【留学】留学をどのように乗り切るか―イギリスの風にもまれて―
【留学】留学をどのように乗り切るか―イギリスの風にもまれて―
日本語支援スタッフ 地域文化研究専攻 修士課程
小林 朗大(こばやし あきひろ)(2024年3月31日)
2度のイギリス留学
私は現在、ロンドン大学King’s College London(KCL)の修士課程に所属しています。厳密にいうと、東大の修士課程に所属したまま東大を1年間休学し、KCLの修士課程に正規留学生として入学しました。つまり、3年間で2つの修士号を取得するということです。実は、今回の留学は2度目のイギリス留学で、1度目は学部3年生の際にマンチェスター大学へ長期留学しました。そこで、1回目の留学で私がどのように異国の地や文化に慣れていき、そして2度目の留学で、前回の経験を活かしてどのようにイギリス生活をこなしているのか、どのように意識が変わったのか書いていきたいと思います。
この記事は、東大で学んでいる留学生の皆さんや、逆に東大から海外の大学へ留学、調査を計画している学生の皆さんへ何らかのヒント提供できればと思っています。私は帰国子女でもなく、日本の公立の小中高に通って、日本の英語教育しか受けたことしかなく、海外に長期で滞在した経験もない人間でした。そのため、留学では言語、生活、文化、学習でかなり苦労し、異文化での中で様々なつらい経験もしました。今でもイギリスで色々と苦労しつつ生活しています。その経験が何かみなさんに役に立てばよいと思いこの記事を執筆します。
学習面:予習とディスカッションと課題
留学を開始してまず直面した学習面の課題が、主に3つあります。1つ目は、授業の予習が終わらないこと、2つ目は授業で行われるディスカッションについていけないこと、3つ目は課題が終わらないことです。
まず予習に関しては、英語の論文を各授業3,4本読んでいく必要があり苦労しました。マンチェスターでの経験や今回のロンドンでの留学を踏まえて思ったことは、全部細かく読む必要はない、授業を理解し議論に参加できるようなレベルで論文の概要を理解すればよいということです。非ネイティブにとって、各授業に対して全ての英語論文を精読していては、生活が困難ではないかというほどに時間を取られてしまいます。それよりも、イントロと結論を精読し、残りはスキムリーディング(重要な部分を取り出して読むこと)するなど様々な工夫をして、効率的に授業に必要な前提知識を得るべきなのです。その上で、特に重要な論文や自分の研究に必要な論文を精読するべきと思います。もちろん授業での論文をしっかりと読むことも大切ですが、予習は成績評価にならないので、成績評価に直結する課題や論文に必要な論文をしっかり読むべきだと思っています。
次に、ディスカッションに関しては内容の問題よりも、まず、相手の英語が聞き取れないことに苦労しました。特に、イギリス人は現地の人でも時々苦労するほど、出身地方によって英語のアクセントが大きく異なるため、ある人の英語が聞き取れるようになっても別の人の英語は全くわからないという場合もありました。ただ、不思議なことに3か月ほどすると少しずつ総じて英語が聞き取れるようになりました。これは、1度目の留学の際も、今回の2度目の留学の際も感じています。3か月すると人間の脳が英語に慣れてくるのかもしれません。
さらに、私は二つ方法を意識して議論に参加しています。一つ目は、議論の一番初めに発言し、グループの話の方向性を自分の考えの方に向ける方法です。こうすることで、議論の方向性がつかみやすくなるため、内容を推測しながら聞くことができます。最初に発言するのは勇気が必要ですが、予習をしっかりとできた際などは、ただ周囲の議論に乗って話すよりはかなり負担が少ないと思います。二つ目は、最初は黙って聞くことに徹し、最後の方で発言する方法です。最初は聞くことに集中し議論の流れをできる限り追い、最後の方に一言、議論を踏まえたうえでしっかりとしたコメントをします。この方法は授業の予習が十分できていないときなどにも役立ちます。常にこれらの方法がうまくいくわけではなく、戸惑うことも多々ありますが、これを意識していると気持ちが少し楽になります。この2つの方法は、英語だけでなく日本語の議論の際にも役立つのかなと思います。
