HCJB日本語放送 2017年09月24日バイブルトーク マリンバの調べ/希望のことば(ヨハネの福音書)
音声
http://japanese.reachbeyond.jp/radio/japanese_24sep2017_32kbps.mp3
17:50~希望のことば(ヨハネの福音書)
21:50~イエスがここで「私はすでに世に勝ったと」言われた。その「世」というのは、私たちがふつう考えている。この地上ということでも、人々が住んでいる世界ということでもないのです。
イエスの口から語られた「世」という言葉は、もっとネガティブな意味なのです。
それは神を否定し光を憎む人々のことを指しているのです。神に逆らって悪いことをしようとする者の総称をイエスは「この世」と呼んでいるのです。
弟子のヨハネもこのことについて次のように書いています。
すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲。眼の欲。暮らし向きの自慢などは、神から出たものではなく。この世から出たものです。世と世の欲は滅び去ります。それらのものを愛してはなりません。このように警告を与えています。
神という絶対的に正しい、清い、そして愛に満ちた存在に対して、それを否定し反対し、あらゆる悪に人間を引き込もうとする力。それをイエスは「世」と呼んでいるのです。そしてイエスは、その世に打ち勝ったと言っているのです。
つまりイエスは悪なるがゆえに様々なかん難を受ける世にあって、その悪に引き込まれることなく、それに打ち勝った勝利者なのです。
それだからこそ今度は勝利者として弟子たちに「あなたがたは世にあっては、かん難があります。しかし勇敢でいなさい」と本当の励ましを与えることが出来るのです。
この世はまさに、かん難の連続ですね。病気。苦しみ。落胆。失望。悲しみなど次々に起こって参ります。人は生まれると苦しみにあう。火花が上を飛ぶようにと聖書に言われている通りです。
その只中にあってイエスは、そのような世に打ち勝たれた勝利者なのです。正しいことの為に戦うとき、人は決してひとりではありません。常に神とともにいるのです。善良な人間がまったく見捨てられてしまうようなことは決して
ありません。
少なくとも神からは見捨てられることはないからです。イエスに対してこの世は、その悪の限りを尽くしました。そして最後には十字架に架けてしまいました。ところが神は、このイエスを三日目に蘇らせてイエスが無敵であることを示されたのです。
そのイエスがこう言われるのです。「わたしが勝ち取る勝利は、またあなた
方の勝利ともなるのです。世はわたしに対してその悪態の限りを尽くしましたがわたしは勝利へと進みました。この世はあなた方にその悪の限りを尽くすことでしょう。しかしあなた方も勝利へと進むことができます。私はすでに世に勝っているからです」
あなたもこの世の敗北者にならないでください。神があなたの側についておられます。
そしてその方はこの世の勝利者なのです。その方とともに勝利の日々を歩もうではありませんか