2004年2月のメッセージ

就職

就職活動シーズンが近づくと、私の周りの学生達は焦り怯え始めます。「早く決めないと就職先が無くなる、急がなければいい会社が無くなってしまう」と焦り怯えるのです。まるで、誰かに脅迫されているかのようです。就職担当の先生も「進学するのか就職するのか、就職なら学校推薦を受けるのか自由応募するのか、早く決めなさい」と迫ります。学業を終えてついに自分のやりたい夢に向かって社会に飛び出す一歩がこれでは、まるで楽しくないですよね。私にとっては大して違いの分からない会社のどれが一番いいだろうかと皆が大騒ぎをして、必死に会社選びをしているのを見ると、小さいときからこの人達には将来の夢など無かったのだろうかと不思議になります。

変な例えですが、日本の就職活動現象は動物の集団自殺のようにすら見えるのです。映画会社で映画作りに関わりたい、総理大臣や国会議員になって日本を救いたい、大学教授になって新しい学問を産み出したい、町の人々に花を売って町を花で飾りたい、格好いいスポーツカーをデザインしたい、精密なおもちゃを作りたい、毎日JAZZを聴きながら働く仕事がしたい、、、。何でもいいんです、将来の仕事について何も夢がなかったのでしょうか。

自分でお店を開く、会社を興す、卒業後もさらに修行をする、あるいはどこかの会社で働く、いろいろな道があるでしょう。しかしいずれの場合にも、長年の夢を実現するためには人生設計・プランニングを具体的にかつ綿密に立てる必要があります。それなのに、学生達は「とにかくとりあえず、いま、どこでもいいからどっかに就職するのだ」です。「いま就職しなければ、大変なことになる」と信じているのです。どんな大変なことになるの?人生の夢に向かっての綿密な計画もなく、適当に就職することの方が、よほど大変なことになる、と私は思うのですが、多くの人はそうではないようです。一方、フリーターになる若者も増えてきており、私にはむしろこの方が若者らしくて健全に見えます。

私は大学(大学院)を出ても就職せずに、半年の後アメリカに片道切符で行きました。人生に大した夢も計画も持っていなかったのですが、ただ一つ、大学を卒業したらアメリカに行くことだけは、中学ぐらいから考えていました。だから私の場合、就職して会社に身を縛られるなどということは、まるで憧れませんでした。

村上龍が最近出した本に「13歳のハローワーク」[1]があります。世の中には溢れんばかりの多くの職業があって、その中から人は自分の仕事を選ぶものだと、13歳の若者達に教えます。この本の中では、説明が不正確であったり不十分であったりあるいは大切な仕事が見落とされたりしてますが、これだけたくさんの仕事があるということを13歳の子供達に教えることは、とても重要だと思います。本当は、13歳よりむしろもっと大人の22歳や24歳の若者に、世の中にはたくさんの職業があることを知って欲しいし、恐怖心を煽って彼らに就職を迫る人たち(親であったり教師であったり先輩であったり)にも、もっともっと職業の多様性を認めて社会の奥と幅の広さを知って欲しいと思います。

集団自殺のようにすら見える日本の一斉就職活動は、その集団行動に乗れない人たち、病気やけがやそのほかいろいろな理由で学年が遅れている人たちには、差別的ですらあります。人それぞれ、自分の目標を定めて自分のペースで生きて行くことができる社会、それが人に優しい社会です。多様性を尊重し、物事を脅迫と恐怖でもって選ばない社会に日本も成長して欲しいものです。先月のメッセージで書いた大学内の専攻の合併論議も同じです。合併に応じなければ代議員会に出席できなくなるだとか、研究科長の管理下に置かれるだとかの脅しのせりふがあり、恐怖心から合併する覚悟がなされます。

恐怖で人生を選ばせる教育を否定しましょう。脅しに屈しては駄目です。脅しはほとんどが嘘です。ベトコンを壊滅させなければ共産主義者が南ベトナムに侵攻して、西側社会、自由主義社会の平和が保てなくなると脅されてアメリカ人はベトナム戦争に行きました。結果はサイゴンから米軍が撤退して、むしろベトナムは平和になりました。米軍が侵攻してくると日本人は皆殺しされると脅されて、皇軍は玉砕し、沖縄の人たちは海に飛び込み、自決をしました。でも、アメリカ軍が来ても日本人は皆殺しされることなく、戦後の日本はむしろ自由になりました。

脅しに乗っては駄目です。イラクに兵を出さなければ、アメリカは日本を守ってくれない。お金を出すだけでは国際社会で馬鹿にされる。北朝鮮の機嫌を損ねては拉致家族は帰ってこない。現職知事を選挙で支持して勝ち馬に乗らなければ議会の中で力を失う。役人の機嫌を損ねたら改革はできない、などなど。全部、脅しのせりふです。

この脅しがさらに効果を発揮するのは、それにメディアが参加したときです。生意気な奴は結局は世の中で生き残れない、出る杭は打たれるもの、と言う脅しのメッセージを暗に含むニュースが最近メディアが繰り返し登場します。メディアが政局に巻き込まれて、自覚のないまま脅しに荷担しています。加藤紘一氏、鈴木宗男氏、田中真紀子氏、辻元清美氏、古賀純一郎氏、口数の多い奴は仕返しを受けるぞという脅し効果が効いています。大学教授の研究費の会計管理ミスのニュースもすべて、学内抗争の政局絡みですが、世界で活躍する研究をしてきた人が、内部告発によって見せしめ的にメディアの記事になって、出る杭を打たれる例が続出しています。

マイケル・ムーアのボウリング・フォー・コロンバインが、昨年のカンヌ映画祭特別賞やアカデミー賞ドキュメンタリー賞を受賞しました[2]。メディアがことさら殺人事件を大きく取り上げることによって、アメリカ人は不安に駆り立てられて、銃を乱用するようになり、殺人率がダントツの国家になってしまっているという批判が、このドキュメンタリー取材映画のメッセージです。現代人を恐怖に駆り立てているのは、世界共通のことのようです。アメリカでも、ブッシュ大統領がテロリストが来るぞ、核兵器が隠されているぞと脅して国民に戦闘意欲を掻き立てます[3]。

焦って怯えて人生を決めないで下さい。メディアや先輩や先生に脅されても負けないでください。人生とは恐怖からの逃避ではなく、夢の実現だと私は思うのです。SK

[1] 村上龍「13歳のハローワーク」幻冬舎、2003。

[2] マイケル・ムーア「ボーリング・フォー・コロンバイン

[3] アメリカ人が、いわゆる戦時下での好戦的テレビニュースを観なくなりつつあるとの話が、2004年2月7日の朝日新聞の天声人語に紹介されています。非営利のラジオ放送局であるMPR(ミネソタ・パブリック・ラジオ)を聴くのだそうです。

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