62 夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ
京都 白峯神社
井は。
井は。ほりかねの井。 玉の井。 はしり井は、逢坂なるがをかしきなり。 山の井。などさしもあさきためしになりはじめけむ。 飛鳥井は、「みもひもさむし」とほめたるこそをかしけれ。 千貫(ちぬき)の井。少将井。さくら井。后町(きさきまち)の井。
『枕草子』168段
山は。おぐら山。かせ山。三笠山。このくれ山。いりたちの山。わすれずの山。すゑの松山。かたさり山こそ、いかならむとをかしけれ。
いつはた山。かへる山。のちせの山。あさくら山、よそに見るぞをかしき。おほひれ山も、をかし。臨時の祭の舞人などの、思ひ出らるるなるべし。
三輪の山をかし。たむけ山。まちかね山。たまさか山。みみなし山。
海石榴市
市は。たつの市。さとの市。つば市。
大和にあまたある中に、長谷にまうずる人のかならずそこにとまるは、観音の縁のあるにやと、心ことなり。
をふさの市。しかまの市。あすかの市。
陵は。うぐひすの陵。かしはばらの陵。雨の陵。
※陵 みささぎ
長谷寺
「隠国(こもりく)の」という枕詞が冠せられる初瀬に長谷寺があります。祈願のために一定期間社寺にこもることを「参籠(さんろう)」といいます。古典に出てきますよね。平安時代、貴族の間には長谷寺詣が流行しました。紫式部も孝標女も参籠した記録を残しています。清少納言は若い僧侶や女房を批評しました。
初瀬(長谷寺)にまうでて
初瀬に詣でて、局に居たところ、あやしきげらうどもが衣の後ろを、そのままうちやって居並んでいるのこそ、ねたかりしか。たいそうな心を起こして参ったのに、川のをとなどおそろし。
長い階段を上る間など、普通ではなく息苦しさこうじて、いつになったら仏の御前をとくと拝み奉れるのだろうかと思うときに、しろぎぬきたるほうしみのむしなど集まって、立ったり座ったり額突くなどして、少しの通る場所も空けない様子なのは、ほんとに、ねたくおぼえて、押し倒しでもしてしまいそうな心地がした。何処でもそれはこのようではある。
高貴な人が参っておられる御局などの前あたりは人払いする。よろしきは制止しずらいでしょう。そうと知りながらも、やはりさし当たって、そのような折々、いとねたし。
はらいえたるくし、あかにおとしいれたるもねたし。
清少納言の聞いた法螺貝の音は、千年以上を経た現在も、正午と夜8時の2回、初瀬山に鳴り響いています。