政治的動向:冷戦の終結から新しい冷戦へ
経済的動向:コーヒー生産国の経済発展,日本の経済停滞
社会的動向:行き過ぎたグローバル化からローカル志向・巣ごもり需要へ
技術的動向:コーヒーの病虫害リスク,ロブスタ種の高品質化,商品化の多様化・高度化
制度的動向:スペシャルティコーヒー市場,地理的表示(GI)制度,残留農薬規制
環境的動向:地球温暖化,気象災害の増大,SDGsの波
マーケティングの外部環境を理解するためのフレームワークのひとつで,外部環境を,Politic(政治的),Economical(経済的),Sociological(社会的),Technological(技術的),Legal(制度的),Environmental(環境的)なものの6つに分類して,それがマーケティングの機会となるか脅威となるかを評価しようという試みです。
Kotler( 1998)で出されたフレームワークです。当初PESTまでだったのですが,時代の流れで,これにL(制度的)とE(環境的)が加わりました。
Kotler, P. (1998). Marketing Management -Analysis, Planning, Implementation, and Control, 9th Edition.
コーヒーは政治とは無関係ではありません。コーヒー生産国はアフリカや中南米に集中していて,こうした諸国はかつての欧州国家の植民地であったりして,独立後もその国の発展や安定に一定の責任が求められるという側面がありました。さらに,米国などにとっては,アフリカや中南米諸国の貧困を減らすことは,冷戦下における貧困国の共産化防止の目的もあったようです。
コーヒーの需給動向で,1990年以降,二度の深刻な市況悪化を経験したことを紹介しました。その理由は,主に,ブラジルとベトナムの増産だったわけですが,それだけでなく,国際コーヒー協定(ICA)による輸出割当制度の実質的崩壊というのもありました。なぜ崩壊したかというと,ブラジルなどの勢いのある輸出国がもっと輸出したかったことと,その一方で米国などの輸入国がもっと自由に品質のよいコーヒーを自由に輸入したかったからです。輸入割当制度の撤廃で価格が崩落することははじめからわかっていたと思われます。それでも,輸入国がそれに合意した理由のひとつは,1989年を節目とする冷戦の終結があったからでしょう。冷戦の終結は,途上国の共産化の脅威の軽減を意味します。米国からすれば,コーヒーの買い支える必要性は小さくなったということです。
しかしながら,2022年6月,ロシアがウクライナに侵攻しました。国際社会は一斉にロシアを非難するかと思いきや,中国はロシアを支持した姿勢を見せています。こうした中国の姿勢に対して国際社会は歯切れの悪い批判しかできません.中国は,早くからアフリカなどの多くの途上国への資金援助を通じてその影響力を拡大してきました。こうした動きに,米国や日本も途上国への資金援助を強化する動きを見せています。世界は,民主国家と専制国家との覇権争いへ突入した感があります。
コーヒーはアフリカ,中南米,東南アジアの途上国において重要な輸出品でした。特に零細農家の経済的基盤でした。二度の経済危機は,こうした零細コーヒー農家あるいは労働者の経済基盤を崩壊させたとも言われています。経済発展でコーヒーの経済上の地位は相対的に低下してきている国もありますが,まだまだコーヒーに頼らざるを得ない国,農家,労働者も多数いるようです。この新しい冷戦は,欧米がアフリカ・中南米・アジアのコーヒーを支援する動きにつながる可能性があります。
