自分の願望をみたすためには、一切のものを手段として使用していく、そのためにはその過程において、他にいかなる危害を加えても考慮しない、というような 状況がおこってきているのです。
これは非常に残念なことですが、本来ならばこの問題をしっかり自覚しているはずの宗教家が、確かに発言の面、あるいは知識の面では親切とか寛容とか普遍的な兄弟愛の重要性を 滔々(とうとう)として説くのですが、実際の行動においては、それを全く否定しています。
指導者がこのような状況ですか ら、無知な人が無知な人を導くことになり、今はもう抜きさしならない偏見、他の人を人として見ることを拒否するような偏見が、個人、集団、社会をすっかり規定してしまっているので す。
心というのはミルクのように白く、入ってくるものは何でも受け入れます。
従ってこの心の中に人間性を育てていくことが基本的な課題として要求されます。
そしてそのことを通して、この洞察が培われてきます。
無垢の心に人間的な人間性を育て、それを通して洞察を創りあげていくということは、具体的に言えば、他人に対して常に善意をもってのぞむ、そういったものの考え方、あるいはその行動の様式を不断に倦むことなく開いていく、ということなのです。
このことが心の中に、人間性の一番根本的なものを根づかせるための、根本的な戦いなのです。
ですから、心の中にこの人間性を養っていくことを積極的にすすめるならば、我々一切にとっての非常に豊かな世界ということも、 決して単なる一つの夢には終わらないと思っています。
「押田成人 著作選集2」より抜粋。