縮訳版『内田樹(たつる)の生存戦略』(2016年発行)
9条がもたらしている外交的なアドバンテージは大きい
戦後67年間、外国において日本の軍隊が市民をひとりも殺していないという事実は、憲法9条に因るもので、外交的には「起きてもよかった破局的事態」を抑止しており、日本人ボランティアの無防備さが担保されている。・・・意志道記(以下同じ)<パキスタンやアフガニスタンで長年人道支援活動をしていて、昨年12月4日、アフガニスタンで殺害された中村哲医師(73)が、安倍首相の集団的自衛権行使容認で日本は米国側と見られ、「日本の国旗を移動車から外す」などの対応を余儀なくされた、と言っていたことと符合する>
国民が海外でどれだけ安全に過ごせるかというのは、ある意味「国力」の指標だと思う。それを決めるのは軍事力ではなく、どれくらい親しみを感じる国であるかということで、日本はけっこう成功していた。それは9条に起因するものであり、それを日本国民はもっと誇ってもよい。
尖閣で軍事衝突が起きても米軍は出てこない。その瞬間に「日米同盟基軸」という幻想は崩壊する
米国の「憲法」は大統領に戦争開始のために議会の承認を得ることを求めており、度重なる戦争・紛争によって、厭戦感の強い米国国民を日本の小島を守るために派兵することは、議会が反対するだろう(現に、シリアでは軍事行動を遅らした)。また、日米以上に米中の方が関係は密になっていて、アメリカは中国と、なんとかして戦略的互恵関係にもっていきたいのであって、日中の戦争にアメリカが巻き込まれることはあり得ない。
韓国は、対北朝鮮の防衛に不安のあるために、米軍の撤去を求めておらず、軍隊の指揮権限(戦時作戦統制権)はアメリカが持っている。・・・<従って、日韓の紛争回避のために、両国の反目には積極的に調整介入をしている>
しかし、日本の外交力はどんどん劣化していて、結果的に隣国との摩擦がますます高まり、アメリカを戦争に巻き込むリスクを高めてしまっていて、米国国務省に、「もう日米安保は破棄した方が得かもしれない」という意見が出てきているかもしれない。「日米安保を破棄した場合の損得勘定」についてのシミュレーションはもう始まっていると思う。いずれにしても、日中、日韓いずれも日本外交にはステークホルダーとしてアメリカが絡んでいて、日本には外交上のフリーハンドはない、と言える。
・・・<この状態は、戦争を起こさないという視点からは良いのだが、それには、アメリカの大統領がまともな人間であるという条件付だ。日本のトップが「戦争好き」の危険思想の持ち主で、その人物を半数近くの国民が支持しているのだから、最悪の事態(戦争)の回避には、トランプに代わるまともな人が大統領になることを期待するしかない、と思う。次期大統領選が日本にとっても重要な選挙になる>
9条改憲:自民党改憲草案の方向性はアメリカの建国理念そのものを否定しており、護憲の最終ラインは、アメリカ政府と天皇陛下
日本国憲法は1946年レベルで世界最高のクオリティのものだが、自民党の憲法草案は、近代市民革命以来の国民主権と基本的人権の理念を否定しようとする世界にも珍しい反動的なもので、9条をなくして、言論の自由や集会結社の自由を制限すれば、アメリカの軍事行動にいっそう協力できる体制ができますといくら自民党政府が約束しても、改憲の方向性がアメリカの建国理念にそのものを否定しているからアメリカは簡単には諾(うべな)うことができないだろう。
たぶん、これまでアメリカの要人たちも自民党改憲草案の中身を知らなかったと思う。せいぜい米軍と共同の軍事行動がしやすくなるように9条の縛りを解くのだろうくらいに思っていたが、改憲案が英訳されて読んでびっくりした。「なんだこれは?独立宣言も人権宣言も全否定か?」と驚愕したはずだ。
これまでアメリカが世界各地に軍事介入してきたときの大義名分は「民主と人権」にあり、本音は単に自国の国益追求なのだが、それでも「民主と人権のために」という大義名分を掲げることで、軍事行動を正当化してきた。その大義を否定する自民党の改憲草案を、アメリカが容認するとは思えない。
それに9条を廃止したら、隣国との外交関係は一気に緊張する。東アジアに軍事的緊張が生じることはアメリカにとって何のメリットもない。
アメリカが改憲を望んでいないことは、さまざまなパイプからはっきりとアナウンスされている。これに対して、官僚たちは自民党とホワイトハウスのどっちにつくかで揺れていますが、最終的には自己保身のために自民党よりアメリカ政府をとるだろう。
また、国民投票になったら、最後に日本国民は、「で、陛下のご意向は?」と云うことを気にかけるようになる。必ずそうなる。そのときに「陛下は改憲を望んではおられない」という情報がアンダーグラウンドでリークされたら、国民投票の趨勢に大きな影響を及ぼす。だから、最終的に護憲の最終ラインを形成するのはアメリカ政府と天皇陛下だということになる。
