2007年5月のメッセージ

ただより高い物はない

高校球児が特待生と称して「ただ」で高校入学し「ただ」で在学していることが問題となり、高野連という団体が「特待制度のある高校は、試合に参加できません、特待生も授業料を払いなさい」と指示しました。この罰則はわずか1ヶ月だけのことなんですが、マスコミは一斉に否定的な反応をしました。高野連を支持する意見は、聞こえてきません。特待生の親が顔を隠してテレビ画面に出てきて、「経済的にとてもやっていけない」と訴えます。どうやら、野球をする人は学校の授業料を払わなくていいという考えのようです。

特待生の授業料が無料なら、彼らにかかる経費は一体誰が払っているのでしょう?国が払ってくれているのではありません。特待生になれなかった残りの子供たちの親が肩代わりをしているのです。他の生徒は授業料を支払っているのに自分達だけは授業料を払わなくてもよく、すばらしい監督と練習メニュー、野球練習場等の環境を与えられて野球に熱中して高校を卒業できるのが当然というわけです。彼らは特別待遇を受けているのだから、私なら授業料は無料どころか倍額でもいいと思います。

野球が得意なことはすばらしいことですが、他の人が野球部員の経費を負担しても当然というのは傲慢です。プロならば応援する人たちからお金を貰ってもいいのでしょうが、高校球児は勉強に励みながらも野球の練習をして試合で競うから、その汗を皆が美しいと感じるのです。高野連がアマチュアとプロについて厳格に区別をするのは当然だと思います。プロから金を貰ったり授業料を他人に払わせる高校球児は、スポーツマンとして美しくは見えません。

しかしマスコミに出てくる評論家は、特待生に同情的です。他のスポーツは特待生制度が許されているのに、野球だけなぜダメなのだという理屈をこねます。「赤信号、皆で渡れば怖くない」ってことなのしょうか。他のスポーツをする生徒も授業料は払うべきです。競争社会だからという人がいますが、スポーツ能力のある学生だけが「ただ」で高校の授業を受けるということは、競争とは違います。不公正であり差別そのものです。スポーツに才能のある人だけが授業料を他の人に負担させていいという発想は、人の平等を謳った日本国憲法にも違反しています。授業料免除制度は、親の収入が少ない生徒のためこそ使われるべきです。野球をしたい生徒に使われるべきではありません。

アメリカでは、チアリーダーとして活躍したり生徒会活動に熱心であったり、自転車でアメリカ大陸横断したり、エベレスト登頂を目指した人が大学入学に有利だといわれています。エベレスト登頂に失敗しても構わないそうです。そんな冒険をすることが、入試において評価されます。スポーツで活躍する人もまた有利です。しかし、入学に有利なだけであって、授業料は全員等しく払います。いわゆる日本式の入試はない国なので、それぞれの活動が評価の対象となります。私がアメリカに暮らした時代には、授業料が免除されるのは韓国人とベトナム人とイラン人だけでした。彼らはアメリカが引き起こした戦争による難民達であり、貧しい彼らから高い授業料を取ることはできない、と考えられていました。

先日、神戸で「あらためて日本人らしさを問う」というテーマの会議があり、私も参加しました。日本人らしさは、争いを好まず平和を愛し、自然と故郷を大切にする農耕民族である、というのが概ねの参加者の考えだったようです。これといった資源がなく大陸から離れた島国は侵略の値打ちのない国であり、資源がない上に土地が狭くて人口が著しく多い島の中で互いに争っていては共倒れになるという状況のお陰で生まれた特殊な環境下での平和文化であろうと思います。この平和主義を世界に移出しようとしても、世界の環境は同じではありません。石油を産出するため絶えず列強から侵略されるアラブ諸国に、軍隊は持たないで平和主義でいきましょうといっても、聞いてはもらえないでしょうし、自然と環境を守りましょうと言っても食物がない国では環境を守りきれないでしょう。日本とは本当に恵まれた国だなあと、つくづく思います。

しかし、この平和主義(悪く言えば平和ボケ)が、互いのなれ合いやもたれ合いを許し合ういい加減文化を作り上げているのだとしたら、残念なことです。いろいろ世話になっているから、選挙では票を入れて恩返しをしようなどという、なれ合いの発想が日本にはあります。世界の中で、日本人はずるいとか何を考えているのかわからない、と良く言われます。会議で決断を求めても、イエスなのかノーなのか日本人の答えはわからない、とも批判されます。生徒達が可哀想だとか、他のスポーツでもずるをしているから、などといった情実や、スポーツは夢を与えるから許されるのだという特権意識が、才能のない人たちや経済的に余裕のない人たちのお金を奪う口実にはなってはならないと思います。

国会議員や市会議員等の政治家が給与以外に様々な怪しげな手当を得て、使ってもいない年間500万の光熱費をごまかして儲けていながら居直る大臣までいます。JRの「ただ」券をもらって私的に使い、高級マンションの宿舎を格安で住み、様々な方法で特権をちらつかせ、それでも指摘されなければ素知らぬ顔、こんなずるい人たちになってはいけません。高校球児は、爽やかであって欲しいと願います。

「ただ」ほど高い物はありません。「ただ」ほど怖い物はありません。SK

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