Cup of Excellenceの誕生

コーヒー市場は、価格が乱高下する国際市場(コモディティ市場)とは別に、長い年月をかけてブランドが形成されたハワイ・コナコーヒーのような差別化された市場、そして、カップ・オブ・エクセレンス (CoE) のような品質評価のコンテストで入賞した豆を対象としたネットオークション市場があります。CoEはコモディティ市場に埋もれている高品質の産地・生産者を見出し、世界に知らしめる役割を果たします。CoEで入賞し高い値が付いた豆はどんなに無名な産地でも、無名な品種でも、一躍世界的に有名になる可能性があります。2021年には、アジア(インドネシア)でもCoEが開催され、台湾も非公式なコンテストが行われました。

ブラジルの実験

コーヒーの価格が乱高下し、輸出入の割当制も機能しなくなった1998年、ICOと国際貿易センター(ITC)が一次産品共通基金(CFC)の融資を受けてグルメコーヒープロジェクトを開始しました。そのひとつの取り組みとして、1999年、ブラジルで最高のコーヒーを選定し、それをネットオークションで販売するという試みを行いました。約310の農家が参加し、10の農場から900俵のコーヒーが選ばれました。

選ばれたコーヒーは、1999年12月にネットオークションにかけられました。生産者にはネットで売ることを不安視する人もいたようですが、ITCが最低価格を保証し、オークションは実施されました。48時間続いたそのオークションは大成功だったようで、予想価格の2倍以上の価格で売れた豆もあったようです。ここに、乱高下するコーヒー豆市場とは独立した、高品質のコーヒー豆生産者がその報酬を得られるもう一つの市場が誕生しました。

そしてCup of Excellence プログラムへ

優良な豆を選定しオークションで販売するというブラジルの実験は、Cup of Excellence (CoE) プログラムとして受け継がれました2002年には、非営利組織 Alliance for Coffee Excellence (ACE; コーヒー・エクセレンス同盟?、連合会?)が設立され、CoE プログラムの発展が目指されました。コンテストは参加各国で行われます。事前審査の後、2段階の国内審査、そして3段階の国際審査が行われ、最終的に120回以上のカッピングを経て、トップ10が表彰されます。入賞した豆は、その後インターネット・オークションにかけられ販売されます。

参加国は、ブラジルにグアテマラ(2001年)、ニカラグア(2002年)、エルサルバドル(2003年)、ホンジュラス、ボリビア(2004年)と増え、2021年にはアジアではじめてインドネシアが加わり、14か国となっています。2016年には国内入賞者のオークションも開始されました。2020年には、コンテストと生産者の教育支援を担うCoEとオークションを担うACEが、それぞれ異なるタイプの団体として活動を開始しました。

コンテストとオークションのアイデアは、他の団体でも取り入れられ、例えば、パナマのスペシャルティコーヒー協会(SCAP)も2001年からコンテスト入賞者のオークションを開始しています。2005年にベストオブパナマとして選ばれたエスメラルダ農園のゲイシャ種は、20.1USD/lbで落札され、その名を世界に知らしめました。

公正な値付けと受取価格の向上

CoEの豆は、オークションで最も高い値を付けた落札者に販売され、販売額のほとんどが生産者に渡ります。コーヒーの生産者は零細で流通チャネルが限られている場合がほどんどで、その販売を仲介業者にその販売を委ねるしかありません。そのため販売価格から高い中間経費が差し引かれます。さらに、コーヒー豆の商取引の長い歴史から中間業者間の悪しき商習慣も生まれ、たとえオークションであっても、業者間のカルテル的行為も疑われることがあります。CoEのオークションは、世界中の「真面目な」入札者を集め、透明性の高い値付けをしているとCoEは自賛しています。

