#以下は古い内容ですが、消すのももったいないので残します。物理学でのアメリカ留学に興味がある人には参考になるかも知れません。ただし20年前の情報ですから今とは事情が違います。今は応募もネット経由でできるらしいので。
・ボストンは大学の町:
ボストンと、チャールズ川の対岸ケンブリッジには、実に多くの大学がある。総合大学では、
・ボストン大学 (Boston University, ボストンでは略してBUと呼ぶ)
・ボストンカレッジ (Boston College, 同じくBCと略される。BUとは全く別の大学)
・ブランダイス大学 (Brandeis University)
・ハーバード大学 (Harvard University)
・マサチューセッツ工科大学 (Massachusetts Institute of Technology, 略してMIT)
・ノースイースタン大学 (Northeastern University、僕が留学していた大学。所属はDepartment of Physicsだった)
・タフツ大学 (Tufts University)
これに加えて、
・バークリー音大 (Berklee College of Music, 渡辺貞夫、秋吉敏子、小曽根真、など日本人ジャズ奏者も多数輩出。)
・ニューイングランド音楽院 (New England Conservatory)
もある。これら以外に、芸大、単科大学、女子大もあり、留学生も非常に多い。町は外国人留学生であふれている。従って、ボストンで学生生活を送っていて、自分がよそ者だとか、マイノリティだとか、そういう感覚は全くなく、実に居心地が良かった。
この中では、サイエンスでは(経済学も)もちろんMITとハーバードがとても有名で、毎年のように誰かがノーベル賞を取る。2001年などは、文学を除くすべてのノーベル賞分野からMITの教授、元教授、卒業生が受賞した。(物理学賞の3人は現役教授+卒業生。平和賞のアナン国連総長もMIT卒業生。)世界でノーベル賞受賞者の人口密度が最も高い市はケンブリッジかも。
・MITの大学院生はどれぐらい優秀なの?:
僕自身はノースイースタン大の院生だったけど、MITの強磁場実験施設、Francis Bitter Magnet Laboratory にオフィスをもらい、日々通って実験を行い、MITの院生達と接する機会を得た。オフィスには、僕以外に3人のMITの学生が居て、最初は負けん気もあって必死で勉強した。しかしすぐにわかったのは、MITの院生といってもガリ勉ばかりではない、ということである。同室には最初Lさん(女性)とZ君がいた。Lさんは Caltechでstraight Aを取り(成績4年間オールA)、ベル研で2年働いてからMITの大学院に入り、ここでも成績はstraight A。めちゃ優秀。Z君は中国出身で、ノーベル賞学者T.D. Leeが主催していた留学生選抜プログラムですごい倍率を勝ち抜いた、これも超エリート。ところが、Lさんは研究テーマは基礎研究だったけど、PhD取得後は当たり前のようにさっさと企業に就職。Z君は物理にあまり興味がなくて、Sloan(有名なビジネススクール)の授業を聞きにいったり、将来は中国でビジネスをやりたい、と目を輝かせたり、オフィスにガールフレンドを連れてきて、プレゼントしたドレスを着せてみたり、とにかく変なやつ。そのあとオフィスに加わったI君はNMRをやっていたけど、これまた物理にはあまり興味がないらしく、フリスビー(チームで争うやつ)に熱中していて、彼の属する MITチームは世界の大学チャンピオンになったそうだ。とまあこんな具合で、僕の周りのMIT学生たちにはガリ勉タイプはいなかった。
(2011追記:上記のZ君。最近聞いた噂によると、念願かなって中国でIT企業を設立し、大成功して今ではかなりの有名人になっているらしい。おめでとうございます。)
・大学院での研究テーマ:
僕自身は、上述のMagnet Labにおいて、半導体量子井戸において実現される2次元電子系を、温度0.5 K, 磁場18 Tという条件に置いて時間分解フォトルミネッセンスを測っていました。(学位論文のアブストはこちら。Magnet Lab実験室での写真はこちら。)
・Francis Bitter Magnet Lab:
現在、水冷型の強力な電磁石の標準となっている「ビター型磁石」を開発したFrancis BitterがMITに設立し た研究所。当初は単にNational Magnet Labと呼ばれていたが、Bitterの死去をきっかけに彼の業績をたたえてFrancis Bitter National Magnet Labとなった。半導体物理のパイオニア Ben Laxが長年所長をつとめた。この間、1982年には研究所のCell 8という実験室に置いて、当時ベル研のTsuiとStormerが、分数量子ホール効果を発見した。(このCell 8においては、僕自身も頻繁に実験を行った)彼らはこの発見により、1998年のノーベル物理学賞を取った。またFBNMLはかつてハイブリッド磁石による定常磁場の世界記録を作り、ギネスブックにも載っていた。しかし1990年になって、国立強磁場 施設をロスアラモス-フロリダに作るという決定が下され、Magnet Labの強磁場部門は廃止されてしまった。今でもFrancis Bitter Magnet Labと呼ばれているが、Bitter型磁石は1台もない。現所長はNMR chemistry/biologyの人で、超電導磁石のみ稼働している。
・TA(学生実験)体験
ノースイースタン大学では、TAとして学生実験を教えて給料をもらった。Introductory Physics Lab (IPL)とよばれ、1コマ150分で週1コマ、1クオーターに10回実験を行う。150分の中で、クラス10人に対してまず黒板で実験について要領よく 説明し、その後各自の実験を見て回る。最後は実験ノートを回収、採点して翌週返却。多いときで3つのクラスを同時に受け持った。僕が担当したのはほとんど 夜学クラスだったので、生徒はほとんど仕事を持つ普通のアメリカ市民。定年後のおじいちゃんもいた。彼らは採点が気にくわないとはっきり文句を言うし、授 業中でも装置が壊れていたりすると、「授業料返して欲しいで!」("I want my tuition back!" )とはっきり言う。身長2mぐらい有りそうなにいちゃんに見下ろされてまくし立てられたときは、ちょっと迫力ものだった。負けじと反攻するが、大阪弁は通じないし、1コマ終わるとどっと疲れる。しかし今から考えるとこれは貴重な体験だった。なぜなら(1)英会話のトレーニングとしては絶好。(2)生徒になるべくわかりやすく話す訓練になった。(3)何よりも、ほとんど留学生ばかりのクラスメートと違い、ごく普通のアメリカ市民と身近に接することがで きた。 笑える失敗もした。ある日、細長く切った紙("paper strip")の付いた重りを落下させてスパークで紙に印を付ける実験中、ある学生の紙が変だったので、思わず、"Can I see your strip?" とやってしまった。オッサン、"Sure!" と紙切れを見せながら、ニヤニヤしている。しまった、と思ったが悔しいので知らんふりをしたが、彼は帰宅後家族に話して大笑いしたに違いない。
・Best College Ranking(追記)
アメリカ人は何でもランク付けするのが好きだが、大学も例外ではない。US News and World Reportによるランキングでは、私が在籍して学位を取ったNortheastern Universityは学部教育(Best Colleges)ランキングが42位(2015版)、大学院の物理学のランキングだと60位らしい(2015版)。一体どうやって決めるんだろ。