2017年3月最終回のメッセージ

定年退職、もったいない?

皆がもったいないと言ってくれます。私が定年退職することに対してです。大学にとっては私を退職させることはもったいないかもしれません。支払う給与よりも間接経費の方が桁外れに多かったのですから。アメリカやイギリスの大学教授は定年はなく、それ以外の多くの先進国においてもいろいろは工夫があります。必要とされる教授たちは名誉教授として大学での研究教育を続けます。私の所属する学部は、体年退職した教授には特任教授や招聘教授も一切認めないらしく、出入り禁止の定年退職です。

愉快じゃない!?

いや、私はとても愉快です。私は長くこの日を待ち望んでいました。健康で退職できることは、とても有り難いことです。退職してはじめて、自由な時間が持てます。その時間は貴重なものです。「先生ならまだまだもっと仕事ができるのに、もったいない」と言わますが、自由を得ることがもったいないことだとは思いません。今までできなかった新しいことができることがもったいないとは思いません。むしろ、定年になってもまた同じことを繰り返す方がもったいないと思ってしまいます。

およそ人生は、もったいないかもったいなくないかで測るものではありません。給料や地位や名誉のために生きるのでもありません。自由に生きられれば、一番幸せで豊かな人生だろうと思います。食べていくために働くのは当然ですが、もったいないから働くという発想からは解き放されたいと思います。

というわけで、

4月から無職になることにしました。少し休息をとった後、今までできなかったことを何かやってみたいと思っています。下手すればそれが故にまた忙しくなるかもしれませんが、これまでの繰り返しでは無いと思います。自ら起業した会社の取締役会長は続けます。新たに創った研究会社では研究員になります(ともに非常勤)。これまで自分の退職後について問われて、色んなプランを発言してきました。退職したらプロゴルファーになる、ジャズピアニストになる、最近では寿司屋の板前になる、石橋に本屋と寄席とジャズ喫茶を開きたい、さらに退職直前の1,2ヶ月は建築家になりたいとか、コンピュータグラフィックスを駆使したデザイナーになりたいとかも言いました。最終講義では「朝は3時に起きて、平日の昼から酒を飲んで、日が暮れると寝ます。現職の皆さんにはできないでしょう」と憎まれ口をたたきました。本当は、何も決めていません。決めないということをしばらく楽しみます。先に述べたことのうちのどれかをしているようにも思いますが、それ以外かもしれません。一度の人生、これまでと異なることも楽しみたいと思います。

5年前に理研を定年退職し、2年前に阪大のフォトニクスセンター長も退職し、今月で阪大教授を退職して、応物学会もあと一年。OSAも昨年末で役割を終えました。様々な財団の審査委員もこれを機会にすべて降りたいと交渉しています。たくさんの学会に所属していましたが、それらも徐々に退会します。12年間続けた平成洪庵の会も3月に卒業式をしました。唯一、科新塾だけはまだ達成感に至らないので、お茶の水も中之島も続けたいと思います。それぞれの組織で昨年の12月頃からさまざまなサプライズの退官記念会を開いていただき、たくさんの花束を戴きました。私がまだ定年を自覚していないだろうと皆さんに思われているようです。申し訳ない限りです。

ものごとを始める勇気と辞める勇気、どちらも決断が必要です。しかし辞めることの方がより難しいだろうと思います。これまでの惰性を断ち切らないといけないからです。だからこそ、定年退職制度は悪くないと私は思います。人によって退職の歳に違いがあっていいと思いますが。一方、継続するのに必要なことは勇気ではなく努力です。阪大に戻ってきて教員になって37年、研究室を主宰して25年、継続は努力でした。しかし25年も続けると、続けることが楽になります。努力よりも惰性が勝ってしまいます。太平洋戦争をやめることができなかった日本を思えば分かるでしょう。鎖国を終えることも大変でした。司馬遼太郎さんのテーマですよね(「この国のかたち」シリーズ)。

一つのことを辞めて、はじめて新しい一つが始まります。たくさんのことを辞めると、たくさんの新しいことを始めることができます。あるいは大きな一つかもしれません。それが何かは分かりません。このままのんびりするかもしれないし、何かオファーを戴いてまた働き始めるかもしれません。未来は確定していないから楽しいのです。

今月のメッセージは驚くことに15年間、毎月書き続けました。ブログ文化が始まる前からです。始めた理由は、研究室の仲間と直接話す(だべる)機会が減ったからです。彼らに私が日頃考えていることを「今月のメッセージ」として伝えようと考えました。当時は、阪大のフロンティア研究機構長になり、理研も兼務し、阪大では情報科学研究科に研究室を立ち上げ、さらに研究室から独立した中村収君が亡くなりその研究室も預かることになり、皆と話す時間が突然に極端になくなりました。15年間、書き続けることは、考え続けることに繋がりました。継続は力です。

退職を機械に、毎月のメッセージも今回でお休みとします。時々ブログのような形で書き込むかもしれませんし、これ切りかもしれません。長年いつも読んでいただいた皆さん、本当にありがとうございました。

Your time is limited, so don't waste it living someone else's life. --Steve Jobs

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