「沖縄でコーヒーを振興できないか?」という酒席での会話からこの研究は始まった。2019年,この頃,研究代表者(吉野)は,コーヒーに何の関心もなかった。知識もなかった。コーヒーより緑茶で,コーヒーは日本農業の敵ぐらいの理解だった。ただし,それまでの研究で日本人の「国産」に対する信頼の強さは知っていた。吉野は,元々青果物の流通・マーケティング研究を専門としてきた。その後,環境学研究に領域を広げ,「環境マーケティング論」という研究室を立ち上げている。「何をつくればよいか?」これは吉野が農業の現場からしばしば受ける質問だった。そのひとつの回答が「輸入品農産物を日本でつくったらどうか」。国産レモン,国産マンゴー,最近は国産アボカドまで,いずれも成功している。日本のコーヒーの消費量は世界第4位。街中にコーヒーを提供するお店があり,日常的にコーヒーが飲まれている。勝機はあると思った。
そして2020年4月,世界中を新型コロナが席巻した。日本は緊急事態宣言が出され,行動が制限された。自宅待機の中,ぽつぽつと沖縄コーヒーのことを調べ始めた。論文を検索した。ICO(国際コーヒー機関)やUSDA(アメリカ農務省)が提供するコーヒー貿易に関する統計もいじりだした。トレンド雑誌も含むコーヒーに関する書籍も取り寄せた。行動制限解除の隙をついて京都のサードウエイブ系のコーヒー店も回った。面白かった。コーヒー研究といえば,モノカルチャーの問題だとか,フェアトレードだとか,息苦しい話ばかりかと思っていた。しかし,実際のコーヒー市場は違った。もっとダイナミックで,もっと前向きで,創造的で,活動的だった。
2022年,ようやくコロナの終息が見えてきた。沖縄を訪問した。沖縄の先進的生産者や関係団体に話を聞いた。皆沖縄コーヒーの意義と可能性を口にした。海を見るとエメラルドグリーンに輝く海の沿岸が赤茶けていた。農地から流出した赤土だと聞かされた。海から見たら農地は放棄してくれた方がましだという人もいた。しかし放棄された農地には外来植物が繁茂していた。そこでマングースなどの外来動物を頻繁に目にした。亜熱帯・沖縄の放棄地の荒れ方はすさまじかった。赤土を流出させない作物の振興が必要だった。コーヒー作はそれに最適だった。中山コーヒー園さんの園地を見せてもらった。日陰の畔にコーヒーノキが植えられていた。驚いた。稲作であれ畑作であれ,真っ先に耕作放棄地になるような場所だった。園主・岸本さんは,むしろこうした場所の方が成績がよいと言った。沖縄コーヒーに耕作放棄地解消の可能性を感じた。コーヒーの持つ人を惹きつける力も感じた。やんばるの農地を歩く中,何人ものコーヒー作の新規就農者と出会った。農業労働力の高齢化と新規就農者の減少は沖縄とて同じだ。しかし,沖縄の自然の中で農業をやりたいという島内外の潜在的ニーズがあった。新規就農者は何をつくりたいのか?サトウキビか?電照菊か?否,コーヒーである。コーヒーを好きすぎて,すべて投げうって沖縄に兵庫県から移住してきたご夫婦もいた。自適に暮らせるであろう元大手建設業社長がわざわざやんばるの森でコーヒー作に挑んでいるという話も聞いた。コーヒー作は農福連携とも相性がよいと感じた。重労働ではないので高齢者にも障がい者にもやさしい。手間はかかるが,この手間がコーヒーの価値を高める。つまり彼ら/彼女らの労働価値を高める。「ひきこもり当事者とつくる沖縄コーヒー」を試みるNPOがあることも聞いた。コーヒーは,沖縄の海と農地と人を再生させると思った。
