都市排水・廃棄物管理

都市を一つの生態系として見たとき,都市の生活によって生まれる廃棄物やし尿・下水を管理するための下水道や廃棄物処理といった広義のサニテーションは,静脈系システムである。SDGsの策定により,サニテーション分野の国際目標はトイレ整備からトイレ+汚水処理の整備に拡張され,大きな転換を迎えたが,いわゆる先進国型の下水道や廃棄物管理システムでSDGsを達成するのは容易ではない。私達の研究グループでは,アジア・アフリカの都市を対象に,大規模集中型のインフラを補完する分散型システムに注目し,排水・廃棄物が与える環境影響を理解し,健全な都市環境を実現するシステムの構築に取り組む。

し尿汚泥の適正管理とデジタル・イノベーション(DX)

アジア・アフリカ都市(これまでベトナム,ミャンマーおよびウガンダ)における腐敗槽とし尿汲取・処理の適正化に関する実証研究を実施している。ミャンマー・マンダレーでの私達の過去の研究では,約4分の3のし尿汲み取りはインフォーマル汲み取りにより行われ,その多くが不法投棄されていたが,予想に反して,人々はインフォーマル汲み取りに対してフォーマル汲み取りよりも高額な汲み取り料を支払っていた。人々は安いからインフォーマルな汲み取りサービスを選好するわけではなく,トイレが機能不全に陥った際の緊急の対応として,不法サービスにおける夜間も含めた迅速なくみ取りが求められていることがわかった。

ここから,無管理な腐敗槽とそれに伴う突発的な汲み取り需要の発生こそが,マンダレーのインフォーマルなし尿汲み取りと不法投棄の根本問題と考えた。我々の研究グループでは,近年劇的に価格が下がったIoTセンサーとスマホを活用したアプリにより,簡便な腐敗槽の登録とモニタリングにより,突発的な腐敗槽の機能不全を未然に防止し,不法汲み取り・投棄を防ぎ効果的な腐敗槽の運用を可能にする仕組みの構築を目指している。現在,ビル&メリンダ・ゲーツ財団(ビル・ゲイツ財団)の支援を受け,上記を実現するデバイスの開発をすすめるとともに,UNICEFなどの支援を受けながら,この仕組みを実践するための腐敗槽管理の新しいビジネスモデルの構築を進めている。

セプティックタンク(腐敗槽)管理の適正化

多くの途上国都市は下水道整備計画を有するものの,その整備には巨額の投資と技術力が求められる。一方で,こうした都市にも何からの衛生設備は存在するが,その管理状態が劣悪であることが多い。下水道整備以前であっても,これらを改善することで,都市衛生の改善に貢献できる可能性がある。我々の研究では低・中所得国の都市部において,都市衛生を下水道整備以前に,暫定的かつ早急に改善する方策として,既存の都市衛生施設の運用改善の可能性を研究する。

例えば,我々が研究対象地の一つとするベトナムのハノイでは都市部のし尿の90.5%は腐敗槽に流入し,その後は環境中に放流されている。しかし,腐敗槽の89.6%で槽内に滞留するし尿汚泥がこれまで汲取されたことがなく,現状の腐敗槽の処理性能は劣悪な状況にあることがわかった。一方,年1回のし尿汚泥の汲取をすれば,腐敗槽の処理機能は大幅に改善し,腐敗槽由来の汚濁負荷をCODで現状比72.8%削減できることが推計された。つまり,し尿汚泥の定期汲取による腐敗槽の機能改善は,暫定的で早急な都市衛生改善を一定程度実現できる可能性がある。下水道整備を中心とした都市排水研究においてこの成果はユニークであり,複数の政策文書での利用などに繋がった。

都市の衛生システムの変化と温室効果ガス排出

セプティックタンク(腐敗槽)は,温室効果ガス(GHG)の重要な発生源となる可能性がある。我々の研究では,特に低・中所得国で広く使用されているし尿腐敗槽からのGHGの排出特性について,ハノイにある10基のし尿腐敗槽を対象に,フローティングチャンバー法を用いて現地調査した。腐敗槽の第1区画(全容量の65%)で測定したメタン(CH4)と二酸化炭素(CO2)の平均排出量は,それぞれ11.92 g/cap/dayと20.24 g/cap/dayであったが、一酸化二窒素(N2O)の排出量はごくわずかであった。メタン排出量は,腐敗槽の酸化還元電位(ORP)(R = -0.67, p = 0.034),化学的酸素要求量(COD)の槽内物質量(R = 0.78, p = 0.007),生物化学的酸素要求量(COD)の槽内物質量(R = 0.78, p = 0.008)と有意に相関するとともに,腐敗槽内での汚泥蓄積年数が5年以上経過した場合のメタン排出量は,0〜5年の場合に比べて有意に高かった(p = 0.016)。これらの結果は,ORPが低く,生分解性炭素量が多いことと,腐敗槽汚泥の蓄積期間が長いことがメタン排出の重要な条件であり,腐敗槽の運転状況がGHG排出特性に影響を与えることを示している。本研究は腐敗槽からのGHG排出特性を明らかにした世界で初めての研究である。

現在は,GHG排出計算のバウンダリーを拡大し,トイレ・オンサイト衛生施設〜汲取・運搬〜処理〜処分/利用のサニテーション・サービスチェーン全体に渡るGHGの排出特性と,現在腐敗槽が広く普及する地域において,今後の都市排水施設の発展シナリオに伴いGHG排出にどのような影響が出るかを研究している。