ベーシック・ヒューマン・ニーズ,MDG,そしてSDGとなる水と衛生

バングラデシュでのハンドポンプ管井の利用

安全に守られていない水源の利用

人類共通の課題となる水と衛生

 水と衛生は,経済開発から人間開発への移行にともなって,地球規模で取り組むべき課題となっていった。1970年代,水供給とサニテーションは基本的人権やベーシック・ヒューマン・ニーズ(BHN)の一部となり,優先的に取り組まれる課題の一つとされた。1972年のストックホルム宣言とアクションプランに向けた109の勧告において,飲料水とサニテーションは繰り返し言及されている。また,BHNの概念形成として取り上げられる1976年の国際労働機関(ILO)の世界雇用会議において,必須のサービスとして安全な飲料水およびサニテーションは取り上げられている。同年1976年の国連人間居住会議(UN-Habitat I)に伴うバンクーバー宣言やそれに伴う勧告では,健康,生存とサニテーションが結びつけられている。

マル・デル・プラタ行動計画とアジェンダ21

 1977年にはマル・デル・プラタ行動計画および1992年のブラジルのリオ・デ・ジャネイロ市で開催された地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議)に伴うアジェンダ21の2つの国際的な計画により,多様な目標群のなかに飲料水とサニテーションが位置づけられるとともに,その具体的な目標が明記されることとなった。

 UN-Habitat Iにおける勧告の実施のために1977年に開催されたアルゼンチンのマル・デル・プラタで開催された国連水会議において採択されたマル・デル・プラタ行動計画では,1981年から90年までを「国際飲料水供給とサニテーションの10カ年」とすることが決まった。この10年間で飲料水供給とサニテーションの普及率は上昇したと推定されているが,それらが普及していない地域における人口増加によって,特に都市部で非普及人口も増加した。

 1990年代,世界の開発と環境に関する言説の領域で,水と衛生がさらに注目されるようになった。1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された環境と開発に関する国連会議(地球サミット)で発表された,持続可能な開発のためのグローバルな行動計画「アジェンダ21」において,飲料水とサニテーションは複数の章で言及され,全都市住民に対する人1日あたり少なくとも40リットルの安全な水へのアクセスの確保,2025年までにすべての下水・廃水・固形廃棄物のガイドラインに準拠した処理,2025年までにすべての農村におけるサニテーションの普及などが記された。

ミレニアム開発目標(MDGs)における水と衛生

 2000年9月の国連ミレニアム・サミットに際して,国際社会が協調して取り組む7つのテーマがミレニアム宣言としてまとめられた。これと90年代の様々な国際目標とをあわせて,21世紀の国際社会の目標としてミレニアム開発目標(MDGs)が策定され,水と衛生に関する内容は目標7「環境の持続可能性の確保」に含まれた。

 飲料水はミレニアム宣言の時点からすでにグローバルな目標として明確に取り入れられていた一方,サニテーションは国際的な議論を経て,次第にグローバルな目標として定着していった。MDGsの内容は2000年時点で確定していたわけではなく,ミレニアム宣言の実施のためのロードマップをまとめた2001年の国連総会の報告書においてMDGsが8の目標,18のターゲットおよび48の指標としてまとめられ,2001年以降も改訂が続けれらた。当初サニテーションは都市スラムの生活改善の文脈でターゲット11に位置づけられ,飲料水とは別のターゲットとして設定されていた。1992年のリオの地球サミットから10年後に開催された持続可能な開発に関する世界首脳会議(Rio+10)のヨハネスブルグ宣言では,サニテーションが多数言及され,これを受け,2003年時点のMDGsでは,サニテーションは都市スラムでの課題から農村を含むグローバルな課題となり,飲料水とサニテーションは同列の位置づけとなった。さらに,2007年にMDGsの枠組みが更新された際には,その指標が「サニテーションにアクセスできる人口」から「サニテーション『施設』を利用する人口」に変わった。こうしてMDGsでは,目標7のターゲット7-Cにおいて,安全な飲料水と基礎的なサニテーションを持続的に利用できない人々の割合を,2015年までに1990年比で半減することが宣言された。