勿論沖縄コーヒーには課題がある。第一に,生産の安定化である。沖縄は露地でコーヒー栽培が可能である。しかし,可能ではあっても適地とまでは言えない。現状では沖縄のコーヒーの生産性は低い。生産性の低さは原価高を招き,相当の高価格で販売せざるを得ない。日本は今のところ世界各地から優れたコーヒー豆を潤沢に輸入できる。沖縄コーヒーが勝負できる市場は限られている。技術力あるいは産地の力でこれを克服しようにも,沖縄コーヒー作への支援はほとんどない。コーヒーは沖縄県の振興作目に加えられていない。県による技術指導も補助も受けられない。生産者どうしの結びつきも緩く,情報共有もほとんどない。生産者個々人が各自の信念と努力で日々苦労を重ねている。参入した生産者によっては失意の結果を招くかもしれない。このままでは沖縄コーヒーの大きな発展はない。生産者を結び付け,支援体制を整えて産地形成を図らねばならない。しかも,沖縄コーヒーの意義を実現する形で,サステナビリティチェーンとして。そう思った。
本腰を据えて沖縄コーヒーのサステナビリティチェーン構築を目指す研究を始めようと思った。研究資金を得るためにいくつかの競争的資金を申請した。そして,本助成をいただくことができた。しかしながら,助成期間は1年だった。この短期間でできることは限られた。我々の研究チームは,農業経済・農業経営を専門としている。本来なら,市場分析やマーケティング戦略を研究の中心としたかった。しかし,沖縄コーヒーはまだその段階に達していない。まずは最優先課題である生産の安定化に寄与する基礎的調査に焦点を絞った。論文を調査し,コーヒー作に向く気候条件,土壌条件を調べた。沖縄の気候も土壌も,必ずしもコーヒー作に向いているわけではないことがわかった。ならば,その中でも少しでも「マシ」な土地はどこか?我々は,第一の課題として,沖縄コーヒーの広域的な適地性調査に着手した。同時に,実際にコーヒー作を導入する可能性はあるのか,沖縄の圃場の現状を確認しなければならなかった。第二の課題として,大宜味村の農地を対象とした筆調査を行った。この二つの作業で,大まかな沖縄コーヒー作の現実と可能性を知るためのひとつの材料を提供できたように思う。しかし,あくまでも我々の目的は,沖縄コーヒーのサステナビリティチェーン構築にある。我々はこの調査研究を通じて多くの関係者と出会うことができた。沖縄コーヒーは産地形成の揺籃期にある。沖縄コーヒーがその意義を実現できる方向で発展していくために,外部者として我々に何ができるか引き続き考えていきたいと考えている。
本助成研究は,公益財団法人住友財団2023年度環境助成によって遂行することができた。我々の問題意識をご理解いただき,ご支援いただいたことについてまず第一に感謝申し上げたい。
同時に,調査研究において数多くの方にご協力いただいた。又吉コーヒー園・又吉拓之様,中山コーヒー園・岸辰巳様,しらせコーヒー園・安村翔太様,牧野秀樹様,(株)アグリジャパン・水野雅継様には,圃場をご案内いただき,先進的生産者のこれまでの努力と現状について教えていただいた。沖縄珈琲生産組合の宮城禎明様には,生産者組織づくりの課題について教えていただいた。珈琲や焙煎工房/JINフードビジネスコンサルティング・前田諭史様,豆ポレポレ・仲村良行様には,沖縄コーヒーの市場性について教えていただいた。行政対応については,うるま市農業委員会の皆様,内閣府総合事務局の皆様,大宜味村産業振興課および農業委員会の皆様,東村農林水産部の皆様,沖縄県北部農林水産振興センターの皆様,沖縄県農林水産部の皆様に貴重な情報とアドバイスをいただいた。また,沖縄コーヒー協会・田崎聡様・永峯さゆり様には,協会の活動について教えていただいたのみならず,同協会が主催する各種イベントにもお誘いいただき,沖縄におけるコーヒー栽培・経営について学ばせていただいただいた。さらに,Qアラビカグレーダー・谷村様,カフェタイム・糸井優子様をはじめ幅広い人と出会う機会をご提供いただいた。谷村様には,しらせコーヒー園やオオヤコーヒー焙煎所・大宅稔様を紹介いただいた。