2025年2月20日ー2月24日 2泊5日で前後は夜行バスにて移動。
東京のM氏邸に宿泊する。
2月20日:夜行バス大阪発
2月21日:整体院・地質標本館
2月22日:城ヶ島巡検
2月23日:長瀞巡り
2月24日:夜行バス大阪着
2月20日夜に夜行バスで東京へ向かう
夜行バスで7:30頃新宿バスタに着いた後、友人M氏と石神井公園駅で合流。その後荷物を置いた後に東野整体院へ向かう
謎の木槌で体に残っていた「山凝り」をほぐしたあと全身にケアを受けている。だいぶ体がマシになった。大変良いマッサージでした。
これで体の裏側をまんべんなく打刻してもらったあと、触れるだけで痛む謎の指圧マッサージを受けた。大変痛かったが、まだこれより上位のマジカルスティック等の道具があるということだった。
つくばエクスプレスに乗って、つくば駅のバスターミナルへ向かった。
2時間半近くかかってようやくお目当ての場所へ。さすがに疲れた。
見事な安山岩質の岩脈が、花崗閃緑岩に貫入している。裏に回り込むと、裏まで綺麗に入っていた。よくこんなに綺麗に岩体を割れたものだと二人で感心する。
見事な紅簾石片岩
これらのものを眺めているだけでかなり時間を食いそうだったので、寒かったしとりあえず地質標本館へ入った。
KALDIでお土産やおやつを購入して、初日は友人邸に泊まる。
9時に東戸塚駅集合で、N先生の自動車に乗せていただき城ヶ島へ向かう。大変な厚遇でありがたかった。出来れば地学の先生も連れてきたいぐらいであった。
虫害防止のため、冬場は虫が幹まで潜り込まないように簀巻きにしてあるそうだ。
城ヶ島の展望台に上って、付近の多摩丘陵から繋がる関東ロームとの関係や、見える範囲内での地形の説明、更に関東ローム層と伊豆大島などの火山島との関係について説明を受ける。
展望台から降りて、東方向へ出てから一旦反時計周りに行ける所まで行って、初声層というこの島では新しい方の地層の説明を受ける
比較的浅海の堆積層で、波等の影響を受けてラミナが観察される。
行けるところまで行ったので(島の北東側付近)、この後は時計回りに地層を見ていく。
この写真だとわかりにくいが、スコリア等が級化成層を形成していおり、地層の上下判定に使える。流紋岩質の堆積物と、玄武岩質の堆積物が存在する。
海底地すべり?等で半固結状態の流紋岩質の塊が砕かれ、玄武岩質の層準の中に礫状の形状となって胚胎している。ハンマーはスケールの為にもってきたもので、一切露頭を叩くためには使用していない事を明記しておく。スケールのためだけなので小さいハンマーにすべきだった。ハンマーは長径がおよそ40㎝
周りをよく観察すると、火山豆石が含まれている。
火山豆石が形成されるような噴火だったのだろう。実は火山豆石について良く知らないのでまた学習しておきたい。
この棒の立っているあたりが宝永地震あたりの海水面であった場所で、それより一段下にあるところ付近が、関東大震災まで海水面であった場所だという。
この少し右手あたりが初声層と、三崎層(深海で堆積した地層。波による構造が無い。)の境界とされている。しかしまだ異論もあるそうでなかなかに難しい。
波食によって崖の根本ばかりが崩れ、手前に倒れるようにオーバーハングした地形のことをナップと呼ぶ。
行ける所まで行ったので(島の南側付近)、これ以上進めないので一旦この辺りから崖を登り、昼食とする。
本来は巡検ガイドにある通り、番号順に進む。ガイドは権利関係がありそうなので載せていない。
糞で白く染まった崖が見える。
崖を登っている最中に関東ローム層が見える。
丁度植生が目立つあたりに白いラインが走っていて、それが箱根火山灰層の下端であるという。白いのは軽石が積もっているからである。
目当ての「料亭」はどうやら廃業していたらしく、目についた店へ
これはさざえ丼
漬けマグロと、マグロのから揚げがのっかっている
大変美味であった。満腹になった。
巡検というべきものはこうやってブラタモリチックに地学・歴史・文化をまじえて味わうと、良い。
城ヶ島の西端まで歩き、また海岸露頭へ向かう。
昔はこの辺りに何かのポンプが置いてあったそうでよく見えなかった地層。見事なスランプ構造が観察される。
城ヶ島の西側は主に三崎層という深海で形成され、波の影響を受けていない地層が観察される。
スランプ構造の上下はどちらも綺麗に成層しているため、褶曲や断層ではない事が確認される。恐らく海底地すべりなどでこの層準がずれたのだろうということだった。
非常に大きい
スランプ構造の場所から反時計回りに移動して、建設中のホテルを過ぎたところで最初に目に入る。
生痕化石。おそらくゴカイなどの巣穴
丁度ハンマーを置いてある地層がどうにも層準が観察されない。
上の地層については細かい層準が観察されるが、この違いは海底生物による攪乱であるとされているそうだ。恐らく海底の環境が上下で異なったので攪乱を起こす生物が居たり居なかったりしたのだろうということだった。
半固結状態の地層(例えば流紋岩質)の上に例えば重い地層(玄武岩質)が乗ると不安定になり、上の重い地層は丸く下にめり込む。
下の半固結状態の軽い地層は丸の隙間を埋めるように突起状にせりあがる。
いわば荷重跡の連続と行ってもいいと思う。非常に教科書的で、実際この露頭が教科書に出ているそうだ。
上の玄武岩質の地層が、流紋岩質の地層にめり込んでいる
引いて撮影すると、断層の左側・写真左上あたりに奇妙な穴が二つ空いている。
