【日本文化】御神籤の歴史
【日本文化】御神籤の歴史
日本語支援スタッフ 総合文化研究科 地域文化研究専攻アジア科 博士課程
若杉 美奈子(わかすぎ みなこ)(2025年2月28日)
新年を迎えると、初詣に行き御神籤(おみくじ)を引くという習慣は、日本文化に根付いた伝統の一つである。人によっては、願掛け(神・仏に願いをかけること)に神社やお寺に行き、御神籤を引いたりすることだろう。ここ数年、神社仏閣巡りを趣味としていた筆者は、運気のバロメーターを測るために、御神籤を引くことが増えていた。御神籤に書かれていることに一喜一憂するのではなく、良いことが書かれていれば、それを励みにし、悪いことが書かれていても、自分への戒めとして受け止める。基本的には都合の良いことだけを信じるくらいの心構えでいる。神社やお寺を巡るうちに、御神籤には漢詩が書かれているもの、和歌が書かれているもの、そしてどちらも書かれていないものがあることに気がついた。この違いは、神社とお寺の違いによるものと考えられる。いずれのタイプの御神籤であっても、その起源を辿れば仏教が伝来した中国の漢詩に辿り着くのではないかという素朴な疑問を抱いた。本コラムでは御神籤の種類や歴史をざっくばらんに紹介したい。
御神籤業界No.1の「みくじ箋」
神社やお寺を巡りながら、おみくじを収集しているうちに、御神籤の製造業者が存在することや、神社とお寺で御神籤に違いがあることに気がついた。例えば、写真ように小さく折り畳まれたタイプの御神籤に見覚えがある読者も多いのではないだろうか。これは、御神籤製造業界ナンバーワンのシェアを誇る「女子道社」の「みくじ箋」で、実に日本に流通するみくじ箋の七割を占めるといわれる。
定番の御神籤(筆者のコレクションより)
神社仏閣巡りをしていると様々なおみくじに遭遇する。龍を祀る田無神社(東京都・田無市)では、小さな龍の中に御神籤が詰められている「新五龍神みくじ」がある。また、キャラクターとコラボした御神籤として、ハローキティおみくじ(日枝大神社・神奈川県)やリラックマおみくじ(上宮天満宮・大阪府)などもある。これらの御神籤はブームも相まって観光客の興味を引いている。
また、キャラクターとコラボした御神籤として、ハローキティおみくじ(日枝大神社・神奈川県)やリラックマおみくじ(上宮天満宮・大阪府)などもある。これらの御神籤はブームも相まって観光客の興味を引いている。
御神籤の起源
御神籤を遡るとどこに辿り着くのかという好奇心から、「おみくじ」「歴史」というワードをGoogle検索にかけてみると、『おみくじの歴史』(平野多恵)という書籍がヒットした。運勢を占うためのツールとして発展してきた御神籤は、比較文化や文学研究の対象となりうるのである。同書 (18頁)によると、御神籤は漢詩御籤、和歌御籤、それ以外の御籤の三つに分類され、なかでも漢詩御籤のルーツは中国にあるという。漢詩御籤は、南宋時代(1127-1279)に中国の中天竺寺で、観音菩薩のお告げとして作られた『天竺霊籤』が後に『観音籤』と呼ばれるようになり、室町時代に日本に伝来した原型である[1]。この御籤は江戸時代に流行し、現代にも引き継がれている。有名どころでは、聖観音像を本尊とする浅草の浅草寺の御神籤がある。一説によると、清水寺、深大寺、鶴岡八幡宮などの古い神社仏閣の御神籤は凶が多いというが、628年に創建された浅草寺の観音籤も凶が多く、同書によると御神籤の3分の1が凶であるという。
写真の御籤は、浅草寺の分院の観音籤の一つである。漢詩の下に詩の解説が、左には願望、健康、失せ物、待ち人、転居、旅行、縁談の順に占いの結果が一言で綴られている。
註
[1] 平野多恵、『おみくじの歴史』、吉川弘文館、2023年、p.193.
観音籤(筆者のコレクションより)
上記の漢詩の訳は、浅草寺の御神籤の裏面を参考にしたものである。江戸時代の頃は、籤解きが御神籤の内容を解説していたというが、今では御神籤の裏や解説サイトなるものの存在により解読が容易になった。崩字フォントで書かれた「◯ぐわんもう叶うべし」は、「ぐわん」(「願」の歴史的仮名遣い)が叶うであろうことを占っている。縁談・付き合いの「よめとり、むことり、人をかゝかへるよし、たゞし万つゝしみてよし」は、「良いけれど、全てにおいて謙虚な姿勢を保つことで良い結果を招く」とある。
中国での受容
御神籤は現代の中華圏にも受け継がれているものとみられるが、その程度は台湾と中国で事情は異なるようである。台北の龍山寺のサイトでは、籤詩(せんし)と呼ばれる御神籤が紹介されている。また、中華圏に伝わる観音一百籤をはじめとする各種御神籤を解説したサイトの『籤詩網』(御神籤ネット)では、浅草観音籤が解説されている。中国の留学生に御神籤について尋ねると、日本ほどメジャーなものではなく、米国などから逆輸入された「フォーチュンクッキー」 [2] が若者の間で人気であるという。このフォーチュンクッキーの起源は諸説がありそうであるが、江戸時代の日本でも御籤を煎餅に入れた辻占煎餅が売られていたようである。
註
[2] フォーチュンクッキーの起源には諸説がありそうである。ロシアのアエロフロートの機内食でもフォーチュンクッキーが提供されることがある。
台湾・龍山寺の御神籤(龍山寺HPより)
重慶飯店HPより
篠田仙果編, 永島孟斎画『藻汐草近世奇談 3編下之巻』青盛堂、1878年、7頁。国会図書館デジタルコレクションより
おわりに
本コラムでは主にお寺の漢詩御籤について簡単に紹介したが、神社には万葉集や古事記・日本書紀に由来する和歌を用いた御神籤のほか、戦国武将や歴代天皇が詠んだ和歌を採用した御神籤も数多く存在する。息抜きと散策を兼ねて神社やお寺に足を運び、御神籤を通じて歴史や文化に触れてみるのも一興だろう。