糸井様には,コーヒーの品質評価の実践について教えていただいた。大宅様には,京都の焙煎所から見た沖縄コーヒーについて教えていただいた。沖縄コーヒーの適地性・栽培技術については,京都大学・田中千尋先生,樋口博和先生,野口良造先生,真常仁志先生,大妻女子大学・甲野毅先生,東京農業大学・菊野日出夫先生に教授いただいた。ネスレ沖縄コーヒープロジェクト沖縄SVアグリ株式会社・宮城 尚様には興味深い試みをご紹介いただいた。一色康平様には,沖縄コーヒーの技術的知見において研究の初期からサポートいただいた。地理情報システムのデータ処理については,OKICOM・宮城圭様,仲宗根早海様にサポートをいただいた。大宜味村の筆調査においては,大宜味村および大宜味村大保区長様にご協力いただいた。また,当研究室卒業生の由藤聖利香様には,やんばるの森に点在する農地の調査に尽力いただいた。ここに記して感謝申し上げたい。
最後に,藤田智康様には,この調査研究の開始から現在まで,共同研究に近い形でご協力いただいている。沖縄踏査の際には,調査対象の手配から当日の移動に至るまでお世話いただいた。インタビュー調査にも積極的に参加いただき,沖縄の地理的・社会経済的・文化的な背景を踏まえた深い理解に導いていただいた。また,藤田様が会長を務められる株式会社あおなみコンサルタントの皆様には,今回の調査の作業をお引き受けいただいた。心より感謝申し上げたい。
2025年3月31日
研究代表者 吉野 章
公益財団法人 住友財団 2023年度 環境研究助成
助成期間:2023年11月-2025年1月(※)
研究代表者 吉野章 京都大学大学院地球環境学堂・准教授
共同研究者 北野慎一 京都大学大学院農学研究科・准教授
光成有香 尚絅大学現代文化学部・助教
※2024年11月の大宜味村の水害により助成期間を2024年11月末から2か月間延長した。
沖縄は亜熱帯気候に属し,露地でコーヒーノキを栽培できる日本においては数少ない土地である。すでに沖縄県の各所でコーヒー作が行われており,コーヒー豆の販売やカフェ経営なども行われている。沖縄でコーヒー作を行うことは,赤土流出対策や,耕作放棄地対策,新規就農対策,さらには多様な労働の受け入れ・農福連携といった社会的課題にも寄与する。しかし,そのほとんどがまだ始まったばかりで,生産者の数は少なく,生産も不安定で,原価高となっており,解決すべき課題が多々あるのが現状である。
本章で,沖縄コーヒーの意義を述べ,市場環境から見た沖縄コーヒーの可能性を示す。そして沖縄コーヒーが解決すべき課題を示す。
第2章で,沖縄県全域の気候条件をコーヒーの適地性を評価した結果を示す。農研機構が提供している気象データを利用し,コーヒー栽培に関する文献に見られる見解と照合することで,気温,湿度,風速,並びに日射量から見た適地性スコアを算出した。各指標のスコアは,コーヒー栽培の実務者および専門家のヒアリングに基づき各指標をウエイト付けして評価した。その上で,沖縄県が提供する土壌統分布で,土壌適地性の要件で適地性の分布をフィルタリングした。さらに,傾斜度の分布のフィルターを加え,現実的な適地性の分布を示した。
第3章では,大宜味村を対象として筆調査を行った結果を示す。大宜味村の耕作放棄地にコーヒー作を導入するというシナリオを想定し,その場合のコーヒー作振興の潜在力を測った。
我々の最終目標は,沖縄コーヒーのサステナビリティチェーン構築にある。サステナビリティチェーンとは,経済価値を追求する従来のバリューチェーンに環境と社会の目標を加えたガバナンスで統合された経済連鎖である。しかしながら,1年という限られた期間において,研究課題を絞る必要があり,沖縄コーヒーの最優先課題である適地性評価と導入可能性の評価に絞った。産地体制およびサステナビリティチェーン構築については,さらなる検討が必要であり,今回は関係者への取材に基づく仮説的考察に留める。
