チェスター・W・ニミッツ
みなさんは、戦艦「三笠」という日本海軍の軍艦をご存知でしょうか?
かつて日露戦争で世界最強と言われたロシア海軍バルチック艦隊と日本海海戦で戦い勝利した、日本連合艦隊の旗艦を勤めた戦艦です。
現在神奈川県横須賀市にある三笠公園に展示してある戦艦「三笠」をご覧になられた方も多いかと思います。
実はこの戦艦「三笠」ですが、大東亜戦争後に解体の危機を逃れていたのです。
その三笠を危機から救ったのは、「チェスター・W・ニミッツ」という一人のアメリカ人でした。
神奈川県にある三笠公園
記念艦として戦艦「三笠」が展示してある
手前には東郷平八郎の銅像が見える
現役時代の戦艦「三笠」
ニミッツは大東亜戦争ではアメリカ海軍最高司令官として日本軍と戦い、ご存知のように日本海軍連合艦隊を壊滅させ、アメリカを勝利へと導いた一人です。
日露戦争が終わった直後、ニミッツは少尉候補生時代に勤務していた戦艦「オハイオ」が東京湾に停泊し、当時の日本海軍連合艦隊司令長官であった東郷平八郎提督と接見する機会を得ます。
彼は東郷らが編み出した日本海軍の戦法と識見に感銘を受け、戦後その時の気持ちを次のように語っています。
「偉大な提督東郷平八郎の姿を見て、全身が震えるほどの興奮を覚えた。
そして、いつの日かあのような偉大な提督になりたいと思った。
東郷は私の師です。
あのマリアナ沖海戦の時、私は対馬海峡でロシア艦隊を待ち受けていた東郷の事を思いながら、小沢艦隊を待ち受けました。
そして、私は勝ったのです。
東郷が編み出した戦法で日本艦隊を破ったのです。」
1945年(昭和20年)9月2日、東京湾に浮かぶアメリカ海軍の戦艦「ミズーリ」艦上にて、日本降伏承知文書の調印式が行われました。
その前日に横須賀港に到着したニミッツが見たものは、港の片隅に繋がれている、かつて日本海海戦で東郷平八郎が乗っていた連合艦隊旗艦「三笠」の荒れ果てた姿でした。
愕然とした彼は、その時の様子をこう述べています。
「管理人の話では、真鍮や銅の付属品は戦争中に軍需資材として、すべて取り除かれたとのことだった。
そのほかに歴史的価値がある部分が、どさくさに持ち去られた跡も見られた。
東郷元帥を尊敬するものの一人として、昔から有名なこの軍艦がこれ以上荒らされるべきではないと思い、私は海兵隊に命じて見張りを立て、三笠を破損したり、歴史的物品を持ち去ることを防ぐことにした。」
悲しんだニミッツは戦艦「三笠」の復元に乗り出しますが、同じく戦勝国であるソ連の猛反対にあいます。
ソ連代表のクズマ・テレビヤンコ中将は
「ロシアを負かした三笠を保存するとは何事か。 スクラップにして直ちに海に沈めろ。」
と強硬に主張しました。
それに対して横須賀占領の権限を持つアメリカ海軍は、
「日本国民の記念物を破壊して、反感を買う事は避けるべきである。」
と反論し、三笠はアメリカ海軍の監視下に置かれる事となります。
その後日本政府は、日本海軍の解散などによりすべての軍艦の所有権を放棄し、戦艦「三笠」はアメリカ海軍の手により艦橋、マスト、砲搭、煙突を取り外し、横須賀市に三笠の教育事業への転用を許可しますが、横須賀市は民間に払い下げ、買い受けた業者は三笠をアメリカ兵向けの風俗店に改造、東郷平八郎がいた長官室は「キャバレー・トーゴー」となり、参謀長・加藤友三郎少将や「坂の上の雲」で有名な参謀・秋山真之少佐がいた参謀室はカフェになり、アメリカ兵や日本の若者達が遊び狂う事となりました。
1950年(昭和25年)に朝鮮戦争がはじまると、三笠艦内の鉄・真鍮・銅などのほとんどは売却され、三笠は原型を留めない程みすぼらしい姿へと変わってしまいました。
あまりの哀れな姿を見かねたニミッツは、「三笠と私」と題する一文を随想欄に寄稿して戦艦「三笠」の復元を訴えました。
「この有名な軍艦がダンスホールに使用されたとは嘆かわしい。 どういう処置をとれと差し出がましい事は言えないが、日本国民と政府が全世界の海軍々人に賞賛されている東郷提督の思い出をながらえるため、適切な方法を講ずる事を希望する。 この一文が原稿料に価するならば、その全額を東郷元帥記念保存基金に、私の名前で寄付させてほしい。」
このニミッツの訴えがきっかけとなり、元海軍々人の協力やアメリカ海軍の資金援助もあり、1960年(昭和35年)に戦艦「三笠」は復元されその勇姿を取り戻し、現在はみなさんがご存知のように三笠公園にて東郷平八郎元帥の銅像と共に記念艦として永遠に飾られることとなりました。
ニミッツ提督はアメリカ人ではありますが、彼は立派な武士道精神を持ち、そしてそれを貫き通しました。
その後、三笠記念保存会も再設され、ニミッツは自分の写真と次の言葉を贈っています。
「貴国の最も偉大なる海軍軍人東郷元帥の旗艦、有名な三笠を復元するために協力された愛国的日本人のすべての方へ最善の好意をもって、これを贈ります。
東郷元帥の大崇拝者たる弟子
米国海軍元帥 C・W・ニミッツ」