2004/11/28
待降節第一主日礼拝 ますます豊かに愛に生かされるために (イザヤ書 35:1~4、ピリピ人への手紙 1:1~11) 広島キリスト教会 http://hirokiri.org/mo_index/index.html
加藤常昭師
音声
29:00~1942年5月、東京帝国大学の教授の職を負われた。矢内原 忠雄 先生を迎えて伝道礼拝を致しました。無教会の指導者でした。
わたくしの「自伝的説教論」も第一章、最初の章は、伝道者、矢内原 忠雄という題でこの矢内原先生の出会いからはじまっている。
わたくしはわたくしなりに大きな感銘を受けましたけれど、姉は姉で、矢内原先生に出会っていた。
この伝道集会の企画は若い人たちに委ねられた。若い者たちで講師の選定からすべてやった。国家の敵と見なされていたひとりです。その方の言葉をどうしても聞きたい。そして何人かの代表が矢内原先生の家に行ったら矢内原先生が受け入れない。聞かないんです。
理由ははっきりしてる「君たちに迷惑をかけるわけにはいかない。私のような者を呼んで集会をやって、もし問題を起こしたら招いた人たちが警察に捕まる恐れがある。あなた方をそういうめにあわせるわけにはいかないから行かない」。
若い方もがんばった「先生が、うん。というまで帰らない」先生の家に立て篭もり作戦を立てる。
だいぶ粘ったところで先生が「それじゃ君たちに迷惑のかからないように出来るだけ努力して行こう」と引き受けて下さった。350人の人が集まった。80人しか入らない教会で、
終わってから講師とほんのわずかな者とがお茶を飲んで先生に休んでいただいた。
矢内原先生はこう言われた「ほとんどの人が自分のことは自分たちではじめて自分たちで成しとげることが出来ると思っているが、それは違います。すべてのものは神が御創りになり、すべてのことは神は御心のままに行っておられる。我々はそのすべてを知ることは出来ない。そのわずかの一端を知らせていただいた限り少しずつ少しずつ証をさせていただいているだけです」。
15歳の娘はそれを聞いていて随分大胆なことを聞いた「先生。先生は心からそんなことを信じておられるんですか」。
無礼な言葉です。先生は腹もお立てにならなかった。
おだやかに「そうです。信じるってことはそういうことでしょう」と、この娘におっしゃったそうです。
姉はこの先生の言葉を聞いてそれまでもやもやしいていた思いが吹っ切れて、洗礼を享ける決心をしたと言うんです。
貴重な礼拝メッセージありがとうございます。