2016年12月のメッセージ

AI、人工知能

情報科学とかコンピュータサイエンスとか呼ばれる分野が苦手です。最近ではInfomaticsとも呼ばれるようですが、それらの定義とか互いの違いすら分かりません。数学は好きなのに、情報学はとても苦手なんです。数式で表される数学は抽象的で統一的であるからか美しさを感じますが、 コンピュータのプログラムはディーテイルで複雑で面倒です。物事を統一理論化して整理する物理学と、たくさんの数と種類の分子を様々に配列して機能を発現 させる有機化学との違いにも似ています。化学・生物を選ぶ学生は、数学や物理が苦手な傾向があると思います。私はその逆で、物理は好きですが化学は苦手で す。

私が学生であった時代、情報学は数学に近かったように思います。シャノンの情報理論とかウィーナーのサイバネティクス、あるいは情報エントロピーや制御理論、確率過程論を楽しく学びました。学位論文に結像系の帯域を超える逆散乱問題を選んだほどです。画像処理や超解像に関する本も何冊か執筆し、信号回復論に関する研究で応物学会と日本分光学会からそれぞれ賞をいただいたこともあります。

一方、コンピュータのプログラミングは好きになれませんでした。ただし、その価値みたいなものは理解することができました。「科学計測のためのデータ処理入 門」という本に、そのことを記述しています。非線形最適化問題を解説し最急降下法や共役勾配法などを説明する中で、「しらみつぶしによる総当たりのシミュ レーション」が有効であることを説き、「物理を解析的にエレガントあるいは巧妙に解くよりも、力づくでありうる可能性をすべてシミュレーションする」時代 が来ると書きました。そしてモンテカルロ法や当時のシミュレーテッド・アニーリング法などを説明しています。今の「ビッグデータ」とか「ディープ・ラーニ ング」という概念やアルゴリズムは、おそらくこの流れにあるのではないかと想像しています。

余談ですが、「ビッグデータ」や「ディープ・ラーニング」に代表される情報科学の世界の専門用語は私のセンスに反しています。「ビッグ」とか「ディープ」と かいった形容詞は日常用語であり、学術的に厳密な範囲が分からないため知的な匂いがしないのです。上述の「科学計測のためのデータ処理入門」で紹介した「デルタ・シグマ変調による1ビットAD変 換」は、今の時代では「ハイ・レゾ(ハイレゾリューション)」と呼ばれる技術の一つです。「ハイレゾ!」ですか?「パソコン!」と言う言葉も嫌ですね。前述の本では 「パソコン」という単語は本文中で使いませんでした。今はやりの「IoT(Internet of Things)」は「もの!」のインターネット化です。大きい、深い、高い、パーソナル、もの、すべて言葉が幼稚です!

しかし、ネーミングは幼くとも手法はエレガントでなくとも、「ビッグデータ」や「ディープラーニング」を駆使した人工知能(AI:Artificial Intelligence)は、これからの人間社会に大きな影響を与えることになると思います。IT業界のみならず、広く産業界全体、そして科学界さらには芸術の世界をも変えてしまうだろうと思います。たとえば、グーグル翻訳がつい最近に画期的に賢くなったことを若い研究者に教えていただきました。それは GPU(Graphic Processing Unit)と呼ばれる画像処理のための集積回路の急速なる進化・発達のおかげであり、それはコンピュータゲームの普及の成果だとも教えていただきました。 かつて私もジュラシックパークの映画を見て、直ちに研究予算でシリコングラフィックスのワークステーションを購入し、近接場顕微鏡がつくる電磁場分布をビ ジュアル化することに使ったことを思い出します。

これらの人工知能・情報処理技術は、人間ができるほとんどの知的労働を代わりに行ってくれます。お医者さんは患者さんを診て、これまでの症例データとそれに 対する治療結果のデータを見て、病名と病因を判断し処方します。コンピュータならもっともっと大きなビッグデータからディープラーニングをして、診断してくれます。手術においても機械はどんどんハイテク化され、人間が手術をするよりロボットの手術の方が確実でミスがなくなるようになるかもしれません。

先に述べた翻訳ソフトは同時通訳者や翻訳家の仕事を奪うだろうと思います。AppleのSiriはさらに賢く、カスタマーズサービスやホテルのフロントやコンシェルジェの電話オペレータの仕事を奪うでしょう。車の自動運転もビッグデータとディープラーニングが行い、運転手という仕事は減ることでしょう。音楽や映画も、ちょっとしたバックグラウンドミュージックや背景画面はコンピュータが創ってくれるようになるだろうと思います。弁護士さんも税理士さんも弁理士さんもビッグデータからの分析が仕事ですから、そのうちAIに置き換わるだろうしAIに勝てなくなることでしょう。サイエンスの世界でも、相当数の研究はビッグデータをディープラーニングすることによって成果を出してくれるようになると思います。

人間がやることは、本当にクリエイティブなことあるいは人間的なことだけになるでしょう。多くの人たちが仕事を失うことは、避けられないように思います。本当に有能でクリエイティブな人だけが生き残って、他の多くの人にはやるべき仕事がなくなります。仕事がないと給料を得ることができません。必然的に格差社会が到来するのです。安倍さんの政治のせいではなく、AIが格差社会を生み出すのです。これを解決するひとつの答えは、産業革命によって社会の格差が生まれた時に経験した共産党革命かもしれません。そして生まれる共産党一党支配の社会では、役人だけが仕事を失わず豊かになります。公務員の仕事の多くは経済論理に反していますから、AIがそれに置き換わることはないのです。

年末に後味の悪いメッセージを書いてしまいました。AIによって人々が職業や労働から解放されると、街には失業者が溢れる?

これを解決するための答えは、お正月の宿題にしたいと思います。

Copyright © 2016 河田 聡 All rights reserved.

<前月のメッセージ<