青森(津軽) 合浦公園
妻子を盛岡の実家に残し、老母を渋民の知人宅に託し、啄木が妹光子とともに新しい運命へと津軽の海を越えたのは、明治40年(1907)でした。
妹は小樽にいた姉のもとに厄介になることになり、予もまた北海道へ行って何かやるつもりで、一緒に函館まで連れていってやった。津軽の海は荒れた。その時予は船に酔って青くなってる妹に清心丹などを飲まして、介抱してやった
『ローマ字日記』