55 野村胡堂の墓 大巻字花立 高金寺墓地
55 野村胡堂の墓 大巻字花立 高金寺墓地
明治15年(1882)、大巻屋号長沢尻の野村長四郎の二男として生れ、彦部尋常小学校・紫波尋常高等小学校・盛岡中学校を経て、東京第一高等学校・東京帝国大学仏法科に進んだが、卒業寸前で中途退学。その後、報知新聞入社、ジャーナリストとして活躍、代表作『銭形平次捕物控』の作者、「あらえびす」のペンネームで、レコード音楽評論家としても有名な野村胡堂・ハナ夫妻・長女淳子(あつこ)・長男一彦の墓もある。なお、東京多磨霊園に墓所がある。
明治15年(1882)、大巻屋号長沢尻の野村長四郎の二男として生れ、彦部尋常小学校・紫波尋常高等小学校・盛岡中学校を経て、東京第一高等学校・東京帝国大学仏法科に進んだが、卒業寸前で中途退学。その後、報知新聞入社、ジャーナリストとして活躍、代表作『銭形平次捕物控』の作者、「あらえびす」のペンネームで、レコード音楽評論家としても有名な野村胡堂・ハナ夫妻・長女淳子(あつこ)・長男一彦の墓もある。なお、東京多磨霊園に墓所がある。
また山門前に野村胡堂の句碑「草枯れや 蟷螂の陣 蛇の閨」が建っている。
また山門前に野村胡堂の句碑「草枯れや 蟷螂の陣 蛇の閨」が建っている。
NO55.野村胡堂の墓.mp3