一向宗の教えはこの末代まつだい無智の凡夫ぼんぷが自力じりき雑業ぞうぎょうによって永遠の悟りを開くことは不可能なるを認め、
ここに開祖かいそ親鸞しんらん上人しょうにんが他力たりき本願ほんがんの道を開きたるものにして如何いかなる罪業ざいぎょう甚深じんじゅうの者でも弥陀みだの本願ほんがんによりてその身そのままただ信ずることのみによって救わるとの道を開きたるものであるが、
私は如何いかにもして安心立命あんしんりつめいを得たく熱心に求めたが何等なんらの功顕こうけんもなかった。
それがためにあらゆる集会にも出いで名僧知識につき極力信仰に努めたが、これは現在の救いにあらずして罪を持ったまま露つゆ塵ちり疑うことなく、その身そのまま未来に飛び込めば赦しもあれば救いもあるというのであって極めて率直単純な信仰は養われたが、
私の願う所は現在に於いて罪赦され、伏仰ふぎょう天地に恥じざる高潔な生涯に入りたいのでとても罪を持ったまま現在の生活をつづけることは出来ない。
何か他ほかに救いはないかと多年たねん求めて止やまず、愚かながらも相当信仰の道を求めて修養鍛錬し、一面には実生活上の戦い、その方ほうにも行き詰まり、ほとんど寝食を忘れるまでに苦しみ、時には人生不可解を叫び、何のために人はこの世に生まれて来たかと思い全く心中暗黒となり自殺を計はからんとしたことも幾度いくどもあった。
然しかれども魂の問題については少しの光明もなく、未来に対する不安は満ち、死の恐れに繋つながれ、死なんとして死ぬことは出来ず、生きんとしても生きること能わず、
この不安と苦痛を除かんがため、時には大酒おおざけを飲み、時には芝居にゆき、時には肉の快楽にふけり、あらゆる世の慰めを求めたが、どうしても心の叫びに応こたうるものなく、更に不安に不安を加え、苦痛に苦痛を増すのみであった。
これを要(よう)するに伝説によれば真宗は景教と称して支那(しな)に伝わっていたキリスト教の思想より取ったもので筋道はほとんどキリスト教に異なる所はないほどであるが、如何(いかん)せん、歴史的の贖いの事実がない。
従って現在に於いて罪の赦しなく又生命(せいめい)を与うことは出来ない。
私は真宗の信仰で全く行き詰まっていたから罪を赦し生命(いのち)を与うるキリストの救いは渇ける者に水を見せられた如く直ちに受け入れたのであった。ただ単純な信仰は真宗によって養われていたから、助けになったことは事実である。
柘植 不知人(つげ ふじと、Fujito Tsuge 1873年12月12日 - 1927年3月20日)は、日本の伝道者、牧師、教会指導者
柘植不知人著「神の僕の生涯 ペンテコステの前後」神癒の体験者や目撃者による生々しい証しが記されていますので、興味のある方は是非本館を訪れてお読み下さい。なお、本書は著作権フリーですので、誰でも自由に閲覧・配布することができます。
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