はじめに
企業経営論は、ハウツー本から専門書まで多様で、自身の本棚を眺めても、『経営革命大全』『マネジメントの世紀 1901~2000』『奇跡の経営』『エクセレント・カンパニー』『ビジネスを育てる』『コアコンピタンス経営』、P.F.ドラッカーの『見えざる革命』『P・F・ドラッカー――理想企業を求めて』『経営の哲学』『ドラッカー入門』、松下幸之助の『実践経営哲学』、『稲盛和夫の実学』、リーダーシップ論の『リーダーの教科書』『ウェルチ リーダーシップ31の秘訣』『モチベーション・リーダーシップ』、組織論の『なんとか会社を変えてやろう』『職場は感情で変わる』やマーケティング論の『パワー・ブランドの本質』『大魔神が教えるマーケティングの極意』……と多岐にわたる。
ハウツー本や成功者の経営手法をなぞれば成功するかといえばそうとは言えない。経営上の課題は多種多様、且つ解決すべき問題は千差万別で、時代の違い、価値観の違い、企業環境の違い、経済状況の違いに加え、人が織りなす社会の中での活動であり、乗り越えなければならない問題は、一つとして同じ問題はない。したがって、経営指南書や成功者の体験本をなぞっても成功する見込みは薄い。経営指南本や成功者の体験を参考にしながら独自の道を探さなければならない。そこから何を汲み取り、どのように実業に活かすかは、読み手の人間力にかかっている。
企業経営の実践に際して最も大切なことは、経営コンサルタントの小宮一慶氏が、『特集/不滅のリーダー松下幸之助』(週刊東洋経済2016.9.3)の中で言った次の言葉、「幸之助さんの本には、マーケティングの手法や戦略分析といった、『技』については書かれていません。ですが成功するうえで最も重要なことの考え方が詰まっています(中略)物事で大事なのは能力などよりも『考え方』です。仕事・人生でうまく行く人、そうでない人の違いはつまるところ、『考え方が正しい』かどうかなのです」にある。
正しい企業運営をするための判断基準となる「基本的な考え」を定め、それを核に自社に適した方法論を見つけ出すしかないのだと思う。人生をより良く生きるにも、正しい経営をするのにも、一番大切なことは、第一部「生きるために大切なこと」で述べた、「(人としての)正しい考え方」を固め、知行一致の強い意思を持つことで、「正しい考え」と言行一致の信念があれば、あらゆる問題に適切に対応できると同時に、会社の進むべき道および自身の企業内での言動に自信を持てる、と疑わないからでもある。
企業人としてどう振る舞うかの“内的な拠りどころ(自分自身の良心に照らして)”が正しく定まれば、定年後、「正しく楽しく働いた」「誰一人も不幸にしなかった」と言い切れる。
以降、「正しい企業経営」についての考えを記すが、多岐にわたる経営論を記すには、自身の実体験は極めて限定的である。したがって個々の経営手法や問題の対処法等は、該当する専門書を参考して頂くこととして、企業理念や人間の幸せの追求を経済活動を通して複数の人間の力を結集して行う企業のあるべき姿、組織のあり方や組織力を高めるためのリーダーの役割などを中心に、夭逝(ようせい)した哲学者・池田晶子の言葉「引用する言葉と共振する魂がなければ、このような言葉を引くこともできないのである。引用もまた、創造的な営みである」(『池田晶子 不滅の哲学』)に力を得て、経営書の言葉・教えを援用しながら、断章も交え話を進めたい。
本論に入る前に、京都市立芸術大学長で哲学者の鷲田清一氏の次の言葉を上げておこう。「作業それじたいが楽しいこと。この作業が自分以外の誰かの役に立っているということ。この二つが感じられない仕事は辛い」。仕事に臨む上での基本姿勢は、「楽しく仕事をする。仕事を楽しいものにする」ことに尽きる。