コーヒーをめぐる経済的動向は,なんといっても生産国の経済発展です.第一次コーヒー危機にあった1990年,ICOに加盟しているコーヒーを輸出している55カ国のほぼすべてが,一人当たりGDPで世界平均を下回っていました。この年世界平均が 4,314USD でしたが,そのうち37カ国は1,000USDを下回っていました。それから30年後の2020年,世界平均の1人当たりGDPは 10,936USD,1990年の2.5倍に増加しました。ICO加盟のコーヒー輸出国の多くが世界の成長率以上の伸びを示し,1人当たりGDP 2,500USD を下回る国が27カ国に減少しました。わずかですが,世界平均を上回る国もいくつか出現しました。こうした経済成長は,コーヒー輸出国の内需を高める可能性があります。コーヒー輸出国の内需が高まると,輸出市場だけに頼るよりも,コーヒー経営は安定します。ブラジルが内需拡大に力を入れる理由でもあります。実際,コーヒー豆の需要動向に示した通り,ブラジルの需要拡大は大きく,今や世界第二位の消費大国です。また,インドネシア,ベトナム,フィリピンの需要拡大も大きく進展しました。
コーヒー生産・輸出国だけでなく,BRICSの経済発展もコーヒー需要に大きな影響があると思われます。特に中国の経済成長は目覚ましいものがあり,茶文化である中国においてコーヒー嗜好が高まれば,世界の需要が大きく変化する可能性があります。
日本国内においては,経済成長の停滞から消費支出は伸び悩み,2022年に入って資源価格高騰と円安のダブルパンチによる物価の上昇が始まっています。コーヒーの価格も高止まりです。し好品であるコーヒーの需要がどうなるかはこれから,というところです。
ICOコーヒー輸出国の1人当たりGDPの変化
(1990年から2020年,データ:世界銀行)
日本のコーヒー消費文化の変遷については日本の消費動向にまとめました。第二波で広まったカフェ文化は,昨今のインスタの隆盛とつながって,コーヒーとは関係あるのかないのか,なんだかよくわからない方向に向かっていますが,その一方で,スペシャルティコーヒー,シングルオリジン,といったいわゆる第三波需要がじわじわ広がっているところです。
そこにこのコロナ禍です。巣ごもり需要とコーヒーは相性はよさそうです。コーヒーミルやケトルやスケーラーを揃え,自分なりのドリップを極めようとする人,コーヒーの自家焙煎に挑戦する人(私も始めました),果ては,新しい働き方を求めてコーヒー店を開業しようとする人まで(あぶないからやめといたほうが...)。ひと頃は,とにかくスピード,手軽さが求められ,インスタントコーヒーをいかにおいしく飲むかというのが,ひとつのキーワードになっていたようにも思いますが,ここに来て,いかにじっくりコーヒーを学び,本物あるいは新しい消費経験を求める消費者が増えてきているようです。
時代は,ひと頃の行き過ぎたグローバル化を経て,ようやくローカルと個性・多様性が評価されるようになってきたような気がします。コーヒーも世界中から最高のものを取り寄せるというのではなく,各産地の特徴や歴史・物語を知り,それらに敬意を払いながら,テロワールを愉しむといった方向に変化してきているように思います。その流れで,沖縄のコーヒーにも日本の消費者が目を向けてくれたらなと思います。
コーヒーはし好品で,いろいろな国でいろいろな品種が栽培され,第三波に至り,近年はその個性が評価されるようになりました。しかし,風味のよいアラビカ種は,ほとんどがティピカ系かブルボン系かに分類されます。これまで産地はコーヒーの風味よりも,病気に強く,多収性を重視して品種改良を繰り返してきました。第三波需要に至り,より原種に近い品種への回帰傾向が出ているように思います。しかし,いずれにせよ,遺伝的多様性が乏しいということは,1本の木から発生した病気が世界中に一気に広がるリスクがあるということです。独自路線でブランド化を成し遂げたハワイ・コナコーヒーですが,現在,病虫害の問題がたいへんだと聞いています。
その一方で,ロブスタ種の高品質化にも注目されます。ロブスタ種は病気に強く,栽培しやすい品種で,世界中で作られています。そもそもロブスタとはrobust,つまり「 頑強な」という意味です。学名はCoffea canephora,「カネフォラ」と言った方が正確なのだそうです。生産量・輸出量が世界第二位となったベトナムでもそのほとんどはロブスタ種です。
