ブラジル、ベトナムといった大産地の生産・輸出動向に翻弄され、乱高下を繰り返すコーヒー豆の国際市場(コモディティ市場)ですが、スペシャルティコーヒーの産地として高単価を維持しているコーヒー産地もあります。その一例がハワイ・コナコーヒーです。1960年代までのノンブランド時代を経て、1970年代にブランド産地として離陸します。途中、偽装が発覚したり、産地拡大による品質低下があったり、最近は病虫害の蔓延があったり、その道は決して平たんではなかったですが、長い年月をかけて独自のブランドを築いてきました。
ハワイ・コナコーヒーは世界的に有名なコーヒーのブランドとなっています。ハワイのコナ地域は非常に狭いエリアで、ハワイ島の南西海岸の標高500~2500フィート約2マイルの幅で15マイルぐらいしかありません。世界の輸出量と比べるとわずか0.1%程度の生産量です。しかし、価格はべらぼうに高く、相場としてジャマイカのブルーマウンテンに次ぐ位置にあります。2018年には、ICOのコロンビアマイルドの市場価格が1.36USD/lbだったのに対してコナコーヒーの生産者価格が13.2USD/lb。ほぼ10倍です。すでに1866年にマーク・トウェインが「ハワイ通信」の中で、コナコーヒーを絶賛しているのですが、市場で評価されるのは1970年代以降のことです。それまでは、ほとんどノンブランド産地として、厳しい市場競争の中に置かれてきました。
19世紀にはすでにコーヒー農園ができ始めます。しかし、これまで見てきたように、コーヒーの価格変動というのはとんでもなく、ハワイの人にとっては砂糖の方が魅力だったようです。コナ地域も昔はハワイの他の地域と同様さとうきびを栽培していたのですが、土地条件から機械化に対応できず、仕方なくのコーヒー栽培だったようです。市場の不安定さに操業を停止したコーヒー農園も多く、日本人移民がこれを受け継ぎました。後には、これにフィリピンからの移民も加わりました。1931年には1,300家族が5,500エーカー(2,226ヘクタール)のコーヒーを栽培していました。市場環境が厳しいことに変わりはなく、細々とコーヒー作経営を続けていたようです。日本人移民らのコーヒー栽培も二世代に引き継がれ始めたころ、真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まります。日本人移民は逮捕・投獄され、コナ地区は戒厳令下に置かれました。コナコーヒーにも大きな打撃でした。
戦後、コナ地域の復興が図られ、米国政府は水管理プログラムの導入やコーヒー農家の経済的支援を始めました。コーヒーの生産量は増加し始めました。しかし、国際的な市況に翻弄されるノンブランド産地としての地位は変わりなく、日本人経営も減少していきました。生産量は、1962年をピークに急激に減少します。コナコーヒー協会が設立され、プレミア産地への脱却が図られます。米国政府も市場開拓への研究支援を始めます。
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Kinro, G. Y. (2003). A cup of Aloha: The Kona coffee epic. University of Hawaii Press.
1960年代には、コナコーヒーをなんとかして売ろうという調査研究(奮闘記?)が見られます。
1975年・1976年,コーヒーの国際価格が上昇し始めます。それとともにコナコーヒーの価格も上昇します。1980年代には,国際価格は落ち着くわけですが,コナコーヒーは国際価格にほとんど関わりなく高騰ていきます。1989年のパーチメント価格は3.9USD/lbで,1974年の8倍を超えました。こうした赫々変動は,米国などでのスペシャルティコーヒーへの関心の高まりが指摘されています。
ハワイのコーヒー生産量と生産者受取価格
パーチメント換算,データ:米国NASS
1990年,コナコーヒーの最初の暴落がありました。これは突然の在庫の大量放出によるものです。当時コナコーヒーの大部分を大手加工・流通業者 Superior Coffee Hawaii が買い取っていたのですが,この業者を所有する米国本土のSuperior Coffee/Sara Lee が,ハワイの会社 K.C. Brewer に売却されます。K.C. Brewer は引き継いだ豆の所有しているコナコーヒーの大部分を運搬するコストを削減するために市場に放出しました。
この暴落をコナコーヒーの偽装に関連付ける見方もあります。1996年,カリフォルニアのディーラーが遅くとも1987年には他国産の豆をコナコーヒーとして販売していたことが判明します。コナコーヒー・スキャンダルと呼ばれています。しかし,これは価格が暴落した1990年よりずっと後です。
Nakamoto & Halloran (1989) によると,事件が発覚するずっと前からコナコーヒーの偽装は疑われていました。コナコーヒーは,純粋なコナコーヒーだけでなく,「コナコーヒーブレンド」というコナコーヒーを何パーセントか混ぜた商品も売られていました。さらに,「コナスタイル」というものもあり,コナコーヒーの風味を再現したコーヒーと言うわけです。これだともう全くコナコーヒーではないわけです。
