家庭は、家族が体と心を癒し、明日を生きるエネルギー補給場所である。
1)社会の安定は、家庭の平安、親の子供に対する愛情で決まる。親の役目は、子供に
自立できる――人として正しく生きていく――力を植えつけなければならない。孔子
曰く、「親孝行と家族思いが仁を体得する基本である」。
『自助論』(サミュエル・スマイルズ)には「いくら学校教育が有益だとしても、家庭で示される手本のほうが子供の性格形成にははるかに大きな影響を与える。家庭は社会の結晶であり、国民性の核を成している。われわれの公私の生活を支配する習慣や信条、主義主張は、それが清いものであれ汚れたものであれ、家庭の中で培われる。国家は子供部屋から生まれる。世論の大部分は家庭から育っていく。そして最高の人間愛も、家々の炉端(ろばた)ではぐくまれるのだ。
『社会の中でわれわれが属している最小単位、すなわち家族を愛することが社会全体を愛するための第一歩である』と、政治思想家バークは語っている。
思いやりの心は、小さな家族愛から出発してしだいに広がり、やがては世界全体を包みこんでいく」とあり、家庭が乱れれば、国が壊れるとしている。この国の政治家と官僚は格差拡大を放置したままで国民は分断され、多くの家庭を破壊する。国民はそんな行政執行者に税金を払い続けている。
さらに、<心に生きつづける若き日の教え>の項で「両親の人格は、行動を通じて子供の人格に反映する。日々示される両親の愛情や規律、勤勉や自制心などは、耳から学んだ知識を忘れさった後も子供の心に生き、その行動を決定する」「親の無言のふるまいや無意識のまなざしでさえ、時には子供の性格に一生ぬぐいがたい印象を飢えつける。すばらしい両親の生き方を思い出して悪の誘惑を絶ち切った人間は多いはずだ。彼らはおそらく、恥知らずな行動に走ったりいやらしい考えにふけったりすれば、両親の美しい思い出を汚すことになると悟ったにちがいない」とある。両親の人格が、子供が正しく生きるか否か、人生を意義あるものにするかどうかを大きく左右する性格のほとんどを決める、のであり、責任は重大だった(過去形)。
キュリー夫人は、父に「わたくしたちはりっぱな教育を受け、堅実な教養を積み、人さまにもそう恥じることのない人格を築きました。わたくしは、おとうさまがわたくしにかけてくださったご厚恩にたいして、永遠に感謝の念を忘れないつもりでおります」と手紙を送った(娘のエーヴ・キュリー著『キュリー夫人伝』)。自分がそのような親だったかどうかはまったくもって自信はない。自分のことはさて置き、子供らに、その思いを託すのみである。
2)「人間は他人の喜びを心の底から自分の喜びにすることは意外とむずかしいもので
ある。(中略)だが家族なら、何の邪念もなく正直に、心から喜べる。心から悲しめ
る。それは家族が同じ血の流れる“運命共同体”としての絆があるかあらだ。それゆ
え家族の喜びこそは幸福の原点といえるのである。幸福になりたければ、まず家族の
幸福を築かなければならない。逆にいうなら、家族の幸福なくして自分だけの幸福な
どないのである」(『橘曙覧「たのしみ」の思想』)。原発推進、格差拡大等々国民
を分断させる政治家、官僚、財界トップたちは、社会の構成員なのだろうか。
3)この項に相応しいかどうかわからないが『超訳 ニーチェの言葉Ⅱ』の“同じ人間
だと感じるとき”に以下を見つけた。「どんなに境遇や身分や性格が異なっている二
人でも、共に苦しみを味わいさえすれば、二人はほぼ似かよった人間になってしまう
ものだ。たとえば、山登り。」とある。似たもの夫婦はここからくるのだろう。家族
も含め、苦しみを共に共有すればするほど絆は強くなるのではないだろうか。裏を返
せば苦しみ無き家族、あっても越えられない家族の絆は弱く、バラバラになりやすい
ということ。友も同じ。
4)最後の砦となる家庭、その家庭のリスクに備えよ!
「金を倹約して使うということは、すぐれた人格者の基礎となる資質――すなわち分別や先見性や克己心を備えている証拠だ。(中略)貯蓄は困窮に対する砦(とりで)である。貯蓄によってわれわれの生活の足場を固められるし、暮らし向きが好転するまで希望を失わず快活に生きていける。
貯蓄によって自分の足場を固めようとする努力は、それだけでも十分尊敬に値す
る。その努力を通じて人は向上し、より強くなる。行動の範囲が広がり、明日を生き
ぬく力が湧いてくる。(中略)節約とはつまるところ、家事万端を秩序正しく管理す
ることである。生活を規則通りにつつましく切り盛りして、ムダを省いていけばよい
のだ」(『自助論』)。臨調で電電公社や国鉄の民営化を成し遂げた実業家土光(敏
夫)さんの“個人は質素に 国は豊かに”を思い出す。