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ローマ人への手紙(再)9/27 52 悲惨からの救い ローマ7:24〜25
加藤常昭(日本基督教団隠退教師、神学者)
音声
http://netradio.febcjp.com/2017/9/27/roma170927/
15:00~パプテスマをお受けになると顔つきまで変わる方がずいぶんおられるっていうことなんです。本当にすっかり変わる方がいます。
迷いに迷って自分の惨めさの虜になっていて、顔つきまで暗くなっていたご婦人が、バプテスマを受けて、すぐにはよくわからないけれども一年、二年経ってくるっていうと顔つきがとっても変わってくる。
大変正直に申しまして、女性としても美しくなってくる。ああこの方はこんなに綺麗なご婦人であったのだと周りの者がその美しさに改めて気がつくようになる。
顔かたちの美しさというだけではありません。だから今度はその婦人の生活を見てあんな風に人が変わって行かれるっていうのは、どんなに素晴らしいことかと誘われるようにして、その人が口で誘ったのではない。
その人のそういう変わり方が、惨めさからの開放が人の心を捉えてその友達が教会にやって来て洗礼を受ける。本当に起こることです。救い出されるっていうことはそういうことなんです。
けれどもしかし、例えばその奥様のことを考えてみたときにその奥様は夜毎に祈るときになんて祈るんでしょうか。
「もう私は心豊かな人間になった惨めさは振り捨てて、何でもやりたいことが神さまの御心に叶うことになっている。間違うことはない。私はもう救い出された。今日一日、自分の生活を振り返って見てもそのことがよくわかります。神さまありがとうございます」そういうお祈りをするでしょうか。
その方のお祈りの世界の中に踏み込んでみたことは、わたくしはありません。しかしそういう方との会話をしていて、よくわかるのは、この方は自分がいつも神さまの掟にぴったり、そう歩みを作ることが出来ないことを悲しみ嘆き神さまにお詫びすることを知っている人間だ。
悔い改めること。神さまにお詫びをすることが出来る。そういう心を知っている方だ。夜毎に「神さま赦して下さい。主イエスキリストの十字架の恵みに寄って赦して下さい。明日もう一回立ち直らして下さい」とお祈りすることが出来る方だ。
そういうことから言えば、そういう風に神さまにお詫びをすることが出来るようになったところから生まれてくる本当にへりくだった神さまの御心に従って生きようとする祈りが、その方の顔をつくり生活をつくっている。そういうことが出来るのでないかと思うのです。