その上で、改憲発議をして、改憲案が否決されたら、国民は総意として「自民党の党是」を否認したことになり、内閣は責任をとって衆院解散、逆風下での総選挙ということになる。・・・<ならば、安倍さんと自民党の皆さんに、9条改憲発議をやらせてみよう>
また、今のところアメリカは靖国公式参拝を黙認しているが、あれは理屈から言えば、ドイツの首相がヒトラーの墓参りをしているようなもので、これ以上堂々とやられたらアメリカだってどこかで堪忍袋の緒が切れるだろう。
北方領土返還は在日米軍基地の撤収とワンセットになってしか解決しない
アメリカが日本国内に「望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利」(これはのちに国務長官になったジョン・フォスター・ダレスが安保条約締結のときに言った言葉)を放棄しない限り、ロシアも北方領土を放棄しない。つまり、北方領土問題は日露2ヶ国問題ではなく、日米露の3か国問題で、アメリカは日本国内の基地を手放す気がないのだから、北方領土問題は永遠に解決しない、ということになる。
安倍首相の目指す「美しい日本」とは・・・
仕事を担うに足る知性と想像力欠如の統治者・安倍晋三は、デモクラシーが嫌いで、私権を制約して、国民が「おかみ」の言うことをただ諾々と従う集権的な政治体制が日本をよくするためには必要だと本気で信じている。
「みなさん、デモクラシーとお金とどちらが大事ですか?」という二者択一を迫った場合、日本人の圧倒的多数は「お金」と答えるだろうと、日本国民の知性はそのレベルだと思っている。国民を見下しているという点では、中国や北朝鮮の統治者に気質的にはよく似ている。・・・<だから、憲法解釈を勝手に行い、「桜を見る会」もやっても逃げ切れている。国民も見くびられたものだ>
その彼が、理想としているのは、実はシンガポールの国家モデルだと思う。
シンガポールは国家目標が「経済発展」で、金儲けのために国が存在する。そして、国家治安法という法律があって、捜査当局が必要と判断したら、令状なしで逮捕して、ほぼ無期限に拘禁できるグローバル経済に最適化した社会システムで、国民は金儲けだけに専念して、政治については政府に丸投げしてコミットしない国だ。それが安倍さんの夢見る「美しい国」なのです。
また、「戦争をする気」でいる内閣総理大臣であり、特定秘密保護法案から始まった一連の法整備は戦争をするための準備なのです。
安倍一狂<意志道命名>政治、すなわち独裁政治
行政府が立法府や違憲審査をする司法府よりも上位にあるという、三権分立のバランスが狂った状態のことを「独裁」と言う。
独裁政治の際立った特徴は「立法府に実質的な審議をさせない」という点にある。新しい法律をつくらず、既成の法律の解釈変更や解釈拡大でやりたいことを「合法的に行う」必要とあらば政令に法律に代わる強制力を与える、そうすることによって、外見的には「合法的」「民主的」な手続きを経ているようにごまかしながら、内閣総理大臣が事実上すべてを専管できる政体、それが独裁。・・・<すなわち今の安倍一狂政治そのもの>
日本国民の民度とメディア
2014年7月1日、集団的自衛権の行使を容認した閣議決定(解釈改憲)のいちばんの問題は、独裁になっていることで、実際に集団的自衛権を行使するかどうかは別にして――アメリカの許諾なしに、アメリカの作戦と無関係に日本が海外派兵するという事態は考えられない――、憲法の上位に閣議決定がくるという立憲デモクラシーを根本から否定するようなふるまいをしている。また、中東やアフリカに自衛隊が派兵されて、「日本は敵だ!アメリカはガードが固いけれども、東京あたりは対テロの防衛が甘いから、日本を狙え」ということになったら、原発テロが起きる可能性はきわめて高く、電源を切られたら、それでおしまい。
日本のような軍事的に脆弱な国は、とにかく戦争をしないということが最善の道で、実際、そうやって70年間、どこからも攻められないできた。平和憲法があったおかげで、70年間…みごとな成果じゃないですか。
それを壊そうとしてきた自公政権を、国会も、メディアも見逃していて、世論調査ではいまだに50%近くが政権を支持している。この政治家に、この国民ですから、「絶対に戦争なんか始まらない」とはとても言い切れない。
メディアの権力監視能力の弱体化が進み、2013年(特定秘密保護法の成立)は、戦後68年間築いてきたデモクラシーのシステムを日本人が進んで廃棄し、強権的な政体を民主的な手続きを通じて選択した年として記憶されることになると思う。それは、特定秘密保護法案で、国会議員に賦与された国政調査権を国会議員自身が進んで放棄したこと。立法府が自分の権限を行政府に委譲する法律を強行採決するなんて、誰が見ても狂気の沙汰だと思うが、「狂気の沙汰」だとはっきり指摘したメディアはどこにもなかった。
