2011年の夏、出張でロンドンとミュンヘンに滞在する機会があったのでコンサートにいくつか行った。
<ロンドン>
ケンブリッジ大学での国際会議が土曜の午前中まであり、土曜の夜はロンドン泊、日曜朝の飛行機でイタリアへ移動というスケジュール。ロンドンを半日で観光するのは無理なので諦め、何かコンサートに行くことにした。ネットで調べると土曜夜はプロムス(ロンドンで毎年夏に行われる音楽祭)のコンサートがあったので、これに行くことにした。ただし前売り券は既に売り切れらしく、プロムス名物の立ち見席を当日行列して買うしかなさそうだった。ロンドンに着いた途端なぜか地下鉄の駅が閉鎖されて途方に暮れたが(爆破予告でもあったのか?)、なんとか演奏会の2時間半前に会場のロイヤル・アルバート・ホールへたどり着くと、既に長い行列。(下の写真で、階段の左側に座り込んでいる人たち)
2011/9/3(ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール、BBCプロムス演奏会)
Jac van Steen指揮 BBCウェールズ国立交響楽団 (BBCのサイトより)
・エルガー:「コケイン」序曲
・バークリー:オルガン協奏曲(独奏:David Goode)
・ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲(ピアノ独奏:Marc-Andre Hamelin)
・コダーイ:「ハーリ・ヤーノシュ」組曲
ダメ元でチケット売り場へ行くと、幸い一番高い席が残っていたので購入。(高いと言っても36ポンド。今の為替レートなら4500円ぐらいで非常にリーズナブル) 入場すると席は第1バイオリンの後ろの2階でホール全体がよく見える。この夜のオケはBBCウェールズ国立響(かつて尾高忠明さんが指揮者だった)、指揮はJac van Steenで、一曲目はエルガーの「コケイン」序曲。2年ぶりに聴く生オケの音!物理で硬直した脳みそが揉みほぐされる気がした。現代曲のオルガン協奏曲と休憩を挟んでラフマニノフの「パガニーニ・ラプソディー」、そしてコダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」組曲。ラフマニノフも良かったが、何と言ってもコダーイ。この曲は大学1年の時、阪大ブラスの定演でやった懐かしい曲。ハンガリーの民族楽器ツィンバロンが大活躍するのだが、本物のツィンバロンを生で見るのも聴くのも初めて(ブラスではピアノで代用した)。張った弦をバチで叩くという変わった楽器で、音が小さいので指揮者の横へ出して叩いていた。指揮者もオケも素晴らしかった。それなりにややこしい曲だけど指揮者は完全に掌握していて、オケも含めて相当練習してきたに違いない。それにも増して、聴衆を含めて会場の雰囲気がすばらしかった。聴衆は本当に音楽の好きな人たちだというのが良く伝わってきた。
終演後のステージと客席。平らなフロアが立ち見客のエリア。オルガンのパイプは緑色でとてもきれい。
休憩時間。後半に備えてピアノとツィンバロン(ステージの手前)が出してある。
同じく休憩時間。天井に近い客席
<ミュンヘン>
ミュンヘン訪問の目的は研究所と企業の訪問。訪問の約束が月火になったので、土日はすべて自由時間になった。ミュンヘンは世界的なオケが2つ(バイエルン放送響、ミュンヘン・フィル)とオペラハウスがある音楽の街。あいにく9月上旬はオケもオペラもまだシーズン開幕前だったけど、ちょうどミュンヘン国際音楽コンクールをやっていた。土曜がトランペット部門の決勝、日曜がピアノ部門の決勝。その他のコンサートも少しある。どうしようかと悩んだ結果、土曜は(コンクールとは関係ない)シューベルトのピアノリサイタル、日曜はピアノ部門の決勝へ行くことにした。
2011/9/10 (ミュンヘン、ガスタイク小ホール)
William Youn ピアノリサイタル
・シューベルト:3つのピアノ小品集 D.946
・同:アレグレット D.915
・同:高貴なワルツ D.969
・Marco Hertenstein: Pinselstriche
・シューベルト:4つの即興曲 D.935
