逢坂の関と蝉丸神社
私は京都から地下鉄、京阪京津線で30分ほどかけて大谷に行きました。駅から3分、車で何度か通ったことのある逢坂の関です。百人一首歌人蝉丸は諸伝あるがその人物像は不詳。盲であり琵琶の名手という伝承から、皇室周辺での生い立ちのいくつかの説があるが、平家物語を語る琵琶法師、盲僧琵琶の職祖とされている。逢坂の関では関の明神として祭られています。写真は関蝉丸神社下社の廻廊 2019/2/25
右逢坂の関と国道 ここが三関の一つです。三関は、奈良・平安時代に都を守るため設置された3つの関所。伊勢の鈴鹿関、美濃の不破関、越前の愛発関(あらち)でしたが、のち愛発に代わりました。逢坂の関は、やはり源氏物語を思い出しますね。
10 これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関
逢坂の関の三つ並んだ歌碑 清少納言、三条右大臣(藤原実方)共に百人一首歌です。
逢坂での蝉丸信仰はすごいですよ。神社が3つもあります。
その1 蝉丸神社
神社由緒では946年に祀られました。
音曲芸道の祖神です
その2 関蝉丸神社上社
すごい交通量の道の歩道をなんとか歩いて1,2分着きました。
手作り感の和歌の紹介看板などがいたるところに
その3 関蝉丸神社下社
坂をほぼ降り切ったあたりに、電車の踏切の向こう側に、ありました。
蝉丸の歌碑
「これやこの〜」
境内には他に紀貫之歌碑や小野小町塚などがある。
この看板には、「『日本書紀』によれば、神功皇后・武内宿禰がこの地で忍熊王とばったりと出会ったことに由来すると伝えられています。この地は京都と近江を結ぶ交通の要衝で、平安時代には逢坂の関が設けられ、席を守る関蝉丸神社ゃ関寺も建立され和歌などに読まれる名所として知られました。」とあります。
逢坂の関
近江国と山城国、現在の京都府と滋賀県の境に置かれた関。三関は別に鈴鹿関(三重県)、不破関(岐阜県)がある。
「あふさか」は人々、男女の出会い、別れを想像させ、たくさんの物語の舞台となった。有名なものは『源氏物語』で須磨・明石の謫居(たっきょ・罪によって、自宅に引きこもったり、遠くの土地へ流されたりしていること)から無事に帰還した光源氏がお礼参りに石山寺へ、常陸国からの帰京する常陸介一行の中の空蝉とすれ違う。12年ぶりの再会で源氏は歌を詠む。