まあそれはそれで消費者がそういうもんだと思って買えばいいわけです。高くても純粋なコナコーヒーが飲みたい人,コナコーヒーのイメージだけ消費したい人,それぞれです。問題は,コナの名称の曖昧な使用が偽装を生んだことです。純粋なコナコーヒーとコナブレンドの販売量から推定されるコナコーヒーのみの販売量は,実際のコナコーヒーの生産量を軽く上回っていることが以前から指摘されていたと言います。
偽装コナコーヒーは本物のコナコーヒーよりも安い価格で販売され,本物のコナコーヒーの販売を圧迫します。思ったよりも価格上昇しないと流通業者は豆を在庫として抱えます。そうした事態が続くと,コナコーヒーに見切りをつける業者も出てくるわけです。事業が売却されると,在庫は市場に放出され,価格が下落します。そういうことだったようです。
カルフォニアのディーラーの偽装事件が1996年に発覚しました。ところがその直後コナコーヒーの価格はむしろ上昇します。折しも国際価格が高騰していた時期だったというのもあるでしょうが,加工業者やロースターによるコナコーヒーの買い急ぎが大きかったようです。業者たちは,偽装コナコーヒーが市場から排除されて,「コナコーヒー」が手に入らないことをおそれたようです。しかし,それは結局過剰在庫を引き起こします。
1996年には3.25UD/lbだったパーチメント価格は,1999年には2.1USDまで下落しました。
偽装事件が起こり,農民のグループが流通業者を相手に訴訟を起こしました。被告リストに載っている業者は報復としてそうした農民の農園との取引を中止します。結果としてコナコーヒーの販路は狭まることになりました。しかしながらこのことは,大手加工・流通業者の売却とともに,多くの小規模農園が協同組合を離れ,加工・販売を統合した生産・販売農園として独立していく契機にもなりました。
1998年,1999年と,コナコーヒーの商号・商標登録数が急増します。ネット通販の拡大は小規模農園がコナコーヒーの加工・販売を自身で行う技術的基盤を与えました。米国ではすでに1994年にYahoo!が設立され,1995年にはAmazon.comが書籍のネット通販を開始していました。生産・加工・包装の省力化技術の進歩もありました。これによりコナコーヒー産業は,多数の小規模農園が生産した豆を大手加工・流通業者が独占的に取り扱っていた時代から,多数の差別化された商品が販売される独占的競争の時代へと変革していきます。2004年段階で,67もの商号・商標がコナコーヒーを取り扱っています。
ハワイ産パーチメント価格とコロンビアマイルド生豆価格の推移
データ:ICO, 米国SAHH
2000年,コーヒーの国際相場は第二次コーヒー危機へと下落していきます。そうした中,1999年に底を打ったハワイのパーチメント価格は上昇を始めます。コナコーヒーは国際相場から独立性を強めたプレミアム産地へのと足固めをしていきます。
1980年代後半のコナコーヒーの価格高騰を受けて,ハワイの他の島でも作付が拡大したコーヒーは,1995年ごろからのハワイ全体の生産量増大をもたらしました。しかし,こうした産地の評価はコナほどではなく,2000年ごろには生産量の拡大も頭打ちになりました。
2003/2004年の収穫期には,ハワイ全体で830万ポンドの収穫があり,そのうちの48%がコナコーヒー(正確にはハワイ島)で,すでに他地域の生産量が上回っています。しかし,生産者価格でのパーチメント販売額の推計値2,407万USDの63%はコナコーヒーが占めており,コナコーヒーの単価の高さがわかります。
コナコーヒーは,その地形的厳しさから機械化や灌漑が容易でなく,ほとんどが天水で数エーカーの規模しかありません。現在でも労働集約的な多数の農園があり,それがコナコーヒーの品質とバラエティを生み出しています。それに対して,例えばカウアイのコーヒー農園は集約化が進み,1つの機械化された農場が島のコーヒー農園の半分以上を占めています。
2001年には,(ようやく?)産地表示の基準が整備されます。産地は「コナ」の他「ハマクア」「カウアイ」「マウイ」「モロカイ」「オアフ」で,ラベルを表示するには,その豆がハワイ農務省が管理する最低品質基準を満たす必要があります。
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ますます販売単価が高まるコナコーヒーですが,2010年ごろから生産量が減少します。これは主に単収の減少が大きく,その理由として病虫害の発生があります。コナコーヒーの品種はコナティピカピカというアラビカ種ですが,アラビカ種は病虫害に弱く,コナコーヒーも,ネコブセンチュウ (Meloidogyne konaensis )やコーヒーノキ葉さび病(Coffee Leaf Rust: CLR)との闘いでした。さらに,2010年にはCoffee Berry Borer またはCoffee Borer Beetle,略してCBBと呼ばれる害虫がハワイ島に侵入し,被害を拡大させているようです。
収穫量の減少については,収穫労働の人手不足も指摘されています。コーヒーは,欠点豆が混じると,他がどんな良質な豆であっても,その品質を台無しにします。コナコーヒーの品質の高さは熟練されたピッカーによる手摘によるところも大きいようです。コナコーヒーが高いのは,そこそこ労働賃金の高いハワイでこんな労働集約的なことをやっているからだと指摘する人もいます。
いずれにせよ,ハワイのコーヒー豆の生産量は減少し続け,価格は記録的な高騰を続けています。
ところでどんな人がピッカーやっているのか調べていたら,こんなYouTubeが上がっていました。