コーヒーノキは30年以上定植が可能で,沖縄の海に流出する赤土を減らすことができる。
コーヒー作は耕作放棄地になりやすい日陰や狭小地での栽培に向いている。
コーヒー作は沖縄内外の多様な世代の新規就農者に魅力がある。
コーヒー作は,法人経営,半農半X,ワークシェア,女性,高齢者など多様な経営,多様な労働を受け入れる。
コーヒー作は,農福連携にも向いている。
日本のコーヒー需要は現在「第三波」と呼ばれる需要拡大期にある。
第三波的コーヒー需要は「スペシャルティコーヒー」が主役で,品質の高さだけでなくコーヒーそのものの個性を楽しむ。沖縄にも勝機がある。
日本の食品需要の国産支持は根強く,一般に輸入品の方が高品質と思われている果実,ワイン,チーズ,バターなどでも国産は検討している。
現在の消費者需要は,モノよりも経験価値にお金を支払う。日本は世界第4位のコーヒー消費国で,「コーヒーをもっと知りたい,コーヒーともっとつながっりたい」というエネルギーにあふれている。沖縄はそれを価値に変えることができる。
コーヒーは生豆や焙煎豆を販売するだけでなく,葉茶やカラカスティーなどの多様な商品化が可能である。国内産地だからできるチェリー販売や苗販売,オーナー性などの可能性がある。
沖縄はコーヒー生産ができるが必ずしも適地ではない。夏は暑すぎ,雨季もない。より気候ストレスの少ない土地を探すべきだ。
沖縄のコーヒー作はまだ産地の体裁を整えていない。行政的支援も限られている。沖縄コーヒーの意義を具体化する方向で,産地形成を図る必要がある。
本章では,沖縄県全域のコーヒーの適地性を評価する。アラビカ種の露地栽培を想定し,気温,湿度,風速,並びに日射からみた気候的適地性,土壌,並びに傾斜度から見た適地性を評価した。
想定しているコーヒー作は,アラビカ種の露地栽培である。残念ながら気沖縄の気候は,全土にわたってアラビカ種栽培の最適地は見出し難い。そこで,ここではむしろアラビカ種の栽培にストレスを与える条件を評価として,気候ストレスができるだけ小さい地点を特定化することを目標とした。
気候ストレス指標として以下のデータを用いた。
夏の高温:2023年1年間で30℃以上となった時間数
冬の低温:2023年1年間で15℃以下となった時間数
相対湿度:2023年1年間で85%以上となった時間数
台風:2019-2023年5年間7-10月期の最大風速
冬の季節風:2019-2023年5年間の平均風速
日射:2023年1年間の全天日射量25MJ/m2/s以上の日数
気候条件の6種のデータは,各指標の最小値を10点,最小値を1点とした実数に変換し気候ストレス指標とした。その上で,沖縄でコーヒー栽培を行っている専門家3名に各指標の重みづけをしてもらい1-10点の気候適地性スコアとした。
ただし,これら気候条件はあくまでも露地栽培を想定しているので,例えば,台風や冬の季節風のストレスは防風林や防風ネットなどの設置で緩和できるかもしれない。夏の高温や日射のストレスは日陰樹や寒冷紗などで緩和できるかもしれない。
土壌条件は,水はけのよい弱酸性~中性土壌として,図2-1の土壌を選定した。土壌条件は,上記土壌のうち,乾性暗赤色土(塩基系)のみを6点とした以外は10点を付した。それ以外の土壌は1点として,適地指標とした。その上で,気候の統合指標と土壌の適地指標を1:1で統合して気候・土壌適地性スコアを算出した。
