2016年9月のメッセージ

多機能より単能

iPhoene 7が発売されました。イヤフォン・ジャックがありません。Blue toothを経由してイヤフォンに音を送ることにWozniakは不満だそうですが、Steve Jobsはきっと気にいったことだろうと思います。高音質よりもシンプルなデザインにこだわって、品質は後で向上させることができると考えたと思います。そういえば、Macintoshには拡張スロットがありませんでした。多くのユーザーに不満でしたが、彼のMacは後ろ姿もシンプルですっきりしていなけれならなかったのです。フロッピーディスク・ドライブとCRTと電源を含めて、全て本体に一体化しました。最新のMacBookにはUSBコネクターすらありません。

イヤフォンとiPhoneをつなぐケーブルはもつれるし、邪魔です。もつれた姿は美しくない。iPhoneは携帯電話から折りたたみ機能を無くして、テンキーを 無くして、ガラケーの標準機能だった着メロもワンセグもSDカードも無くして、PDA標準のスタイラスも無くして、そしてホームボタンたった一つの電話 (PDA)にしました。タッチパネルすら無くしたくて、Siriという音声認識を実用化しました。そして最後にケーブルを無くしました。 AppleWatchにはすでに、電源コネクターと電源ケーブルもありません。次にはLightningもなくなるかもしれません。

イヤフォン文化は、我が日本のSONYが生み出しました。当時の社長の盛田昭夫さんの「Made in Japan」に詳しく書かれています。当時の会長の井深大さんに、移動中・外出先でも自宅のオーディオ・スタジオにいるのと同じ品質と迫力音でクラシック を聴きたいと言われて、当時の社長の盛田昭夫さんがイヤフォンで聞くWalkmanを創ったのです。当時はラジカセ・ブーム。ビーチでも車の中でも大きな スピーカーで低音を響かせて音楽を楽しんでいました。それがちっぽけなイヤフォン?というわけで、取締役会でも全員が反対したそうです。それまでにもヘッ ドフォンはありましたが、いわゆるイヤフォンでいい音を聞くというのはWalkmanが最初だと思います。おかげでWalkmanはとってもコンパクトで シンプルでソリッドなすっきりとしたデザインになりました。

Wlakmanの大ヒットをみて、ライバルメーカーはそれに小さなスピーカーをつけたりラジオを付けたり録音機能をつけたりしました。だけど流行りませんでした。余計なものを装備しないWalkmanがかっこよかったのです。

その盛田昭夫さんに憧れてソニーに憧れたのがSteve Jobsです。Walter Issacsonの「Steve Jpbs」の本に出てきます。基本機能以外は徹底的に排除するのが新製品成功の秘訣です。基本以外はすべて余計な機能です。邪魔で醜い。多機能なんてただ ただカッコ悪いのです。

この夏、私は複数の助成機関からの依頼を受けて、何百もの研究助成の申請書を読んで審査をしています。流行のキーワードをいくつも組み合わせて、最新の技術 をいくつも組み合わせた研究がなんと多いことかと、驚いています。本当のオリジナルを探すために他でも見る余計なものを剥がしていくと、最後に何も残りま せん。多機能、多階層、多次元、多値などなどいろんなものを組み合わせただけのかっこ悪い研究が多いのです。若い研究者達には、さまざまな余計なものを全 てそぎ落として、雑念を振り払って、本当のコアな部分のアイデアだけで勝負して欲しいと願います。多機能なんてただただカッコ悪い。科学研究も同じです。

レオナルド・ダ・ビンチは

「Simplicity is the ultimate sophistication」

と言ったと言われます。シンプルさが究極の洗練された知性です。もっとも、彼の著作のどこにもその言葉は出てこないそうですが。似た意味で使われる

「Simple is Best」

は和製英語だと思います。星の王子様の著者のAntoine de Saint-Exupéry(アントワーヌ・ド・サンテグジュペリ)によれば、

「完璧とは、付け加えるべきものがなくなった時ではなく、取り去るべきものがなくなった時」

のことだそうです。今の科学界は残念ながら、純粋でシンプルなことを評価する傾向がなくなり、いろんな原理や技術や材料を組み合わせることが好まれます。有名雑誌に掲載されている論文も、たくさんのイラストや写真やグラフに埋もれています。簡単すぎると今の学術誌の基準に合わないのです。ひとつの論文の著者の数も多くなっています。物理屋は複雑な現象や物質、数式を解きほぐして、統一化し簡単化することを好みますが、化学屋さんは溶液にいろんなものを加えいろんなパラメータを制御し、化学式にいろんな元素を加えて新しい機能を生み出すことを好みます。今の時代は、どうも化学屋さんの時代なのかもしれません。プラズモニクスという分野を開拓した私にとって、プラズモニクスとは極めて簡単な物理なのに、金や銀をいろんな形状・サイズにして複雑に組み合わせて電場計算をするいまの研究に興味を持つことができません。この夏、研究助成の申請書をたくさん読まされましたが、細かい組み合わせや付け加えの研究提案が多くて、かなり辟易としてしまいました。科学者も企業家も、多機能よりもまずは単能になりましょう。

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