【⾔語・⽂化】第三外国語と爆発 ―第⼆外国語を介した語学学習のすすめ
【⾔語・⽂化】第三外国語と爆発 ―第⼆外国語を介した語学学習のすすめ
日本語支援スタッフ 総合⽂化研究科地域⽂化研究専攻 博⼠課程
堤 縁華(つつみ よりか)(2026年5月6日)
あらゆる学習⾏為は、脳内の神経細胞の発⽕によって⾏われているという。筆者は脳神経科学について全く知識がないが、この本来的には感じ取ることができない「発⽕」を特に実感する⽇がある。それはオンラインでアゼルバイジャン語のレッスンを受講する⽇である。筆者は、ソ連時代とポスト・ソ連時代のアゼルバイジャン⽂学を専⾨としており、研究では主にアゼルバイジャン語とロシア語を使⽤している。この記事では、⽇本では学習する機会が少ないアゼルバイジャン語を少し迂遠な⽅法で学習した経験について共有したい。紆余曲折の語学学習道を、筆者が息も絶え絶えに進んできた様を⾒て⼀笑頂くと同時に、学習機会の少ない⾔語の習得で悩んでいる⽅や、語学学習を通して⾃分のニューロンに素敵な花⽕を打ち上げたいと考えている⽅に、少しでもご参考頂ける事例となればと願っている。
「あなたの家庭教師」
まず、⽇本においてアゼルバイジャン語学習の機会は少なく、筆者が学習を始めた時点では辞書はおろか、教科書の類も⽂法書1冊と会話帳2冊しか⼊⼿できなかった。近年では、東京外国語⼤学での研修やテキストの編纂が⾏われるなど、アゼルバイジャン語学習の機会は広がりつつあるものの、修⼠課程⼊学時の筆者は、⾼い学習のハードルを前に途⽅に暮れた。学習の機会が多く、かつアゼルバイジャン語に近いトルコ語を先に習得するのがおそらく近道の⼀つであるが、不器⽤な⾃分が似た⾔語を⼆つ学んで混乱しないわけがないと確信していた筆者は、試みることもなくこの道を諦めた(アゼルバイジャン⽂学を研究する以上、アゼルバイジャン語そのものから⼊⾨したいという気持ちも、もちろんあった)。筆者は半年以上、テキストを集めてアゼルバイジャン語の独学を試みたが、どちらかというと⽿で覚えるタイプでありながら⾳声資料が乏しい状況下、全くあるべき進展を⾒せることができなかった。
上記の失敗の末に筆者が⾏き着いたのは、「あなたの家庭教師」というロシアのサイトであった。アゼルバイジャンはロシア帝国領時代とソ連時代を経験しており、中⾼年層にロシア語話者が多いだけでなく、⾸都バクーはかつて多⺠族ロシア語都市として独特の⽂化を発展させていた。近年は脱ソ連化・グローバル化の流れの中で、ロシア語離れが進んでいるものの、⾸都育ちの⽣粋のバクー市⺠(ここでは暫定的に、英語⾵に「バクビアン」とする)と⾔えば、ロシア語とのバイリンガルがほとんどであった。
「あなたの家庭教師」に⾏き着いた理由は、上記の背景から、ロシア語を介した学習を試みようとしたためである。筆者は学部時代よりロシア語を第⼆外国語として学んでいたため、⽇本に先⽣がいないなら、オンラインでアゼルバイジャン語とロシア語のバイリンガルの先⽣を探そうと考えたのである。阿部寛のホームページを想起させる怪しいサイト(今では現代的なデザインになっている)を介して数回お試し授業を⾏い、最終的にロシアの⼤学でロシア語教育に携わる素敵なバクビアンの先⽣を⾒つけた。
神経回路たち
ここから筆者のニューロン発⽕の旅が始まった。当然のことだが、授業ではロシア語を⽤いるので、理解できるアゼルバイジャン語の単語や⽂も、即座にロシア語に訳すことができなければ、先⽣にとっては理解していないに等しい。そうなると、すでに知っている単語や⽂法の説明に貴重な授業時間が費やされてしまう。これを回避するために、筆者は必死に「アゼルバイジャン語⇄ロシア語」の神経回路(下図の回路A)の開発を⾏った。その結果、アゼルバイジャン語の単語や⽂を⾒て、まずロシア語に訳そうとする脳がある程度形成された。もちろん、この作業は筆者の乏しいロシア語⼒に依存するため、どんなに⾼度な⽂章を前にしてもロシア語訳がすらすらと出てくるわけでは全くないが、アゼルバイジャン語とロシア語を往復する習慣だけはかなり定着した。