さらに,傾斜度を図2-1の区分で評価して,気候・土壌適地性と1:1で統合した。ただし,この傾斜度は50mメッシュの平均であるから,山際など傾斜度が高くても局地的にコーヒー栽培が可能だったり,逆に,山頂や尾根付近など,そのメッシュの傾斜度が低くても周りの傾斜が高すぎてアクセス困難だったりするので,この情報はあくまで,気候・土壌適地スコアが高い地点であっても物理的に栽培が難しそうな地点を特定するための参考として見るべきである。
気候データは,農研機構メッシュ農業気象データを用いた。土壌および傾斜データは,沖縄県土地基本分類図を用いた。各指標の作成・統合および地図描画についてはESRI社ArcGIS Pro 3.4 を用いた。また気候データについては,Pythonのrasterioライブラリを用い、バイリニア補間により1kmメッシュを50mメッシュに変換している。
夏の高温ストレス:1年のうちに30度以上になる時間数
冬の低温ストレス:1年のうちに15度以下になる時間数
相対湿度ストレス:1年のうちに湿度85%以上となる時間数
台風スト利こう過去5年間の夏の1日の平均風速の最大値
冬の季節風ストレス:過去5年間の冬の1日平均風速
日射ストレス:1年間で1日の全天日射量が1平米当り25MJ以上となった日数
気候ストレスの評価指標の重みを,台風>冬の季節風>夏の高温>冬の低温>日射>相対湿度の順に高くして,気候ストレスから見た適地性を評価した。
気候ストレスからみると,沖縄本島北部,西表島,石垣島の山間部の適地性が高い。
土壌は,水はけのよい弱酸性~中性の土壌統を選定
土壌条件からみると,沖縄本島中~北部,久米島,石垣島,西表島,与那国島に適した土壌が多い。
気候ストレスと土壌条件を1:1で統合した適地性マップを作製した。沖縄本島北部および西表島の適地性が高い。
さらに傾斜区分の評価:8-15度を最適として,3度以上30度未満を最低とした。
気候・土壌適地性マップに傾斜度を1:1で加えると,最終的には沖縄本島北部や西表島の適性の高いエリアが狭まった。
大宜味村は,コーヒー作から見て気候ストレスがやや低く,土壌も適している。しかし傾斜度が高い土地が多い。
大宜味村で,現在農地として登録されている全筆調査を計画し,水害などもあったが約90%の圃場を目視で調査することができた。
大宜味村は全村的にシークワサーの栽培が盛んだが,村南部は,かつてパイナップルやサトウキビも多かった。現在それらの放棄地が目立つ。シークワサー畑は放棄されている場所が多い。そうした樹園地跡はコーヒー作に適している。
村中部は,シークワサーや類似した柑橘類の生産が盛んで放棄地は少ない。
村北部は,大宜味村では少ない平坦地があるが,その山端の圃場の放棄が目立つ。コーヒー作にも向くことから獣害対策を含め転換が望ましい。
水はけ:コーヒー作で土壌の水はけが良好なことは最重要だが,面積割合で大宜味村の89.1%の放棄地が水はけは良好だった。
防風:コーヒーに強風は大敵で台風と季節風から守なければならない。現在や地形的にあるいは防風林で四面を囲われている放棄地は面積割合で13.2%だった。
日当たり:コーヒーは強い日射を嫌う。面積割合で66.5%の放棄地の日当たりが強い状態にあった。
放棄の状態:放棄地には雑草や灌木が繁茂する。それらを回復するのに重機を要すると思われる放棄地が面積割合で37.3%だった。一方施設果樹跡などビニールハウスの骨組みが残されていて,それを寒冷紗や防風ネットに利用できる場合は,コーヒー作に利用できる。そうした圃場が18筆,面積割合で10.8%見つかった。
水はけ,防風,日当たりの3条件を満たす放棄地は,面積割合で,放棄状態が軽度の放棄地が2.8%,重度の放棄地が1.97%,放棄ハウスが0.7%だった。最も多いパターンは,水はけだけが良く日当たりが強く防風がなされていない放棄地で,面積割合で44.0%だった。