しかし,ロブスタ種は,風味が薄く強い苦みがあるため,主に缶コーヒーやインスタントコーヒーなど加工用に利用されてきました。しかし,近年は,高品質なロブスタ種の開発や,深蒸しで苦みを軽減する技術でもって,ロブスタ種の高品質化が図られているそうです。そもそもエスプレッソなどはクレマと呼ばれる泡立ちが求められますが,あれはロブスタ種の方が向いているのだとか。なので,イタリアでは品質の良いロブスタ種も好んで飲まれているのだそうです。
そのインスタントコーヒー...,インスタントコーヒーの品質は向上しています。コーヒーにそれほどこだわりがない人にとっては,コーヒーをドリップするのはちょっと手間です。飲みたいときにすぐ飲めるインスタントコーヒーはとても便利です。「でも,結局味がなあ~」と言っていた人にも,フリーズドドライなどの技術の発達で,これどっち?と思わせるようなものも出てきています。ネスレ社が頑張って推進したネスプレッソという小型コーヒーマシーンの普及は,さらにロブスタ種の活用場面を広げる気がします。(内食需要の変遷)
一方で,日本ではコンビニコーヒーの勢いがすごいです。コンビニコーヒーが日本のコーヒー需要を押し上げました。コンビニコーヒーは回転が速いので,もしかしたらホテルのコーヒーよりおいしいかもと言う人も。1杯100円がレギュラーのコンビニコーヒーですが,コンビニ設置のマシーンとマネジメント技術で,プレミアム商品としてシングルオリジンをだすポテンシャルはいくらでもありそうです。過去には,ローソンがブラジルのブルボン種を投入していたし,セブンイレブンもコロンビアのスプレモを提供しています。(中食需要の変遷)
外食需要では,街角のコーヒースタンドで高品質コーヒーをひっかけるといった飲み方がさらに普及するかも。そこで提供されるのは,個性を活かしたシングルオリジン系のコーヒーで,くつろぎや映えではなく,コーヒーそのものの風味に関心が向く可能性があります(外食需要の変遷)
▼ロブスタ種の高品質化の一例
1980年代後半,かつて世界のコーヒー豆貿易のバランスをとっていた輸出割当制度は実質的に崩壊しました。(コーヒー豆の価格変動)それが復活する可能性は限りなく低いと思われます。関税は,輸出国と輸入国が分離しているのであまり問題になりません。コーヒー豆は,ブラジルとベトナムの豊凶に左右されがちな完全競争に近いコモディティ市場と,それから独立したスペシャルティコーヒー市場が併存していくと思われます。(Cup of Excellence の誕生)コーヒー産地が熾烈な競争を抜け出すには,コーヒー豆の個性を引き出し,どうマーケティングしていくかが肝要となってきます。
そうした動きを裏付ける形で普及が進んでいるのが地理的表示(GI)保護制度です。近江牛とか,八丁味噌とか,万願寺とうがらしとか,...その地の特産として認められ,他所で生産してもそれを名乗れないようにした制度です。EUは昔からこういうのを大事にしてきましたが,日本でも最近取り入れました。日本の食品も輸出拡大を目指しており,日本の食品のブランド保護という目的があります。同時に,日本の消費者は産地を気にする人がとても多く,海外からの輸入品のGIも重視されるようになっています。WTO加盟国間では最低限保護され,EPAなどではその取り決めの大きな一つとしてGI保護をどうするかが話し合われたりするようです。GI保護制度の普及は,風土(テロワール)との結びつきを重視するスペシャルティコーヒーの需要拡大には追い風となります。同時に,(まだまだこれからですが)沖縄のコーヒーのブランド保護にもなるはずです。
一方,コーヒーは,病虫害に弱く農薬は結構使われます。輸出する際に,カビなどの予防で燻蒸もなされるそうです。ということで,コーヒーの残留農薬について結構気にする人もいます。日本は,2006年,食品衛生法が改正され,残留農薬規制がネガティブリスト制からポジティブリスト制に移行しました。ネガティブリスト制というのは,残留していてはいけない農薬を予め決めて,それに引っかかった場合は流通させないという制度です。これだと,リストにないやばい農薬を規制できません。これに対してポジティブリスト制は,この量なら残留してもよい農薬を予め決めて,それ以外の農薬が見つかった場合は流通させないという制度です。