最後に、課題です。海外の大学でも日本と同様にエッセイの課題があります。自分が経験したのは、1000~4000 words程度でした。読者の皆さんももちろん経験があると思いますが、母語以外で書くエッセイは、母語の場合と比べてかなり時間と労力がかかります。そのため最良の対処法は、平凡な回答ですが、計画的にコツコツと書いていくことだと思っています。1日に100 wordsでも200 wordsでもよいので、毎日書き進めていくという意識が重要です。たとえどれほどちぐはぐな文章でも、100 wordsでも書いてあれば翌日にそれを手直しすることができます。手直しする材料があることで、精神的余裕も生まれますし、手直しを通して自分の考えを整理できると考えています。ちなみに、1度目のマンチェスター留学では遊びすぎてしまい、エッセイ締め切り前日に急いで書いていたこともありましたが、苦しいだけで質が悪いものとなるだけでした。反面教師としてください。
生活面:生活と文化と人
イギリスでの生活に関して、苦労したことは言語の壁と交渉のやり方です。もちろん食生活や公共交通機関の乗り方などを身に着けるのも大変ですが、これらは自力で調べ工夫すれば、自分だけで乗り越えることができます。しかし、言語や交渉など他人がかかわることは、自分だけで完結しないのでより大きな苦労があります。
1つ目は言語の壁です。私は生まれも育ちも日本で、英語教育も日本で受けてきました。そのため1度目の留学では、「学んだ」英語と実際の英語の違いにかなり戸惑いました。その経験から、場合ごとの言い回しを覚えることが大切だと理解しました。日常の場面で使う会話は一定程度限られてきますし、例えば初対面の人との会話でも、話す聞く内容は絞られてきます。そこで、日常会話の場合ごとの言い回しを覚え、場合ごとに話す内容を決めておきます。こうすると、そのたびごとに同じ内容を繰り返せばよいため、スムーズに会話を進めることができるようになります。さらに、1度目の留学では、エクセルで表を作りクラウド上に保存し、英語の新しい表現や言い回しに出会ったらいつでもどこでもすぐに表に書き留めるようにしていました。そして、それを見返しつつ、会話する機会に使ってみるようにしていました。こうすることでインプットをアウトプットすることができます。また、昼休みなどは海外の方々が昼食を取っている近くにわざと座り、彼らの会話を盗み聞きしてそれを表にまとめて会話の表現を増やしたりもしていました。2度目の留学では、言い回しを覚えたことで日常生活の苦労はかなり減りましたし、初対面の方との会話も内容は同じでも、比較的スムーズに進むようになりました。
次に、イギリスでの交渉に関する点です。日本と比べて、イギリスなどの海外では、「察する」や「思いやり」のようなものが少ないと感じます。そのため、しっかりと自己主張し、自らの要求を通していく必要があります。しかし、のらりくらりとかわされてしまい、自らの意見や要求をうまく主張できないことがよくありました。特に、イギリスの自己主張は特徴的なように思えます。日本で自己主張というと、自分の意見を多少感情的かつ強引にでも前に前に押し出していくというアメリカ的なイメージ(ステレオタイプかもしれませんが)があると思います。一方、イギリスの交渉は、感情をあらわにせず落ち着いて論理的に語り、相手が反論する余地をなくしていくことで相手を納得させる方法に感じます。つまり、主張を明確にした上で論理的に根拠を挙げてそれを補強し、自信を持ってくどく主張を行うということです。逆に、イギリスで感情的に主張することは、落ち着いて対応できない相手と思われて不利に働きます。このような傾向は、特に教養のある方に多いように感じ、ヴィクトリア時代のイギリス貴族(特に男性)が、徹底的に感情を表さないようにしていたこととも関係があるのではないかと私は思っています。