Youn氏は韓国出身の若いピアニストでミュンヘン在住らしい。自分はピアノのことはよく判らないけど、シューベルトの2つの即興曲集は好きで、時々CDで内田光子さんの演奏を聴いている。この日のメインがこの即興曲集の一つだったので、ぜひ聴きたくなった。会場はガスタイクという文化センターみたいな複合施設の小ホール。即興曲集の最後(4曲目)は、実は自分がピアノを習っていた頃(小学生)、発表会の曲として与えられ、難しくて弾けず、曲目変更を余儀なくされた曲。プロの演奏を生で聴いたのは初めてだったが、思ったのは「あのピアノの先生は、何でこんな音楽的に高度な曲を当時の自分に与えたのだろう??」ということだった。演奏はとても良かった。生で聴くとやはりずいぶん印象が違う。
2011/9/11(ミュンヘン、ガスタイク大ホール)
第60回ミュンヘン国際音楽コンクール・ピアノ部門ファイナル(公式ページ)
管弦楽:Sebastial Tewinkel指揮バイエルン放送交響楽団
・ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番(独奏 Da Sol Kim)
・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番(独奏 Eun Ae Lee)
・同上(独奏 Alexey Gorlatch)
・ショパン:ピアノ協奏曲第1番(独奏Tori Huang)
ガスタイクの大ホールで4人のファイナリストが協奏曲を弾いた。曲目は行ってから初めて知ったが、Kimさん(韓国の男性)がラフマニノフの3番、Leeさん(韓国の女性)とGorlatchさん(ウクライナの男性)が共にベートーヴェンの3番、最後にHuangさん(アメリカの女性)がショパンの1番という、コンクールでしかあり得ないプログラム。(公式ページによると、日本人の参加者も多数いたが全員予選で落ちていた。それにしても韓国からの参加者が非常に多い) オケはバイエルン放送交響楽団。入ってみると大ホールはとても広く、放射状に客席が広がった作り。
残っていた席は一番安い(10ユーロ)ステージから一番遠いセクションだったが、音響は結構良いと思った。1曲目のラフマニノフは、自分が最も好きな曲の一つ。演奏は技巧的には完璧だと思った。(カデンツァはオリジナルの難しい方を弾いていた) この曲はプロの演奏家でも相当難しいらしいが、ミスはなかったと思う。ただ緊張のせいか、ゆっくりした所でも遊びがないというか余裕がなかった。ベートーヴェンを弾いたウクライナの男性、Gorlatchさんがとても良かった。解釈もテンポもごくオーソドックスだと思ったけど、他の参加者と違ってリラックスしていて余裕があり、最初に聴衆へお辞儀する所から違った。何というか風格があった。演奏にもそれは反映され、オーケストラとの掛け合いもとても良かった。「良い演奏」とは一体何か、ということを考えさせられた。決勝まで勝ち上がってくる奏者達たちだからテクニックはもちろん優れている。テクニックに加えて演奏家が持っている雰囲気のようなもの、そして指揮者やオケ、聴衆とどのようにやりとりをするか、それらも演奏の一部ということか。後から判ったことだけどGorlachさんは既にN響を含めてプロのオケとの共演も数多くこなしており、場数も踏んでいたらしい。
聴衆には入場時に上の写真の投票用紙が配られ、終演後にAudience Prizeの投票をする。Gorlatchさんが1位だろうとは思ったが、自分はとにかくラフマニノフ3番が好きなので、応援の意味も込めてKimさんに投票した。他の人たちもがやがや言いながら記入していた。結果は1位とAudience Prizeを両方獲得したGorlatchさんの一人勝ち、2位ショパン、3位がラフマニノフのKimさんだった。いずれにしても、とても貴重な体験ができて良かった。長いコンチェルトを4曲もやったオケはさぞ疲れただろうが、伴奏も名演だった。公平を期すためか、ラフマニノフもベートーヴェンも同じ弦楽器の数でやっていた。ベース2、チェロ4は通常のラフマニノフの演奏より少ない気がするが、それでも低弦はびんびん響いていた。
バイエルン放送響が普段本拠地にしているヘルクレス・ザール、そしてオペラハウスに入れなかったのが残念。またミュンヘンに行きたい。(今度はもっと長く、オケとオペラのシーズン中に・・・)