これは恐らく何らかの不届きものがコア抜きをした痕跡だそうで、意図はよくわからないが少なくとも模式地の景観をぶっ壊す大変良くない行動だそうだ。露頭を末永く使えるように美しく保全致しましょう。 私のハンマーはあくまでスケールとして持ってきましたので、いかなる露頭も叩いていない事を明記しておきます。
上面が水平に剥がれたflame構造。剥げ残りが丸い形状をしている事など、水平に見えるflame構造を観察出来る。
flame構造は下の分厚いピンクタフとセットなので、それを目印に見つける事が出来る。断層に沿って歩いて行くと、またスランプ構造が出てくるところを見つける事が出来る。これを5回ほど繰り返すとflame構造は海中に没して楽しい。
入り江の向こう側にもピンクタフが見える。
https://photos.app.goo.gl/LDpQKm3CwgV2da51A
この先は地層の褶曲軸や、向斜か背斜かよくわかる露頭が広がっている。動画のみ撮影していた。
通称「蓮痕」
入り江を渡ると見つける事が出来る。
波の化石で、海底を波が進む時、それと直交する方向に小さな砂の列が出来る。
つまり、波が影響しているということは、浅海であり、この辺りから初声層という解釈が可能。
ウメボシイソギンチャクとか、アメフラシがいるらしい。
ウェディングフォトを撮影しに来た人やカップルだらけで、地学マニアは場違いな感じ......。我々には縁の無いイベントで悲しいなと思う。楽しい地学巡検に来たのに悲しい気持ちになる。
火山豆石が観察される。
海水から1-2mの所あたり?に死んだフジツボがたくさんこびりついている。ここまで満潮でも海水に漬からない場所なので、これは恐らく関東大震災の時の干潮帯であるという。その時に海水面から挙げられて死んだフジツボ達の遺骸
本来の順番としては逆になるが、今回は島の西側を反時計回りに回り、馬の背洞門あたりで上に登った。道中には写真の通り、箱根噴火の火山灰層が露出している。
歩道から1mあたり上の場所にスランプ構造が明瞭に見て取れる。こういったものがコンクリ舗装されずに綺麗な法面で観察出来るのは地元の方の理解あっての賜物。大切に保全していきましょう。
褶曲部の横に大変立派な説明看板が設けられている。数多あるジオパークでも看板すら設けられていない場所がある中で素晴らしいことだ。
褶曲型のスランプ構造らしい
残念ながら全面コンクリで舗装されてしまい、観察することは能わなかった。しかしこれも近隣住民が安心して眠る為には必要なこと。
奮発して石神井駅近くのバーガーショップで食べたが、悪くはなかったけど......。
埼玉県立自然史博物館と、長瀞と玉淀へ向かう。
朝、石神井池を見ると波紋の少ない領域で氷が張っていた。大変寒い事を一目で把握し、それを恐れる。
非常に内装が綺麗で二人で関心する。
大正モダンといった感じだ。
眺める。このあと宮沢賢治の碑も眺める。
結晶片岩の露頭を観察して喜ぶ二人。
しかしここは特別保全区域なのでサンプリングは出来ない。
限りある自然を後の代に残すために丁寧に保全していこう。
甌穴を見て喜ぶ二人。
確かもびとろといった名前で、これをレンタルすれば恐らく「ようばけ」と「玉淀」の両方を見に行く事が出来る。しかし、この自動車で走り回るにはあまりにも寒い事と、予約をしていないので借りれるかわからないこと(こんな寒い日に乗る人いないだろうけど)なので、昼食を食べてから電車で玉淀へ向かうこととした。
豚
寄居駅のロータリー近辺は駅や町の雰囲気に見合わないほど大規模で驚く。この施設が通勤時刻には活きるのだろうか......?
玉淀の付近は街道でもあったのか、道路は綺麗な石畳になっており、川方向には廃墟になった旅館や、廃墟になりかけの旅館が多数点在していた。時代と共に玉淀を楽しむ風情が失われてしまったのだろうか。
石神井池まで戻ってきて、N先生から教えてもらった実習の一部を実行する。それは、関東ローム層の厚みを測定する事である。
石神井池は関東ローム層の端の「崖」の真横にある。
元々はこの池、湧水によって形成されていたそうで、それは関東ローム層にしみ込んだ天水などが地下水脈となって流れ、その崖で湧水となって現れていたということだった。現代では都市化により天水が雨水管を通っていくため、湧水は失くなっているそうだ。
つまり、池のすぐそばの崖より向こう側は全てその厚みの関東ローム層が延々と続いている。
階段で厚みを測る。
37段×確か14cmくらいだったので、ここに階段の一番下の段から池面までの約50㎝を足すと、5.8mくらいになる。関東ローム層はおよそ6-7mと聞いていたのでだいたい一致する。
大体一致したことに満足した我々は帰宅した。
なんか気に入らなかった。使ったのは「柱状節理」の階段
めかじきのなんとか定食。ここはごはんと味噌汁のおかわりが自由で、ごはんもひじき穀物ごはんと豪華。おかわり自由の定食屋があると友人M先生から聞いていたので変な怪しいところではないかと警戒して最終日まで行かなかった。大変良い所だったので初日から行くべきであった。私は悪くないと思う。
夜行バスはしんどいよ。
この夜行バスの窓カーテンが大変なはずれで、端がずっとペラペラしていて高速道路の照明がずっとチラチラ私や他の人に差し込んでいた。私や他の人の睡眠の安寧の為に必死になって手で押さえながら朦朧としていると朝になっていた。