11 わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟
『小倉百人一首』参議篁
京都 六道珍皇寺
小野篁(802年〜852年)嵯峨天皇に仕えた平安初期の官僚。武芸にも秀で、学者・詩人・歌人としても知られる。閣僚級である参議という地位まで出世した。
伝説では閻魔王宮の役人で、昼は朝廷に出仕、夜は閻魔庁に出仕していた模様。出典「江談抄」「今昔物語」「元亨釈書」などに記述あり。
篁は六道珍皇寺の境内の井戸から地獄に入り、冥府の仕事を終え、 嵯峨の清涼寺横の薬師寺境内の井戸(生の六道)からこの世に戻ってきました。
京都 嵯峨 清涼寺 生の六道
冥土通いの伝説では、上記六道珍皇寺の六道の辻から冥府に赴きます。
そしてここ(釈迦堂内の薬師寺、旧福生寺)で現世に戻りました。ここが生の六道です。
篁は地獄で苦しむ亡者のために罪を受けているという地蔵尊に出会い、感激して現世に戻り福生寺を建立して地蔵尊を祀りました。その地がここだそうです。