神威岳

カムイ岳~伏美岳(カムイ北東尾根~主稜線~伏美夏尾根)

○1988年5月1日~4日

○L小森 金 大山(男2名女1名)

吉岡(男1名カムイ往復)

○コースタイム

1日

06:40 カムイ北東尾根取り付き

戸蔦別林道は車が入れた

08:25 Co1129m

09:55 Co1488m

11:40 Co1670m

12:35 カムイ岳頂上(P1756m)

15:05 頂上直下Co1730mに雪洞完成(C1)

2日

06:30 C1

12:15 Co1803m手前のCo1525m尾根頭

13:45 トッタベツ岳頂上(Co1959m)

14:05 C2 Co1890m

16:05 日高幌尻岳頂上(P2052m)

17:55 Co1890m(C2)

3日

07:00 C2

08:10 北戸蔦別岳頂上(P1912m)

09:10 Co1856m

11:10 1967峰頂上(P1967m)

12:50 ビパイロの北肩(Co1911m)

13:37 ピパイロ岳頂上(P19t7m)

14:30 Co1850m(C3)

4日

06:30 C3で朝食を終える停滞

10:30 C3

13:53 伏美岳頂上(P1792m)

14:55 伏美小屋

17:00 伏美林道の車止め(Co428m)

近くの1泊山行にしょうとだだをこねる小森さんをなだめすかし、はたまた鷲見さんのオブタテ春スキー山行の強い誘惑にもめげず、吉岡さんのサポートも得られることも手伝って、トッタベッ川をぐるつと縦走の計画が現実のものとなった。

1日 晴のち霧雨朝日が眩しく、車からはトッタのピラミッドが白く輝くのが見えた。

カムイの北東尾根、4日分の食糧は重くTシャツ一枚で良い位だ。

しかし、Co1488mを越えるあたりから急に雲が増え霧雨となってしまった。期待していたエサオマンの北東カールも何も見えずに、ハイマツがあらわになった国境稜線をつっかかりながら進む。

いい加減いやになったところでやっとカムイ岳ピーク。

相変わらずの霧雨。この日は頂上直下でずぶぬれになって雪洞を掘り、おやすみ。

明日の天気が心配。

2日 快晴サポートの吉岡さんだけが熟睡。だけど天気は快晴。

雲が順々に流れて山々が次々と顔を出してくる様は何んとも表現のしょうがない。

「これからのんびり下るから」という吉岡さんと別れトッタをめざす。

雪庇の上は雪が腐り悪戦苦闘。特に小森さんはいつもトヅプで進むのだが、いつの間にかしんがりを真っ黒い顔で喘いでいた。

そんなこんなでカムイを発ってから7時間、トッタのピークに立つ。

高野さんが出発前に「トッタの登りで西風ビュービュー吹かれたら、につちもさついもいかなくなるさ、ケッケッケッ」のおまじないが効いたのか、そよ風ひとつなく視界抜群、地球がまるく見えた。

感動のトッタをあとに日高ポロへ金さんと大山がアタック。

小森隊長は夕食の準備とカメラマンになっていた。7時間歩いたあとのポロシリの登りはきつく、カールも山も大きかった。

ザックには水物をぼとんど詰めなかったため、3リットル位、水が飲みたくなる。

金さんからもらったレモンがこの上なく美味しい。

16時過ぎにボロシリピークに立つことができた。遠くに1839峰が一際目立つ。

下りは2人共おぼつかない足でやっとテント地へ。

夜になって遅れて入ってきて寒気が雪を降らせた。

3日 霧のち晴(風強し)

前日の陽気はどこへやら、寒さに身が引き締まる。セーターに雨具、ピッケルにアイゼンの完全装備で北トッタヘ。

西風ビュービューの雲の中を歩いていると「ああ、登っているんだなあ」と不思議に嬉しくなる。

Co1904mを過ぎる頃から風もおさまり、堅雪の上を楽々とピパイロヘ。

頂上では小森さんがコンデスミルク1缶でかき氷を作ってくれた。

ちょうど氷が融けだして食べごろの一鍋をペロリ小森さんが平らげてしまって金さんがしきりに悔しがっていた。

その夜は少なすぎる酒だったがこのまま下ってしまうのはもったいないから状態を見て明日は妙敷も踏んで行こうということになり、ぐっすりお休み。

4日 吹雪のち晴外は猛吹雪、朝食を終えてまた一眠り。

遅くても15時には伏美小屋に着く予定という無線を入れて10時30分C3発。

風は次第におさまるが雪は最悪の状態。伏美まで3時間半を費やす。

勿論、妙敷へ行く元気も時間もなかったがとても満足満足。下りは小森さんが一番早く、ちょっといい斜面を見つけては尻滑りをする。

金さんが「小森さん、カールおじさんにそっくり」。林道を1時間歩いて車止めへ。

山は雪が舞っていたのに帯広では桜の花が咲き始めていた。

最後に、リーダーの小森さん、食当の金さん、車の送り迎えを引き受けてくれた吉岡さん、そして無線でお世話になった高野さん、ありがとうございました。

日高の白と黒のコントラストが焼き付いたご機嫌な4日間でした。

(茶房多種No.121記録・大山)