現状で3条件を満たす放棄地にコーヒー作を導入したとすれば,最大2,897本のコーヒーノキの植栽が可能で,日当たりと防風を改善することで最大43,731本の植栽が可能であると試算された。
コーヒー作の沖縄の海・農地・人の再生力に注目し,沖縄県においてコーヒー作を振興するとすれば,どこが適地でどの程度の振興が可能かを試算した。しかし,我々の最終的な目標は,単なる作付けの拡大ではない。沖縄コーヒーのサステナビリティチェーンの構築にある。サステナビリティチェーンは,我々が提唱している概念で,経済的目標を追求するバリューチェーンに,環境・社会目標との整合を求めるもので,そのためのガバナンスが加わる。サステナビリティチェーンのガバナンスを担うのは,特定の主体ではない。バリューチェーンの主活動・支援活動を行う各主体すべてである。各主体が,社会・環境・経済を持続可能に発展させるのだという大義を共有し,実践することがガバナンスとして機能するのである。沖縄コーヒーの場合,この「大義」は,沖縄の海・農地・人の再生である。
沖縄コーヒーは産地形成としてはまだ揺籃期にある。沖縄コーヒーの生産者も,生産を支援する人・団体も,各々が熱い思いで沖縄コーヒーの発展を目指している。しかし,沖縄コーヒーをどのように発展させていくべきかというコンセンサスはできていない。生産者組織の形成も,行政をはじめとした支援活動も存在しないか,あったとしても限られている。
今回の調査で沖縄コーヒーに関わる人々の意思疎通や協力関係の希薄さにやや驚いた。産地形成の揺籃期だからこそ,沖縄コーヒーの実践経験が乏しいからこそ,お互いが協力し,知識や経験を共有しなければならない。そこから信頼が生まれ,協働が生じ,産地のまとまりへと発展するのである。サステナビリティチェーンの構築はその先にある。
沖縄コーヒー関係者の協力関係の希薄さについて,沖縄の気質で説明されるのをよく耳にした。しかしながら,我々はそれだけではなく,やはり沖縄コーヒーの生産性の低さが原因であると考えている。生産性の低さは,原価高を招く。生産原価が高いので,コーヒー豆を高単価で販売せざるを得ない。確かに現在,沖縄産コーヒーは著しい高単価で販売できている。しかし,その需要は限られている。今より何倍も沖縄コーヒーの生産が増えた場合,現在の価格を維持できないかもしれない。すでに一定の生産技術やノウハウを身につけた生産者は自らのそうした知識を共有したくはないはずである。しかも,先進的な生産者は,ほとんど支援を受けることなく自力で今の経営を確立した人達である。そして,新たな参入者は限られた知識だけでコーヒー作を始めなければならず,そうやって沖縄コーヒーの不安定な生産が続けられている。
沖縄コーヒーの安定的生産拡大が進めば,沖縄コーヒーを経済価値に変える方法はいくらでもなる。コーヒー需要は,コーヒーそのものの品質・個性・ストーリーに注目し始めている。沖縄コーヒーに勝機はあるのである。スペシャルティコーヒーと呼ばれるコーヒーはすでに1杯千円を超えることは珍しくなくなった。もしかしたら,生産が増えても沖縄コーヒーの価格はそれほど低下しないかもしれない。それゆえ,沖縄コーヒーの早急の課題は生産の安定化なのである。農業経済・マーケティングを専門とする我々が,慣れない栽培の論文を渉猟し,慣れない地理情報ツールを駆使してまで今回の報告書を作成したのもそのためである。こうした沖縄コーヒーの意義と現状と課題を,先進的な生産者の方々,支援団体の方々,そして行政の方々に理解していただき,散在する沖縄コーヒーの知識と経験を結集して,サステナビリティチェーンとして構築するために,我々ができることを引き続き検討していきたい。
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