2017年お正月のメッセージ

Artの時代

年末の続きです。近い将来、職業としての多くの知的労働はAIとロボットに置き換わることになるでしょう。人々は労働から解放されますが、労働しなければ給料を得ることができません。AIを使いこなせる優秀な人だけがどんどん豊かになり、ほとんどの人は仕事をAIとロボットに奪われて職を失います。その結果、格差社会が到来します。先月、これを解決するひとつの答えは共産党革命だろうと述べました。そして、共産主義社会で生き残れるのは役人の人たちです。公務員の仕事は経済論理に反していてもいいので、役人は職を失わなないのです(夕張市などの例外を除いて)。


さて、戦後、専業主婦の家事労働を家電製品が代わりに受け持つようになってきました。お母さんが洗濯物を洗濯板ごしごし洗っていたのを、いまは電気洗濯機が代わりにやります。ほうきとちり取りを使っての掃除は、掃除機がします。子供たちは、テレビで「お母さんと一緒」を見ます。冷蔵庫のおかげで食材は腐らなくなり、買い物を毎日しなくてよくなりました。自家用車を使えば、たくさんの買い物もできます。専業主婦の家事の時間は減り、お母さんにも社会に出る時間が少しだけ得られるようになりました。家事の時間を他に使えるようになったのです。


このように、産業革命以降、人が行っていた肉体的労働を機械が代わりにやってくれているように、これからは知的労働のかなりの作業を AIが受け持ってくれるようになることでしょう。このことは有り難いことです。AIができることは知的といえど単純作業です。それがさらにビッグになり ディープになったとしても、単純作業です。それはAIにまかせて、「ひと」がやる労働はより人間的なものに変わっていくことができるのです。


「ひと」にしかできないこと、あるいはAIにない人間の能力はいくつもありますが、少なくとも二つを思いつきます。一つ目は創造力、Creativityで す。Creationは神のテリトリーですが、その神が創ったのが「ひと」です。ロボットやAIは、神が創ったのではありません。AIは過去のビッグデー タからディープラーニングして問題を解決しますが、未来を「創る」ことはできません。過去のたくさんのデータから、人々が気に入りそうな曲や小説を書くこ とはできますが、これまでにない新しい曲やこれまでにない新しい小説を書くことはできません。学習はすれど、未来を創ることはできないのです。過去から現 在までの研究論文を解読してもっともらしいテーマを提案することはできるでしょうが、それは過去のデータからしか生まれてきません。本当にクリエイティブ な研究は生まれません。白川英樹先生がノーベル賞受賞時 に導電性ポリマー研究のいきさつをお話されていますが、研究員が触媒濃度を1000倍間違えた結果(mを見逃した)、予想外の膜が生成されそれに興味を 持って研究を進めた結果、導電性ポリマーの発明(発見?)に至ったとのこと。まさにセレンディピティーです。導電性ポリマーを創ろうとしても、1000倍 の触媒濃度のデータを持っていないAIからは、この発想は生まれません。失敗とか偶然、こだわりなど、ひとりひとりの「ひと」が個 人的な体験に基づいて持つ個性は、コンピュータにはありません。しかし、このような「人間味」のある思考と行動が、科学の発展には必要です。それは科学に とどまることなく、産業界における新ビジネスや新商品開発、政治経済における新システムや新機軸(シュンペーターが言う「イノベーション」の正しい意味で す)などにおいても共通です。「ひと」の創造力が必要です。


「ひと」が創るものは「Art」です。Oxford Dictionaryによれば、Artは「the expression or application of human creative skill and imagination」と定義されています。典型的には絵画とか彫刻がArtでしょうが、それらに限られることはありません。Artisticな労働 は、これからもロボットやAIではなく「ひと」が受け持つことでしょう。AIは所詮Artificial Intelligence(naturalに対しての人工)であって、naturalな「ひと」によるArtではないのです。


残念ながら、多くの人は必ずしもArtisticなセンスはなく、新しいものを生み出す才能(creativity)に恵まれているとは限りません。芸術家 や科学者、起業家になることは、難しいだろうと思います。しかし、少なくとももう一つの「ひと」らしい仕事ができます。それは「ひと」を理解する能力を使 う仕事です。「ひと」はそれぞれが異なる個性を持ち、感情的で移り気で時と相手によって対応が変わります。決してデータ通りには動きません。「ひと」はひ とにしか理解できないのです。これは人だけではなく、神が創った自然界の動物(犬や猫に限らず、ウイルスも植物も)や気象(天気に限らず、地球温暖化や地 震も)も同じです。ヒューマノイドが、「ひと」の心を思い通りにコントロールすることはで きません。「ひと」は移り気です。同じことを言っても相手や時によってまるで違った感情を持ちます。同じことをしても、相手によってセクハラになったり恋 愛になったり、逆の効果を生みます。もちろんAIに騙されることもあるでしょうが、それはたまたまでしかありません。薬は何度も服用すると、そのうちに効 かなくなります。それと同じです。


「ひと」を相手にする仕事の全てがAIに変わることは、これからもないだろうと思います。アマゾンや楽天、セブンイレブンやローソンなどのビジネスではAI化 がさらに進むことでしょうが、もっと細やかな「ひと」対「ひと」の営業ビジネスも、ますます重要になることでしょう。そこに新しい商品やサービス・チャン スが生まれてくると思います。


「ひと」を相手にする仕事で最も需要の大きいものは、教育です。異なる人格と異なる才能をもつ子供たちにそれぞれ勉強に興味を持たせて、人間関係やモラルの大切を教えてくれる「先生」の人数がもっともっと多く必要だろうと思います。日本の学校は生徒数に対する先生の数が少なすぎます。しかも、人数が全国で画一的です。個性的で豊かな感性を持ち創造力のある「ひと」を育てるためには、もっと先生が必要だと思います。


産業界では、製造業と商業のかなりの部分がロボットとAIに置き換わります。それに代わって「ひと」を対象にするビジネスが増えるだろうと予測します。たと えば、「ひと」を楽しく幸せにするビジネスです。まさにアートです。欧米の一流大学の多くには芸術学部がありますが、日本のすくなくとも旧帝大には皆無で す。Yale、UCLA、私がいたUCIrvineなどなど、音楽、絵画・彫刻、芝居等などの古典とモダンアートに加えて、映画やドラマ、ダンス、デザイ ン、漫画などのよりポップなアートが教えられています。これからのアート、エンターテイメントは、 全員が同じ曲、同じ映画を楽しむのではなく、それぞれが異なる作品を創ります。多様・多彩がArtの本質です。マスプロ教育からマンツーマン教育に転換し ていくのと同様、巨大なドームで全員でサザンに盛り上がるだけではなく、もっと小さなライブハウスでもっと近くでミュージシャンの音楽を楽しむのです。


AIの時代が来ると、もっと人間らしい楽しい多様・多彩なビジネスが始まるだろうと思います。先月のメッセージの答え、私の今年のお正月の夢です。


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