「戦争をする気」でいる人が日本の首相でいるわけですから、この人が暴走することをどうやって予防するか、それが国民的課題で、暴走を防ぐには、とにかく支持率を下げるしかない。
次の選挙では野党側は争点を絞って、ひたすらその賛否を問うしかない。官邸とそれに追従するメディアは「争点隠し」に必死になるだろう。そして「支持政党なし」の有権者が「政治にはもう何も期待できない」として大量棄権するように世論を誘導する。政権は「政治に絶望して、有権者が投票所に行かない」ことを願っており、市民たちはこの惨めな状況の中でなお「政治に期待する」という決断をしなければならない。立憲デモクラシーにとってきわめて苦しい状況にある。でも、「戦争に絶対コミットしない」という一点に争点を絞って選挙をすれば、市民連合にも勝つ可能性がある。
・・・<命と国土を守るために、利権の温床の原発廃止!平和憲法と人権、三権分立を守ろう!弱者(沖縄県民等)の声に寄り添う、心あるまっとうな、国民のための政治を取り戻すために安倍一狂政治を倒そう!が石頭団塊団の切なる願い>
日本社会の現状と将来
日本はもう逆立ちしても経済成長はないし、「縮みゆく社会」下で、社会秩序は保てなくなる。
厚生省の予測では、2060年に総人口は8700万人、2110年には4300万人で、毎年75万人ペースで人口が減っていく。2年ごとに神戸市が一つ消えていく勘定で、GDPの7割強を占める個人消費上からも経済成長は望めない。
60年代からの高度経済成長によって、それまで日本人同士支え合っていた互助精神が希薄になり、熾烈な「パイの奪い合い」が始まった。80年代からあと、社会が豊かになればなるほど、人々は冷淡になり、意地悪くなり、非寛容になってしまい、急速に制度劣化が進み、もう日本のシステムは安全でも堅牢でもない状態になってしまった。
今の政治家や経済人やメディア知識人の劣化を見ていると、もうシステムの瓦解は時間の問題であり、縮みゆく社会で「選択と集中」戦略を採用すれば、超富裕層と貧困層への二極化が亢進するしかなく、分配方法をフェアで合理的なものにしないと、社会秩序は保てなくなる。
市場にすべてを委ねていれば、市場ではポジティブ・フィードバックがかかるから、所得格差の補正を市場が自主的に行うことはなく、勝つものが勝ち続け、負けるものは負け続ける。所得の不均衡が生じるのは当たり前で、最終的には少数集団に権力と財貨が排他的に集積して、過半が貧困と無権利状態にあえぐということになりかねない。
貧困層は結婚もできないし、子どもも育てられないし、教育も受けられない。そんな状態が一世代続けば、集団の生物学的な再生産も知的な再生産も不可能になります。いずれ集団ごと滅びてしまう。だから、再生産を保障するために国や公的機関が所得の再配分を行う必要があり、再配分は、集団が存続するために必須の政策的配慮なのだが、安倍政権は再配分には興味がない。今、社会システムの書き換えを始める人たちが出てきている。
税金に関して言えば、税金を徴収し、仕分け、分配したりする人たちの「取り分」が、払っている人間に「再分配される分」よりも不当に大きいと納税者たちが感じていて、更に、税金の使途が不明で、公正に使われているという実感がないから、納税しようという気分にはならない。また、納めた税金がどこにいったか、さっぱりわからないのが日本だ。
それは、政府が税金に関して嘘ばっかり言っているからで、税と社会保障の一体改革だとか、所費増税分は全部社会保障に充てますだとか、年金についても、第1次内閣のときに「最後のひとりまで私が責任を持って調査する」と安倍さんが言っていたけど、やっていない。平然と嘘をつき続けているわけだから、今度こそほんとうのことを言っているから信用しろと言われても無理なんです。
「強者に手厚く、弱者に冷たい」政策に多くの国民が賛成してきた結果が今
歴史は、「強者が総取りして、弱者が餓える」タフでシビアな社会よりも個人が自尊感情を失わずに、市民としての権利を行使し、義務を果たしながら愉快に暮らせる社会のほうがずっと人間的であるばかりか、長期的には経済的にも豊かな社会になることを示している。
社会制度は弱者ベースで設計されるべきだが、安倍政権は、強者がより効率的に権力や財貨や情報を獲得できるように社会の仕組みをつくり替えようとしており、「強者に手厚く、弱者に冷たい」社会をつくれば、みんな競って努力して、自分の能力を高めて、社会全体が活性化すると彼らはたぶん本気で信じているんでしょう。・・・<この政権を延命させてきた責任は国民にある> 以上