MDGs 7

  • 目標7:環境の持続可能性の確保

    • ターゲット7.C:2015年までに,安全な飲料水と基礎的なサニテーションに継続的にアクセスできない人々の割合を半減させる

      • 指標7.8:改善された水源を利用する人口の割合

      • 指標7.9:改善されたサニテーション施設を利用する人口の割合

持続可能な開発目標(SDGs)における水と衛生

 2015年に発表された国連ミレニアム開発目標報告(国際連合広報センター 2015)では,MDGsへの取り組みの成果が強調された。前述のMDGsのターゲット7-Cでの目標は,飲料水については2000年時点で達成されたが,サニテーションについては達成できなかった。これは,改善されたサニテーション施設を利用できない人が多い地域(アジアやアフリカなど)において,人口が増加したことによる。

 一定の成功を収めたものの多くの課題を残したMDGsを引き継ぎ,さらなる目標達成に向け発展させた持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals; SDGs)が,2030年までの目標として設定された。MDGsでは目標7「環境の持続可能性の確保」に含まれるターゲット7-Cとして位置づけられていた飲料水とサニテーションは,SDGsでは目標6として独立した目標に格上げされた。特に,MDGsの7-Cとして取り上げられたいわゆる「水と衛生」に直接相当するのは以下のターゲットと指標である。

SDGs 6 

  • 目標6:すべての人々に水とサニテーションへのアクセスと持続可能な管理を確保する

    • ターゲット6.1:2030年までに,すべての人々の,安全で安価な飲料水の普遍的かつ衡平なアクセスを達成する。

      • 指標6.1.1:安全に管理された飲料水サービスを利用する人口の割合

  • ターゲット6.2:2030年までに,すべての人々の,適切かつ衡平なサニテーションおよび衛生行動へのアクセスを達成し,野外での排泄をなくす。女性及び女児,ならびに脆弱な立場にある人々のニーズに特に注意を払う。

    • 指標6.2.1:(a) 安全に管理されたサニテーション・サービスを利用する人口の割合,(b)石けんや水のある手洗い施設を利用する人口の割合

 水とは異なりMDGsで目標を達成できなかったサニテーションに注目すると,MDGsからSDGsへ移行するに当たり,以下が特筆すべき変化と言えるだろう。

1.MDGsでは対象となっていなかった衛生行動も含めた水と衛生(WASH)についてのより包括的な目標の設定

2.すべての人々への普及を目指すよりチャレンジングな目標設定

3.達成度管理に用いられる指標の進化(施設への普及人口からサービスの質へ)

4.普遍的かつ衡平なアクセスと脆弱な立場の人々を念頭に置いた不平等への配慮

SDGsにおけるサニテーションでは,MDGsよりも対象範囲が拡張され,すべての人々への普及が目標とされ,指標の対象には施設の普及にくわえサービスの質が含まれるようになり,社会の衡平性にまで配慮されるようになったといえる。

Reference:

Millennium Development Goals and Beyond 2015, https://www.un.org/millenniumgoals/environ.shtml

United Nations Department of Economic and Social Affairs, https://sdgs.un.org/goals/goal6

原田英典(2022)グローバル・サニテーションの取り組み,『講座サニテーション学 第1巻』,北海道大学出版会.

原田英典(2019)安全な水とトイレを世界中に,『知る・わかる・伝えるSDGs I 貧困・食糧・健康・ジェンダー・水と衛生』,学文社,東京, pp.120-140.

Nakao, S., Harada, H., Yamauchi, T. (2022予定) Introduction. In: Yamauchi T., Nakao, S., Harada, H. (eds.) The Sanitation Triangle: Socio-Culture, Health and Materials. Springer