コーヒー豆の品質向上

また、高品質の豆を生産する優秀な農家を真っ当に評価し報いる仕組みでもあります。限られた中間業者との取引では、高品質なコーヒーを生産しても正当な評価がなされるとは限らず、最悪、他の豆と混ぜられてその品質は消滅する場合すらあります。CoEオークションの結果は、どのような豆が高い評価を得るのかを生産者に伝えます。それにより、生産者はコーヒー豆の品質を改善する指針を得ることができます。そしてそうしたニーズに応えることで高い報酬を得るという可能性を見出し、生産者の品質向上への取り組み意欲を刺激します。ブラジル・スペシャルティコーヒー協会 (BSCA) 会長のMarcelo Vieira氏は、これを「品質革命」と呼んでいます。「当初は、高品質のコーヒーを生産することに専念する生産者は少数しかいなかったが、現在は数千人にまで成長しました」と。

コーヒー豆・産地のブランド化

CoEで直接恩恵を受けるコーヒー豆は「海の一滴」かもしれませんが、その影響は大きい(Peter Smit, Chief of ITC's Market Development Section)と言われます。その一つが、コーヒー豆産地のブランド化への貢献です。CoEの評価はコーヒー豆のロットに対して行われますが、一旦表彰されたロットの産地は世界にその名前を知らしめることになります。それがどんなに無名の小ロットの産地であろうともです。それはコーヒー豆の品種についても言えます。それまで無名だった産地、無名だった品種が、CoEで入賞して一躍注目を集めるということは茶飯事のようです。

こうしたブランドはCoEの品質評価・オークションの公正さに対する信頼に対する評価でもあるわけです。Traore et al. (2018)の分析によると、CoE入札価格のコモディティ市場に対するプレミアは年を重ねるごとに高まってきているとのこと。つまり、コーヒーの買付人はCoEの豆をより欲しがり高い価格をつけるようになったということです。

さらに、Wilson & Wilson (2014)によると、当初はCoEを開始したいわゆる既存ブランドのブラジルの豆に国名プレミアが発生していたようですが、最近のTraore et al. (2018)の分析では、ボリビア、コロンビア、コスタリカ、エルサルバドル、メキシコがブラジルよりも高い国名プレミアが確認されています。(品質を見極めるカッピングはブラインドで行われますが、オークションは国名が出るので当然国名プレミアが生じます。)さらに、両方の分析とも、大きなロットよりも小さなロットの方が高値が付く傾向にあると指摘しています。つまり、むしろ珍しい産地、多様な産地に買手の関心が向いているということではあるのですが、通常なら品質に不安が残るそれらの豆に高い値を付けるということは、その品質評価が信頼されているということでもあります。

第三波へ

消費者にとっても高い評価を受けたコーヒー豆の産地や品種の多様さを知ることになります。「ブラジル」「コロンビア」とだけ銘じられたコーヒーではなく、「ブラジル・カルモ・デ・ミナスのコリナス農場のブルボン・ナチュラル」を飲んでみたいということになります。いわゆるシングルオリジン、コーヒーブームの第三波へつながります。それまで無個性なコモディティとして扱ってきたコーヒー市場から離れて、こうしたニーズを生みだし、ニーズに応える新たな市場の拡大を促したことになります。

▼出典はこちら

  • 初期のブラジルでの実験をサポートした International Trade Center の見解。CoE立ち上げの説明があります。
    ITC: Coffee Growers Discover That Quality Pays

  • Cup of Excellence のサイト。カッピングの方法、昨年の受賞歴など、詳しい説明があります。

  • Alliance for Coffee Excellence のサイト。入賞した豆のオークションについての情報があります。

  • Specialty Coffee Association of Panama パナマのスペシャルティコーヒーのコンテストとオークションについての説明があります。

  • CoEのオークションの結果を分析した論文

  • Wilson, A. P., & Wilson, N. L. (2014). The economics of quality in the specialty coffee industry: insights from the Cup of Excellence auction programs. Agricultural Economics, 45(S1), 91-105.

  • Traore, T. M., Wilson, N. L., & Fields, D. (2018). What explains specialty coffee quality scores and prices: A case study from the cup of excellence program. Journal of Agricultural and Applied Economics, 50(3), 349-368.