手術を拒否する患者と主治医との媒介者としての看護師
1.職業
2.業務分類
3.施設内看護の年数
4.訪問看護の年数
5.経験内容
患者 A さん (70 歳)は、上位頸髄髄内腫瘍(良性)で人工呼吸器の装着を余儀なくされていた。当時の医学では、腫瘍の摘出は難易度が高く、生命へのリスクを伴うものであった。主治医はこのままではやがて生命が脅かされ、Aさんに「害」が及ぶと判断し、Aさん・家族に腫瘍摘出術について説明し、手術に懸けてみることを提案した。
Aさん・家族は、今後も続くであろう心身の苦しみから逃れられないことに苦悩しながらも、「このまま人工呼吸器につながれた状態であっても、今を生きていることを大切にしたい」と手術をしないことを選択した。主治医は外科的治療でAさんの病状が回復するという確信を持っていたため、Aさんに「害」が及んでくることを避けたいという医師としての責務から、改めて看護師長に手術を行うことに関する家族との調整を委ね、協力を求めた。
看護師長は、きちんとした判断能力のあるAさんが手術を選択しないという、その心のうちにあるものは何なのか、何が影響を与えているのか、それらを知ることが重要と判断し、Aさんや家族に思いや意向を十分話してもらい意思の把握に努めた。その結果、Aさんが人工呼吸器を装着しているために、主治医からの説明を一方的に聞くことしかできず、自分の考えを主治医に伝えることや、聞きたいことを確かめるすべもなかったこと、手術により容態が悪化するのではないかという恐れや手術後の見通しがもてないでいることなどがわかった。
また、Aさんに「益」をもたらすために懸命になっている主治医の思いもAさんには伝わっていなかった。Aさんのために善かれと判断した主治医の治療計画と手術を選択しないというAさんの意思決定との食い違いは、主治医とのコミュニケーション問題や信頼関係が成立しないことから生じていることが判断できた。
看護師長は主治医に上記のことを伝えるとともに時間を惜しまず、患者の意思をくみとる努力を尽くすことで、Aさんが適切な医療を選択するのに必要な情報提供がなされるよう、主治医との調整に努めた。Aさんは看護師長が、手術の意思決定に揺れる気持ちを受け止めてくれたこと、十分な情報を得られる機会を提供してくれたことに感謝しつつ、後日、手術を受けるという意思を主治医に直接伝えた。その2日後手術は行われ、腫瘍の全摘出が成功した。Aさんは術後数時間で自発呼吸が回復し、ウイニングもスムーズに進み、その後、日常生活動作が見事に自立できた。
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6.出所
事例で考える 訪問看護の倫理」 医療人権を考える会著 日本看護協会出版会 p4.5