礎的な人口を、街の中に定住させることが先決である。中心市街地に暮らしたくなる環境の良い賃料の安い住宅をつくることや、郊外に作った文化施設を街の中に呼び戻すことだろう。それはそのまま、少子高齢社会への対応でもあるのだ。

公的な住宅政策には、特定優良賃貸住宅とか高齢者優良賃貸住宅とか、中心市街地においてこそやるべき制度もあるのだが、行政は市営住宅建設さえも中心市街地でやろうとしないし、不動事業者も相変わらず田んぼをつぶすばかりである。

空き店舗に家賃補助よりも、空き住宅への家賃補助あるいは金利補助のほうが先だろうに、。ジャーナリズムも、まちづくりの視点をもっと広げてほしいものである。

街なかへの道は、郊外よりも遠い。(020826)

●怖いぞ、郊外ショッピングセンター

マーケティングプランナーの三浦展さんの話を聞く機会があった。貴方の街にショッピングセンターはありますか、特に町はずれにできているとしたら、これは怖い話ですよ。

犯罪発生と郊外ショッピングセンター、なかでも特にジャスコ(イオングループ)の店と犯罪現場とただならぬ関係に言及されて、いやもう怖ろしいこと、、こじつけか、いや、でも、さもありなんかとも思った。

流通業界の方は既にご存知のことかもしれませんが、三浦さんのサイトにその話が載っている。マア、読んでごらんなさい、町はずれにジャスコがある街の人は怖くなるから。

http://www.culturestudies.com/city/city03.html

http://www.culturestudies.com/city/city04.html

三浦さんはかつて西武流通グループのパルコに所属していた時代に、「東京第四山の手」を発明して郊外化を煽ったお方だから、都市の郊外化問題にはなにほどかは責任があるお方だが、とりあえず論考は面白い。

ついでに、民主党が「高速道路を無料にせよ」といっているが、そうなると郊外店舗は流通コストは下がる、客は遠方からやってくる、ウハウハ大儲けになる。その党の要職にはジャスコ創業者の御曹司がいらっしゃるが、これは関係あるのか、まさかねえ、三浦さんの冗談話でしたが、もしかしたら…。

日本の流通業者はひどすぎる。全国あちこちの田んぼをつぶして食糧確保の場を減らし、とにかく安物建築と駐車場で美しい田園風景をぶち壊し、夜中まで営業して風紀も地域コミュニティも崩壊させ、短期間で儲けて市場飽和したらさっさと退散して跡は空き家のお化け屋敷置きざりでゴーストタウンになるまま。

その間に中心市街地もゴーストタウン化するのだから、泣き面に蜂を襲いかからせるようなもの。

目先の儲け仕事ばかりで繁盛して、それが街や地域の生活になにをもたらすのか、将来のことは何も考えない全国型流通業の面々には、ほんとに肌寒さを覚える。

「中心市街地活性化法」ができたときに、「大店立地法」と「都市計画法改正」と抱き合わせて「まちづくり三法」(都市計画系は誰もこう言わなかったなあ、誰が発明したのかしら)ができたから、これからは良い街にするなんていってた政治家や経済産業省系の人たちに、(わが予想通りに)見事にしてやられましたな。(040502)

●やっぱり、まちづくり3法改正に

今の国会に「都市計画法」と「中心市街地活性化法」の改正が上程されている。この二つと「大規模店舗立地法」を合わせて、1998年からだれが名づけたのか「まちづくり3法」というのだが、実は、「まち壊し3法」である側面がばれてしまい、8年目にして大改正となる。

1998年に貿易摩擦による外圧で「大店法」を廃止し、新法「大店立地法」の制定で大型店出店が緩和されたのに対応して、新法「中心市街地活性化法」で郊外に出てくる大型店に対抗するべく中心市街地の再生を図る施策を立て、同時に「都市計画法」を改正して、郊外に簡単に大型店を立地させないことを市町村長ができる制度を設けたのだ。

これで一応制度は整った、はずだった。

ところが現実はどうだったかといえば、せっかく決めた郊外開発規制制度は市長がほとんど使わない(政治的に使えなかった?、だから今度の改正法では市長から県知事に一部権限を移す始末である)ので、大型店は郊外にどんどんできるばかりだし、その一方で中心市街地は住人が減っているのに郊外住宅づくりを規制しない。

やっている中心市街地活性化策は、これまでにもやりつくして失敗ばかりしてきたアーケードとか空き店舗とか舗装直しとかポイントカードとかの商店街振興策の繰り返しで、肝心の住民増加定住策は何も行わないのであった。これが全国ほとんどの地方都市のまちづくり策で、中心市街地は空洞化して、空き家と空き地駐車場が増えるばかり。

笑い話だが、中心商店街が郊外大型店に負けるのは駐車場がないからだという言いわけが長らくあったが、いまや駐車場の数だけは郊外店舗に負けないくらいあるから、こっちが繁盛するはずだが。

ところで、ついに日本は人口減少が始まった。もう30年以上前から分かりきっていたのだが、昨年末に現実とわかって初めてマスコミもおかしいほど騒ぐのだ。実は、人口現象問題も、環境問題も、エネルギー問題も、超高齢社会問題も、いずれも中心市街地の再生に結びつくのである。

1998年に中心市街地活性化法ができたときに、どうもこれは失敗の繰り返しになりそうだとした私の予言は、不幸にも的中したのだ。

そのことに政策当局もやっと気がついて、今度のまちづくり3法改正(性格には大店立地法は改正はないから2法だ)は、明確に郊外開発規制が真正面に出てきたことと、中心市街地化活性化政策が商業政策に偏っていたのを住宅政策へと舵を切り替えたのである。

