【社会・文化】「野球」由来の日本語
【社会・文化】「野球」由来の日本語
日本語支援スタッフ 地域文化研究専攻 修士課程
村瀬正紘(むらせまさひろ)(2024年3月31日)
「野球」は、日本の文化である。
ベースボールは明治期にアメリカから伝わり、「野球」という名に翻訳され、学生スポーツとして、ま たプロスポーツとして、日本全国に広く普及した。今日の日本においても、多くのプレイヤーが野球場で汗を流し、各地の野球ファンが話に花を咲かせる。野球は、日本社会に広く深く根付いているのである。
野球の試合に関する多くの用語に日本語の訳語があてられていくことで、野球というスポーツは日本社会に適応していったが、それと同時に、野球の用語からの日本語のランガージュ(話す、聞くといったあらゆる言語的活動の総体)への働きかけがあったことも確かである。この記事では、日本語として一般に使われるようになった野球用語を取り上げ、野球が日本語の文化の一部分を形作っていることについて見ていきたい。
まず、日常的な会話の中で使われる野球用語を紹介しよう。
・キャッチボール
キャッチボールとは、複数人でボールを投げ合う野球の道具を使った練習または遊びである。誰か 一人が投げたボールを、別の一人が捕球しそれを投げ返す、これを交互に繰り返す。この「球のやり取り」を「言葉のやり取り」に見立てて用いるのが、「キャッチボール」という表現である。
・外野
「外野」という語を辞書で引いてみると、以下のように出てくる。
① (outfield の訳語) 野球で、本塁と他の三つの塁に囲まれた区域の後方で、本塁と一塁および
三塁とを結んだ延長線に囲まれた地帯。アウトフィールド。〔新式ベースボール術(1898)〕
② 「がいやしゅ(外野手)」の略。
③ 「がいやせき(外野席)」の略。
④ 比喩的に、局外にある者。「外野がうるさい」
(精選版 日本国語大辞典より)
①は野球のルールに則って定められた最も原義的な意味であり、②・③は①に関連する意味であ る。一方、④は野球の用語を一般的な場面に応用した意味で使われる。
ここまでは私たちに身近な野球用語をいくつか挙げたが、次に紹介するのは野球用語で用いられ る独特な表現技法である。
「右腕/左腕」(みぎうで/ひだりうで)という単語がある。これは一般的には人体の一部を表す日本語の単語であるが、この語が野球で用いられると、読み方が「うわん/さわん」となり、また意味も身体の部位でなく「(右投げ/左投げの)ピッチャー」となる。このように、野球における「右腕/左腕」を選手そのものとして表すような言語表現は、「換喩」 と呼ばれている。比喩の種類には直喩、隠喩、暗喩などがあるが、換喩はその中でもわりあい特殊 な部類に入るであろう。換喩が実際に使われる場面を日本語の日常会話において探し出すには骨 が折れるが、野球に関する知識を持っていれば、換喩の分かりやすい例がすんなりと頭に浮かんでくるのである。
この記事で取り上げたのはほんの数例であるが、この他にも野球に関連する言葉が日本語会話では使われている。日本語の勉強に疲れたら、気晴らしついでに野球観戦に行くことをおすすめしたい。球場で得る経験が、思わぬ形であなたの日本語を上達させてくれるかもしれない。