【調査・研究】書を捨てよ、国会図書館へ行こう(前編)
【調査・研究】書を捨てよ、国会図書館へ行こう(前編)
日本語支援スタッフ 超域文化科学専攻 博士課程
陰山 涼(カゲヤマ リョウ)(2023年2月25日)
本は捨てない方が良いものです。つい数年前に出版されたはずの研究書がいつの間にやらAmazonで大変な高値をつけており、「すぐに買っておけばよかった」と後悔することは少なくありません。まして、高騰しているのが捨ててしまった本であれば、悔やんでも悔やみきれないでしょう。あるいは、Amazonで買えるのならまだ救いがある方かもしれません。一度手放せば二度と手に入らない、という本も世の中にはたくさんあるわけです。それでも、もし近所の図書館には無いような貴重な本をうっかり捨ててしまったとき、そしてどうしてもその本を調べる必要があるとき、まずあたるべきなのが国立国会図書館です。
国立国会図書館は、その名の通り国会に属する図書館です。したがって、国会議員や行政・司法の関係者による調査のための図書館、という趣旨があるわけですが、実際にはそのような用途に限らず、広く研究や調査のためにサービスを提供しています。満18歳以上で、身分を証明できれば、誰でも利用することができる図書館です。その最大の特徴は、資料の網羅性にあります。出版社に新刊の納入を義務付ける納本制度に基づき、原則的に日本国内で刊行された全ての出版物が所蔵されることになっています。実際には全ての出版社が義務を果たしているわけではないようですし、特に現行の納本制度が整備された1948年よりも前の資料については欠けているものも少なくないのですが、それでも、あらゆるジャンルの出版物が広く網羅的に所蔵されている図書館として特異な存在であることは変わりません。
私は超域文化科学専攻(表象文化論)の博士課程に在籍し、日本のマンガの歴史について研究しています。国会図書館は、マンガ史という専門分野の都合上、よく利用することになる施設です。というのも、マンガの単行本やマンガ雑誌といった資料は、市区町村や大学の図書館には所蔵されにくいからです。図書館でのマンガ資料の扱いには、娯楽性の高さから図書館にふさわしくないと判断されるといった内容的な問題だけでなく、巻数が多いためスペースが必要になる、簡素な装丁のため傷みやすい、といった課題もあり、あまり積極的には行われてきませんでした。さらに、戦前期に出版された雑誌のような歴史的な資料も、一般的な図書館には基本的に所蔵されていません。マンガについての評論本や研究書といった二次文献を調べる際には地元や大学の図書館が便利ですが、歴史的な一次資料を調べる際には、まずは国会図書館をあたることになります。このように、国会図書館は歴史的なものを含めた資料の網羅性が高いため、マンガに限らず日本の社会や文化について研究をする場合には重要な資料源となります。ぜひ活用をおすすめしたいのですが、一般的な図書館とはかなり勝手が違いますから、初めは戸惑うことも多いかもしれません。そこで今回は、国会図書館の特徴や使い方について、簡単に解説してみようと思います。
さっそく現地を訪れる前に、まずはオンラインシステムでどのような資料があるのか調べてみましょう。国立国会図書館オンライン(https://ndlonline.ndl.go.jp/)では、所蔵されている資料を検索し、書誌情報を確かめることができます。これらの所蔵資料のなかには、デジタルデータの形で提供されているものも多数あります。デジタル化資料は、公開の状態によって大きく次の3種類に分けられます。
1. 館内限定
2. 図書館/個人向け送信サービス対応
3. インターネット公開
「1. 館内限定」資料は、国会図書館内のPCからのみ閲覧することができます。一方、著作権が失効してパブリックドメインとなっている資料などは「3. インターネット公開」され、誰でもどこでも見ることができます。さらに昨年から便利になったのが、「2. 図書館/個人向け送信サービス対応」の資料です。著作権は失効していないものの、絶版等の理由で入手困難なため広く提供することが望ましい資料がこの扱いになっています。従来は各地の公共図書館の端末から利用する必要があったのですが、2022年5月から、利用者登録を行えば個人の端末でも資料が閲覧できるようになりました。
例えば、宍戸左行という漫画家が1929年に出版した『アメリカの横ッ腹』という本があります。著者が1907年から1916年ごろまでアメリカに長期滞在していたときの経験について、イラストを交えつつ語ったエッセイ的な内容のものです。宍戸が亡くなったのは1969年ですから、70年ある著作権の保護期間はまだ終了しておらず、この本についても宍戸の著作権は有効なはずです。しかし、おそらく入手困難な古い資料であるという理由から、個人送信サービスの対象になっており、システムにログインすれば自宅からでも閲覧することができます(https://dl.ndl.go.jp/pid/1268522/1/1)。日本語はやや古いですが、専門家にしか読めないようなものではありませんし、軽妙な文体の面白い本ですので、関心があればぜひ国会図書館のシステムに登録して読んでみてください。
デジタル化資料の個人送信サービスを利用するために必要な登録(本登録)も、現在ではオンラインで行うことができるようです(https://www.ndl.go.jp/jp/registration/individuals_official.html)。数年前に私が登録した際は、オンラインで可能なのは遠隔複写のための簡易登録のみで、本登録は現地で手続きをする必要があったように記憶しています。コロナ禍もあり、オンライン利用の利便性は近年かなり向上しているようです。これらのデジタル資料は、国立国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/ja/)で検索・閲覧することができます。特に古い資料を調べたいときには、まずはここで閲覧可能かどうか、確認することをおすすめします。
ここまで説明してきたように、国会図書館のデジタル資料の利便性は近年かなり向上しています。とはいえ、少なくともマンガ研究の場合、必要な資料のほとんどが自宅で見られるという状況は残念ながらまだ実現していません。そもそもデジタル化されていない資料も多く、また、デジタル化されている古い資料であっても、マンガが掲載されているような商業的な雑誌などは館内限定公開というケースが多いようです。
そこで、調べたい資料がデジタル化されていない、あるいは館内限定公開だった場合には、遠隔複写を依頼するか、直接施設を訪れる必要があります。遠隔複写は、特定の論文など必要な資料の範囲が明確に決まっている場合には便利ですが、雑誌を通覧したり、多くの資料のなかから必要な箇所を探したりするのには向きません。マンガ研究のような分野では、やはり可能であれば現地に行ったほうがよいということがしばしばです。
というわけで、いよいよ国会図書館へ行きたいと思うのですが、すでにそれなりに字数を費やしてしまいましたので、続きは後編として改めてお届けできればと思います。近日公開予定の続編をお楽しみに。