各地に鳴り物入りでつくるだけつくって、ほとんど効果を発揮していないTMOもこれでおしまいになるらしいが、次の組織はどうなるのか、経済産業省と国交省の縦割りの弊害だけが残ることにならないように祈る。

今度は各地の首長が政策を切り替えるのだろうか。今は便利だからだれもが車社会対応の施策をもとめるが、これに迎合する政策を続けていると、超高齢化となり、環境・エネルギー問題を抱え、人口が減少する社会にその都市は対応できなくなるのだ。そのときは見捨てられる都市となるのだ。

都市計画法を改正しても、市長が選挙の4年のスパンでしか政策を見ないから、10年はかかる都市政策に対応できないのだ。これは何とかしなければならないことである。都市計画権限を首長からはずしてはどうだ、という極論もある。 (060301)

●郊外店舗開発の跡地が犯罪地帯に

中津川市の郊外国道沿いの閉店したパチンコ屋で、中学生が殺された。そこは不良どもの溜まり場になっていたそうだ。地方都市によっては、郊外幹線道路沿いの荒れようは、前々から大変なことになるぞと思っていた。たとえば、福島から北に国道を行くと、次から次へと撤退して空き家になった店舗跡のお化け屋敷がつづく。

農地をつぶして郊外店舗を作って、しばらくは客がついても、もうからないとなるとさっさと閉店する。もともとその土地や建物を、店舗営業者が自から買いとったり建てたものではなくて、農業をやめた地主が建てて貸したものである。店舗屋は超安物建物を建てる資金を建設協力金とかで支払って農家に建てさせ、安い地代を払っているのだから撤退は楽である。跡がお化け屋敷になろうが犯罪地帯になろうが、知ったことではない。残った建物を壊す金もないから持ち主も放っておく。そして今回のような事件があちこちで起きている。

中心市街地を壊した上に、さらに犯罪地帯をも用意する、きわめて犯罪的な行為の郊外開発をしているのは、まさに郊外店舗屋である。大はイオングループから、中小は洋服の青山とか靴とかパチンコやら、とにかくめったやたらと醜い風景を作った果てが、こうなのである。

私はこの問題指摘をずっと前からしてきているのだが、大規模店舗立地法を改正して、閉店の場合に後始末をさせる条項を新設してはどうか。なにしろ「立地」法なのだから、立地させた後で立地しなくなったときのことを規定するのは当然だろう。あるいは撤退店舗の後始末をするように条例で定めてはどうか。持ち主と営業者に責任を持たせて、撤退する場合は、建てる前の農地に戻させるように決めてはどうか。(060502)

●いよいよ怖くなってきた郊外暮らし

ついに大型小売店舗の撤退が始まった。郊外の田んぼをつぶして超大規模ショッピングセンターをつくってきているイオンと、それを追随するヨーカドーグループが、2008年2月期決算の営業利益が、前年同月比でマイナスになったという。前者は10年ぶり、後者は6年ぶりだそうだ。(2008年4月11日朝日新聞朝刊東京版)

伸び悩む消費の壁に突き当たり、日本の人口減少をにらんで、これからは伸びの見込めない店舗を閉鎖し、アジアに転戦するのだという。おお、予想していたことがもうやってきたか、さすがに目先の転換が早いものだ。地方都市を焼畑商業で壊しつくして消費者マーケットも崩壊したから、このへんでハイさようならである。

そうしてこんどは、この日本焼畑ビジネスモデルをアジアの台頭する諸都市に持って行って、またそこで都市を壊し市場を崩壊させるまで商売してハイさようなら、また次の台頭地域へと向かうのである。焼畑商業とは、いいえて妙である(この言葉は矢作弘さんの発明か)。

自動車があるから買い物にも不便じゃないからとて、郊外へ郊外へと住処を移していった人たちは、買い物をするところもなくなるし、年とって自動車運転もままならないことになる。

わかっていながらそんな生活圏を構築していく世の中が、わたしは不可解である。

ガソリンにかかるナントカ税の暫定税率を維持して延長する法が国会の政局がらみで通らなくて、現在のところ暫定税分が下がってガソリンが安くなり、自動車利用者は単純に喜んでいる。

そんなことで喜んでいるようだから世の中だめになるんですよって、いよいよ年寄りぶった小言が出る。

ガソリンはもっと高くしたほうが良いに決まっている。要りもしない自動車を一家に2台も3台もそろえて、要りもしない道路をつくって野山を崩し、どこもかしこも排気ガスや騒音を撒き散らしたのだが、いまやその公害ビジネスモデルを台頭するアジア諸国にばら撒いている。

北京オリンピックで空気が悪いからどうしようかなんていっているが、昔そっくり同じことを東京で言っていた。中国発生の亜硫酸ガスかなにか公害の煙が、日本に押し寄せるという。要するに日本が見事に公害技術輸出をした結果である。

むしろ、一般販売ガソリン にはど~んと高率の税をかけて高価にしよう。ただし公共交通用には安くする。道路特定財源は一般化しよう。

そしてその税収を、拡散して非効率となった生活圏を効率的に再編成するため 、社会政策としての居住政策(いまのような経済政策としての住宅政策ではなくて)に投入するのだ。この生活圏の再編こそが、これからの日本の人口減少超高齢社会における重要政策だ。

日本の基幹産業となった自動車産業が衰退するなんていう人がいるだろうが、イオンのような大型流通業と同じで、その功罪の罪に目をつぶっているうちに、気がついたら生活者の死屍累々、これでは何にもならないのである。(080412)

第2編第2話 都市を造り直すへ

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