歌仙と古筆 出光美術館
2018/7/6
「万葉集」90首を越える人麿の代表作 教科書にも載っていますよね。
東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ (巻一・48)
近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ (巻三・266)
人麿の伝承化の歴史をまとめます。まず、藤原公任【(966~1041) 平安中期の歌人・歌学者。】が、上手い歌人を36人選んで『三十六人撰』を作ったのがきっかけとなって、「三十六歌仙」が生まれました。もちろん万葉歌人人麿も選ばれました。また、平安時代には歌合が盛んになり、歌論の発達を促して古今の優れた歌人に対する尊崇の念を高めました。12、13世紀には人麿の画像を祀って歌道の精進を祈念する人麿影供(えいぐ)の歌会が盛んに行われました。「歌仙」の筆頭にあたる歌聖・柿本人麿の像は特別でした。「人麿影供」とは1118年 藤原顕季によって創始された、人麿を祭る儀式。歌人たちは人麿を神格化し、肖像を掲げ和歌を献じることで和歌の道の跡を踏もうとしたものです。古の聖人の像を描くことは、奈良時代に始まる釈奠(せきてん)での孔子像の例、紫宸殿の賢聖障子や888年(仁和4)に巨勢金岡が描いた詩聖の像などがあります。三十六歌仙、歌人の画像「歌仙絵」、歌仙の名歌を記した名筆が、「人麿影供」の視点を中心に展示されていました。
「百人一首」序詞の代表作としてテキストにのります。
あしひきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む
柿本人麿は、飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集、古今集など合わせて400首以上の歌が載っています。歌の神、技芸の神、そして学問・安産・火災除、更には妻に捧げた歌も多くあること、非常に愛妻家であったことがうかがえるために夫婦和合の神ともなっています。
兵庫 明石 柿本神社
ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれゆく舟をしぞ思ふ
古今和歌集 柿本人麿
ほんのりと明るくなっていく明石の浦、そこに立ち込める朝霧の中を、島を隠れに行く舟をしみじみと思い深く眺めることだ。
柿本神社
「天離る〜」の歌碑
「大君の〜」の歌碑
天離る鄙の長道ゆ恋ひ来れば明石の門とより大和島見ゆ
あまざかるひなのながちゆこひくればあかしのかどとよりやまとしまみゆ
遠くはなれた田舎からの長い道のりを恋しく思いやって来ると明石の海峡から大和の山々が見えてきた
大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に いほりせるかも
「天皇の雷岳に御遊しし時に、」という詞書に続く歌です。神である天皇は、丘の上に仮の宮をお造りになっているよ、という意味です。
大阪 水無瀬神宮 柿本神社
春日神社、星阪神社とともに並び祀られています。2019/2/25