荘子:人間世第四(5) 名實者,聖人之所不能勝也

荘子:人間世第四(5) 名實者,聖人之所不能勝也

2011年07月24日 00時17分23秒 | 漢籍

荘子:人間世第四(5)

且昔者桀殺關龍逢,紂殺王子比干,是皆修其身以下傴拊人之民,以下拂其上者也,故其君因其修以擠之。是好名者也。昔者堯攻叢枝、胥敖,禹攻有扈,國為虛厲,身為刑戮。其用兵不止,其求實無已。是皆求名實者也,而獨不聞之乎?名實者,聖人之所不能勝也,而況若乎!

[荘子:「人間世篇」もくじ]

且(か)つ昔者(むかし)桀(ケツ)は關龍逢(カンリュウホウ)を殺し、紂(チュウ)は王子比干(ヒカ ン)を殺せり。是(こ)れ皆其の身を修めて、下(しも・けらい)を以て人の民を傴拊(ウフ・いつくしみ)し、下を以て其の上(かみ)に拂(さから)いし者 なり。故に其の君は、其の修(おさ)まれるに因(よ)りて以て之を擠(おとしい)れたり。是(こ)れ名を好みし者なり。

昔者(むかし)堯(ギョウ)は叢(ソウ)・枝(シ)・胥敖(ショゴウ)を攻め、禹(ウ)は有扈(ユウコ)を攻め、國は虛厲(キョレイ)と為(な)り、身 は刑戮(ケイリク)せらる。其の兵を用うること止(や)まず、其の實(ジツ)を求むること已(や)む無(な)ければなり。是(こ)れみな名と實とを求めし 者なり。

而(なんじ)は獨(ひと)り之を聞かざるか?名と實とは聖人すら勝つ能(あた)わざる所なり。而(しか)るを況(いわ)んや若(なんじ)をや!

それにだよ顔回、と孔子のことばはつづく。

昔、夏の桀王は忠臣の關龍逢(カンリュウホウ)を殺し、殷の紂王(チュウオウ)は忠臣の王子比干を殺した。

このふたりの忠臣は、いずれもその身の徳を修め、他人の支配下の人民に情(なさけ)を施し、臣下の身分でありながら上にある君主の心に逆らった。だから 彼らの君主たちは、このふたりの臣下の徳行が修まっていればこそ、彼らの賢徳を悪んで罪に陥れて殺してしまったのだ。このふたりは名声を好んで身を滅ぼし たものである。

また昔、堯帝(ギョウテイ)は叢(ソウ)・枝(シ)・胥敖(ショゴウ)の三国を攻め、禹王(ウオウ)は有扈(ユウコ)を攻めるということがあったが、そ のためこれらの諸国は廃墟となり、その君主たちは死刑となった。それというのも、これらの国の君主が兵を用いてやめず、実利を求めてやまなかったからであ る。これらはいずれも名声と実利を求めたものの例である。

お前も聞いたことがあるだろう。名声と実利の誘惑には、聖人さえも勝つことができないほどのものだ。ましてお前などは、なおさらだよ。

※桀

夏王朝の暴君とされる人。殷の湯王に滅ぼされた。

※關龍逢

桀王の忠臣。桀を諫めて殺された。

※紂

殷王朝の暴君とされる人。周の武王に滅ぼされた。

※比干

紂王のおじ。紂を諫めて、胸をさかれた。

▼箕子(キシ)・微子とならんで殷三仁といわれる。

※傴拊(ウフ)

「傴」は、かがむ。「拊」は、なでる。身をかがめて愛撫する。

※傴

【呉音・漢音】ウ

【意味】

(1)「傴僂(ウル・ウロウ)」とは、背が曲がって小さいこと(人)。

(2)背をまるくかがめる。「傴僂(ウル・ウロウ)」

【解字】

会意兼形声。

區(ク)(=区)は、こまごまと曲がって小さいの意を含む。

傴は「人+音符區」で、背が曲がって小さい人。

※拊

【呉音・漢音】フ

【訓読み】うつ, なでる, つける

【意味】

(1)うつ。手のひらでぽんとたたく。「拊掌=掌を拊つ」

(2)うつ。なでる(なづ)。ぽんぽんと肩をたたいていたわる。「慰拊(イフ)」

「拊我畜我=我を拊ち我を畜ふ」〔詩経・小雅・蓼莪〕

(3)手のひらをおしつけてにぎるとって。柄(エ)。

(4)打楽器の名。演奏のはじめにたたいて調子をとる小鼓。

(5)つける(つく)。▼附(フ)に当てた用法。

【解字】

会意兼形声。

付(フ)とは、人の肩に手(寸)をつけるさま。

拊は「手+音符付」で、手を人の肩にのせて、ぽんとたたくこと。

※叢(ソウ)・枝(シ)・胥敖(ショゴウ)

斉物論篇の第十九節に、堯(ギョウ)が、宗(ソウ)・膾(カイ)・胥敖の三国を征伐しようとした話がみえる。

※有扈(ユウコ)

国名。『書経』にもみえ、今の陝西省にあったといわれる。

※虛厲(キョレイ)

・「虛」は住居跡。「厲」は、子孫を失った祖先の霊・・・とする説あり。

・「宣云。地為丘墟。人為厲鬼。」(莊子集解)

⇒ [人間世第四(6) 名之曰日漸之德不成]・[荘子:内篇の素読]