第二部 正しい企業経営
はじめに
『特集/不滅のリーダー松下幸之助』(週刊東洋経済2016.9.3)の中で、経営コンサルタントの小宮一慶氏は「幸之助さんの本には、マーケティングの手法や戦略分析といった、『技』については書かれていません。ですが成功するうえで最も重要なことの考え方が詰まっています」と言い、「物事で大事なのは能力などよりも『考え方』です。仕事・人生でうまく行く人、そうでない人の違いはつまるところ、『考え方が正しい』かどうかなのです」という。多岐にわたる経営論を記すには、自身の実体験は極めて狭く限定的である。従って個々の経営手法や問題の対処法等は、該当する専門書を参考して頂くこととして、日本の経営の神様・松下幸之助に倣(なら)って(おこがましくも)、自身の学び、経験から経営上基本的な考え方だと思ことうを主眼に論ずることとした。
基本的なものが定まって、知行一致が出来れば、あらゆる問題に適切に対応できると同時に、会社の進むべき道・取るべき道および自身の企業内での言動に自信を持てる、と疑わないからでもある。
企業人としてどう振る舞うかの“内的な拠りどころ(自分自身の良心に照らして)”が正しく定まれば、定年退職後、「人道を外した言動への後悔や良心の呵責」は無く、「(力を持って人を排除するなど)誰も不幸にしていない」と言い切れる。
「引用する言葉と共振する魂がなければ、このような言葉を引くこともできないのである。引用もまた、創造的な営みである」(『池田晶子 不滅の哲学』)に力を得て、経営書の言葉・教えの助けを借りながら、断章も交え話を進めたい。
最初に、「企業とは何か、何のためにあるのか」について論ずる。
経済評論家の内橋克人氏は、『共生経済が始まる』の中で、「企業の役割あるいは目的は何かと問われれば、市場至上主義者らからは企業とは生産・事業活動を行って利潤をあげる存在、といった答えが返ってくるのですが、これほど次元の低い解釈もない。企業・事業は何のために利潤を追求するのか、その真意は人びとの生活・生存の基盤を強固なものに築くために存在し、活動をつづけるもの、というべきです。すなわち『暮らし』を守るということです」といい、経営の神様・松下幸之助は、「経営というものは、人間が相寄って、人間の幸せのために行う活動だ」(『実践経営哲学』)と言う。加えて、企業は何のために存在しているのか、まず高い理念を掲げ、人びとの生活・生存基盤中心に立ってよりよい地域社会を築く、それが事業の目的であり、また経営の魅力なのであり、経営者と従業員、すなわち働く人びと自身の働き甲斐(がい)、生き甲斐もそこにあるのだという。
さらにまとめれば、企業とは、一人では成しえない経済活動を行うために複数の人間の力を結集して、企業理念の追求と人間の幸せのための組織体なのである。
企業活動および企業の存在価値を上記のように捉えた場合の企業活動のあり方、組織のあり方や組織力を高めるという観点から、人を活かす重要な立場にあるリーダーの役割、あるべき姿などを中心に、さらに企業力を高めるために重要だと判断した事柄にも触れながら話を展開したい。
そのまえに、京都市立芸術大学長で哲学者の鷲田清一氏の言葉を上げておこう。鷲田氏は「作業それじたいが楽しいこと。この作業が自分以外の誰かの役に立っているということ。この二つが感じられない仕事は辛い」、という。仕事に臨む上での基本姿勢は、「楽しく仕事をするために、仕事を楽しいものにする」ことに尽きる、と思う。