2002年12月のメッセージ

「おめでとう」より「ありがとう」

最近、ある大学のベンチャービジネス関係の討論会で、パネリストのおひとりが「私が年長だから私から話をします」と言って、学生たちに「みなさんももっとがんばりなさい、もっと偉くなれますよ」と、激励のメッセージをされていました。次に話を求められた私は、「がんばるよりも偉くなるよりも、人に感謝されるようになりたいとは思いませんか」と、問いかけました。学生がほとんどの会場の聴衆は、私のせりふに頷いてくれましたように思いました。その年長者は、努力すれば報われますよ、と言いたかったのでしょう。どう酬われたいのでしょうか?報いの言葉は「おめでとう」です。頑張って受験勉強をして一流の大学に入り、一流会社に入ってさらにそこで出世をする。でも、偉くなることは結局は自分(あるいは親)のためでしょう。よく頑張りましたね、おめでとう、でしょう。

いま、大学では産学連携やベンチャービジネスがはやっています。先の講演者の趣旨も、若者は頑張ってベンチャービジネスに挑戦しなさいという、激励でした。この発想の原点も先と同じです。目的は自分のためです。

しかし、日本の若者はもはや「おめでとう」の言葉のためには、頑張らなくなっています。頑張らなくなったのはとても良いことだと思います。日本にも、世界の先進国に仲間入りできそうな文化が生まれてきたな、と思います。若者は、金メダルに憧れなくなってきました。ノーベル賞にも憧れません。いいじゃあないですか。それよりも大切なことがあるはずです。

今の若者には、「おめでとう」より「ありがとう」が心を打つのです。現代の青年たちは、一流大学に入ることよりもアジアに行って貧しい国で一生懸命働くことに憧れを覚えます。現地の人たちと汗を流して家を作り、「ありがとう」の言葉に報われます。神戸の震災やアフガンの救援活動など様々な場面で様々な組織で、ボランティア活動に従事します。

一流大学にはいること・一流企業にはいること・一流の研究者になること・ベンチャービジネスを始めること、これらの動機はすべて社会に貢献するためであってほしいと思います。自分の自慢のためよりも社会への貢献のために生きる。「おめでとう」といわれるよりも「ありがとう」といわれる生き方が美しい、と思います。ベンチャーに成功すればたくさんの雇用が生まれ、たくさんのお金が動いて経済効果を生み、社会の役に立ちます。自分のためだけではなく、社会のためにビジネスを始めるのです。

金メダルやノーベル賞が少なくても、いいじゃあないですか。日本がいかに世界の中で優れいていることよりも日本がいかに世界の中でに感謝されていることの方が、ずーっと嬉しくありませんか。自分を主張することよりも人に感謝されるという生き方は、日本人がもともと持っていた美学です。それが、今の若者に失われずに生きていると思います。貧しい心の年長者の言葉に惑わされて、純粋な美しい心を失わないでほしいと思います。

大学の中でも、自分自身のため、自分の学問分野のため、自分の所属組織のために生きる人がいかに多いことか。失望します。国が実施した大学のランキング(21世紀COE)も各組織の自慢合戦で、社会の声が届かず美学が感じられません。このような高度成長時代の夢から覚めない大人の中で、若者は正しい判断をして生きていると思います。高度成長の甘い汁を吸いすぎた年長者は、静かに次の世代に任せるのがよしとしませんか。SK

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