第⼆外国語たるロシア語を挟んだ第三外国語・アゼルバイジャン語の学習は、当然にして効率が悪いところもあるが、特有のメリットもある。まず、即座に出⼒することができないロシア語の語彙や⽂法があぶり出され、弱点が明確になるため、既修⾔語の復習と維持につながる。上記の図でいうと、回路Aの強化によって、⼀度の学習で⼆つの⾔語に刺激が与えられるということである。また、あくまで感覚であるが、⺟語は語彙⼒や瞬発⼒がすでに備わっているため、どうやら回路Aの鍛錬によって、無意識の中で回路Bと回路Cも強化されているようである。
アゼルバイジャン語とロシア語の混交
回路Aがある程度からだに馴染んできたとき、筆者が気づいたのは、これが単なる語学学習を超えて、ある種の⽂化的体験につながっていることであった。アゼルバイジャンの⾸都バクーでロシア語が歴史的に⽀配的であったことは先に⾔及した通りであるが、バクビアンはアゼルバイジャン語とロシア語を⼊れ混ぜた特殊な話法を操ることもある。例えば、ロシア語の語彙をそのままアゼルバイジャン語の会話に挿⼊したり、逆にアゼルバイジャン語のフレーズをロシア語の会話に滑り込ませることもある。どちらかの⾔語がベースだった会話が、何かの拍⼦にもう⼀つの⾔語に完全に切り替わることもある。⽇本語で「サジェスチョンにアグリーする」などと⾔われると、その必然性の低さに何とも⾔い難い感情が惹起されるが、バクー式の⾔語混交は特殊な歴史的・⽂化的トポスに根ざしたものである。ロシア帝国時代・ソ連時代のロシア中⼼主義的な政策などを無視して、この⾔語混交を「⾃然」なものとみなすことはできないが、現地でバクビアンたちと⾔葉を交わすたびに、筆者はアゼルバイジャン語の⽣命⼒とロシア語の多様性を実感するのである。
増える語彙、消えゆく環境
最初は回路Aが発⽕する度に、筆者は明らかに体温が上昇し、脇や背中から汗がダラダラと流れ出し、ファンを必死に回すパソコンに同胞意識を覚えるようになっていたが、今や語学のレッスンは⽂学作品の読解に対する助⾔へと切り替わり、アゼルバイジャン語の先⽣は研究協⼒者となった。筆者のアゼルバイジャン語は相変わらず下⼿であるが、⽣粋のバクビアンから伝授された発⾳や話法は、筆者にとって馴染み深いものとなった。⼀⽅、筆者が拙いアゼルバイジャン語だけでなく、バクー式の⾔語混交をも⾝につけていったこの数年間は、あくまで筆者の体感であるが、現地でバクー特有の訛りや混交を⽿にすることが減っていった数年間でもあった。地⽅出⾝者の増加や⾔語政策の変化により、バクーの⾔語状況は変貌を遂げていったのである。バクー式の混交が減少していくなか、遠いアジアにいる筆者が、その歪なレプリカを⾃分の中にもっているのは、なんとも不思議なことである。もちろん、バクー特有の⾔語的特徴がこの世から消滅したわけではないし、語学⼒の乏しい筆者がその保存に貢献できるわけでも全くないが、語学だけでなく、ユニークな⾔語的⼩宇宙を内⾯化する機会があった以上、⾃らの中で根を張ったこの混交を⼤事にしていきたいと考える次第である。
おわりに
このように、第⼆外国語を経由した第三外国語の学習は、脳内に新しい神経回路を⽣み出すだけでなく、ともすればある特殊な⽂化的環境をそのまま体内に移植する、それこそ⽕花が散るような体験につながることもある。すでに似たメソッドで⾔語を習得した⽅もいらっしゃるかもしれないが、まだ試みられたことがない⽅には、この学習法が遠回りでありながら、他では⾒られない素敵な景⾊が⾒える道であることを、ぜひお伝えしたい。