これだと,まだ規制がかかっていない農薬も取り締まれます。ポジティブリストは作物ごとに決められますので,生産者は,どの農薬をどれだけ使ってよいかをしっかり確認して使用しないと,たとえ危険性が低くても検査ではねられる可能性があります。コーヒーの生豆もポジティブリスト(前日本コーヒー協会)があり,抜き取り検査などが行われ,この半年(令和4年4月~9月)で5件の違反事例が報告されています。そのうち4件が生豆で基準値違反ですが,もう1件焙煎豆で,韓国で焙煎されたデカフェにポジティブリストのに沿わない農薬があったようです。いずれも検疫所で全量が保管され,積み戻しあるいは廃棄が命じられています。(厚生労働省「輸入時における輸入食品違反事例」)そんな感じで,けっこう厳しい残留農薬基準があって,抜き取り検査とはいえ検査もされていて,焙煎すると農薬もだいぶ高濃度でない限りほとんど消滅するようなので(坂本勝志他「コーヒー豆の焙煎工程における農薬の挙動」),まあ安全なのでしょうが,それでも心配な人は心配なようですので,やはり「国産」に対する安心感は強みかもしれません。
また,コーヒーといえばカフェインで,カフェインに対する規制も厳しくなっているようです。しかしながら,このカフェイン規制は,添加物やエナジードリンクとしてアホみたいにカフェインを摂取する欧米人に対する表示規制の段階で,それについてもコーヒーは規制外となっているので,あまり関係はなさそうです。(食品安全委員会資料)
地球温暖化というのは,もはや世界中で周知の事実となっています。2018年に出された IPCCの報告書 「1.5℃の地球温暖化:気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から 1.5℃の地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関する IPCC 特別報告書」(長い!)は,1800年代の産業革命以前と比べて人為的な要因により1度以上の気温上昇があったと結論付けています。特にこの10年の地球の平均気温は観測史上最も高いのだとか。
それはそれで問題なのですが,短絡的に考えると沖縄のコーヒーにとっては必ずしもマイナスではないようにも思えます。沖縄はコーヒー栽培の北限近くにあり,コーヒーの適地を北に押し上げるかもしれません。しかし,コーヒーはあまり強い日差しは好まず,温度も20度ぐらいで,一日の寒暖差が大きく,でも冬場はそれほど温度が下がらないところだそうで,赤道近くの標高の高い所の品質がよいとされています。沖縄は,夏は日差しが強いですが,冬場は結構気温が下がります。地球温暖化がプラスに働くとしたら,冬場の気温の上昇といったところかもしれません。
しかし,地球温暖化は気象災害にも影響します。特に最近の台風はえげつない強さになることが多いです。沖縄はしばしば大型の台風に襲われ,しかも沖縄付近ではスピードも遅いので,農業にとっては厄介です。中南米のコーヒー産地もしばしばハリケーン被害に遭いますが,沖縄の台風はコーヒーを振興する上では最大の懸念と言ってもいいのかもしれません。地球温暖化は,沖縄のみならず,世界のコーヒー産地のリスクを高めているように思います。
地球温暖化は環境がコーヒーに与える影響ですが,一方で,コーヒーが環境に与える負荷もあります。コーヒーにもSDGsの波は来ています。コーヒーの産地は,アフリカや中南米,東南アジアといった熱帯雨林と重なる地域が多いので,こうした自然環境を破壊したモノカルチャーへの批判があります。同時に,そうした自然破壊は,コーヒー生産者・労働者の貧困も原因だとして,生産国の社会経済問題にも目が向けられるようになってきました。カエルのマークの「レインフォレストアライアンス」は,コーヒー栽培と生物多様性保全との調和をめざし,同時に児童労働などへの厳しい目がむけられています。大手コーヒー業者がこうした認証コーヒーを積極的に扱うようになりました。UCCも,2022年8月,2030年までに100%サステナブルなコーヒーを調達すると宣言をしたようです。