そして、このような自己主張を行うには、プリンシプル(principle)を持つことが重要と思います。プリンシプルを持つということは、自分の中で明確な考えや判断基準を持つということです。プリンシプルがあるからこそ、明確な主張を、論理的に自信を持って行えるのです。この点は、戦前にケンブリッジで9年学び戦後GHQに従順ならざる唯一の日本人と呼ばれた白洲次郎が言っており、彼のイギリス流の心得はたしかに正しいと実感しました[1]。ここでは、イギリスのこととして語っていますが、イギリス式の自己主張の方法は、規則やルール、マナーに厳しい日本でも意外と効果的に通用するのではないかと思います。
最後に、生活面全般に言えることとして、「助け」を求めることの大切さがあります。異国の地で生活する中で苦労やうまくいかないことは後を絶ちません。そこで、問題が大きくなる前に周囲の人に助けを求めることがとても重要になってきます。これは多くの中のほんの一例にすぎませんが、例えば、2度目のロンドン留学時には、住居の問題があり周りからの助けによって解決することができました。最初に入った寮の部屋が電車の線路の真横であったため極めてうるさく、部屋の移動か契約の解除を大学側に求めましたが、大学側は、契約変更はできないとして応じませんでした。その際、東大の教授の方、留学支援の方々、イギリスで出会った友人、イギリス経験のある知り合いに連絡を取りました。さらに、日本人会などで出会った人に手当たり次第に住居の問題をどうすればよいか相談しました。すると、日系の病院で騒音問題が健康に影響するということを診断書で示してもらい、その証明を根拠に戦うべきとのアドバイスを得られました。さらに、大学でできた在英日本人の友人がメールの書き方から電話の仕方、大学で相談するべき部署まで細かく教えてくれました。実際に、私に代わって電話での交渉、メールの作成をしてくれたこともありました。彼はイギリスの有名なパブリックスクール(イートン校などの寄宿舎制の伝統的エリート校)の出身で、上流階級のようなきれいな英語を使い、何といってもイギリス的な交渉術と心得を持っていたので、大学の住居チームを動かす説得力がありました。その結果、診断書をもとに、大学のディスアビリティチームやカウンセリングチームなども巻き込んで住居チームを説得し、住居の移動を実現することができました。このように、助けてくれる人は必ずいるので、「何かあったらすぐに助けを求める」、これが異国での生活の重要な心得だと思います。ただ、詐欺やだましにだけは注意が必要と思います。日本人でも安易に信用するのは危険ですし、弱みに付け込んでくる人も多くいます。信頼できるか見極めたうえで助けを求めることが大切です。
さいごに
2回のイギリス留学を通して、自分が感じたことや苦労したこと、それにどのように対処したかをまとめて書いてみました。文章を書きながら、私自身の中でも様々な苦労や思い出がよみがえってきました。
留学するということは、ある意味自らをとてもハンデのある立場に置くということです。留学生は、母国を離れ、異国の地で異なる言語と文化の中、大きなハンデを背負いつつ地元の学生と同じように学び生活し、同程度、時にはそれ以上の成果を出します。だからこそ、ハンデの無い母国に帰ったとき周りよりも一歩飛び出ることができるのです。明らかにハンデが存在しそれが成長の材料であるのだから、苦労に満ちていて当たり前です。
2度目の留学でももちろん苦労ばかりですが、現在は1度目と比較して、イギリスでの生活でありながら日本にいる時に近い気分で生活できているように感じます。少しずつ環境に慣れてきたのだと思います。どうも留学報告書のようになってしまいましたが、このコラムが留学生の方や、これから海外へ留学する方への何かのアドバイスや参考になれば幸いと思います。
2024年3月25日 ロンドンにて
[1] 白洲次郎 2006 『プリンシプルのない日本』新潮文庫。