焙煎というのは化学反応で,どこでどんな反応が起きているか知っておくと,焙煎方法の改善になるかもと思って手に取ったのが旦部(2016)。ブルーバックスという新書版ですが,これがなかなかどうして,がっちり情報が入っていました。なぜ焙煎は急ぎすぎず遅すぎずと言われるのか,最初の水抜きが難しいのか,水洗いをしてから焙煎しているとダブル焙煎がしたくなるのか,理屈からわかりました。とはいえ,化学が苦手で,書いてあることを正確に理解しているかどうかは全く定かではありません。なので,以下の記述にはだいぶ誤りがあるかもしれません。あくまでも個人的メモとして,正確な記述は原本を読んでいただきますようお願いします。
▶ 旦部幸博 (2016) コーヒーの科学「おいしさ」はどこで生まれるのか(ブルーバックス),講談社
旦部(2016) p185 には,「焙煎の進行とガラス移転現象」という興味深い図解があります。焙煎前の生豆の水分量はだいたい12%前後なのですが,この時はカッチカチでこうした状態をガラス状態と呼んでいます。これに熱を加えると,そのうち豆が柔らかく膨らみます。この状態をゴム状態と呼んでいます。熱を加え続けると,豆からどんどん水分が抜けていき,再びガラス状態へ。一旦豆はしぼんでシワシワになるのですが,さらに温度の上昇とともに豆の細胞内の気泡が膨らみ豆の皺が伸びていきます(内圧上昇)。そして1ハゼ,さらに2ハゼが起きるというのです。
旦部(2016) の「焙煎の進行とガラス移転現象」:矢印曲線は焙煎が辿った含水量と豆温度の軌跡。原本には温度および含水量の目盛および焙煎時間が記入されているが,この図では省略しています。
焙煎で難しいのは,このゴム状態をいかにうまく通り抜けるかのようです。この間の焙煎は豆から水分を飛ばすので「水抜き」と呼ばれたりします。水抜きがうまくいくと,生豆中のクロロゲン酸があまり減少せずに,1ハゼ辺りでCQL(クロロゲン酸ラクトン)を生成するようです。このCQLは,一番コーヒーらしい苦みを出す成分なのだそうです。また,水抜きの段階で,加水分解が起こり,タンパク質はアミノ酸へ,多糖類は単糖類となるそうで,特に含硫アミノ酸は糖類と反応してFFT(2-フルフリルチオール)を生成するのだそうです。FFTはコーヒーらしい焙煎香の主要成分ということです。また,精油中の配糖体が分離し,これが前駆体となって1ハゼ辺りからコーヒーの複雑な香りを生み出しやすくなるのだとか。
水抜きがうまくいった場合の焙煎経路:旦部(2016)の説明はたぶんこういうことだろうという図解。
焙煎を急ぎすぎると,生豆内部の水分が抜けずに表面だけ焦げてしまいます。そんな生焼けの豆はエグくて飲めたものではありません。だからといってあまりにもゆっくり加熱すると,これまた渋酸っぱい香りもないコーヒーになってしまいます。生焼けがおいしくないのはわかるけど,長時間焙煎の何が悪いのか,旦部(2016)の説明を読むと,どうも「高温多湿」が長いとクロロゲン酸の加水分解が進み渋みや酸味や蒸れた臭いが強くなるということです。
つまり,高温多湿状態に置かれると,クロロゲン酸が加水分解され,カフェー酸(渋み)とキナ酸(刺すような酸味)が増すのだそうです。クロロゲン酸は1ハゼ辺りでコーヒーらしい苦み成分であるCQL(クロロゲン酸ラクトン)になってほしいのに,キナ酸やカフェー酸になってしまうと,CQLは減少してして味の薄いコーヒーになってしまいます。コーヒーの味が薄いのに渋酸っぱいというオマケつきです。さらに,糖類とアミノ酸からアルデヒドが生成され,蒸れた臭いも加わるというのです。
水抜き段階で高温多湿状態に長く置かれた場合:旦部(2016)の説明はたぶんこういうことだろうという図解。
ということは,含水量の多い豆は焙煎しにくいということです。また,固くて大きい水が抜けにくい豆も難しいです。ましてや私のように一旦洗ってから焙煎する人は水抜きで失敗する可能性が非常に高いことになります。
そこで一旦水抜きだけのために加水分解しないような低温で焙煎して含水量を思いっきり減らしてから,再び焙煎するというダブル焙煎という方法があるわけです。水洗い焙煎している人がダブル焙煎に向かうのは必然かと思うわけです。
しかし,このダブル焙煎,2回も焙煎しないといけないので結構手間です。豆の含水量を減らすだけなら食品乾燥機を使えばいいじゃないか!という発想も至極当然かと。
・・・ということで,最近水洗いダブル焙煎から水洗い食品乾燥機焙煎へ移行中!
結果は乞うご期待。
旦部(2016)にはたくさんの化学的記述が出てきますが,化学に弱い私には一向に頭に入ってきません。なので,以下のようにメモしました。たぶん間違いもたくさんあると思いますので,正確には原本を。
苦味生成反応(正式名称ではないようだが):クロロゲン酸 =1ハゼ⇒ CQL(クロロゲン酸ラクトン ) =2ハゼ⇒ VCO(ビニルカテコール・オリゴマー) :コーヒーらしい苦み
メイラード反応(アミドカルボニル反応,褐変反応):糖類+アミノ酸 =1ハゼ⇒ ピラジン(一般的な焙煎香),アルデヒド(蒸れた臭い) =2ハゼ⇒ メラノイジン(高分子の褐色色素)
カラメル化:糖類 =熱分解⇒ 有機酸,フラン類(綿あめ香,キャラメル香) =1ハゼ⇒ カラメル
その他の複合反応:FFT(フルフリルチオール)(コーヒーらしい焙煎香)
カフェイン: 苦み成分の1~3割。水に溶けやすく,後に残らないすっきりとした苦味。薬理的なおいしさ(※)を感じさせる。※味覚や嗅覚を飛ばしていきなり快い感覚を感じさせる。コーヒーには閾値(0.01%)の10倍ぐらいの濃度。熱に強く,焙煎で分解されたり,他の化合物と反応したりしない。178℃の昇華点を持ち,130℃以上で徐々に気体になって豆から抜けるが,その量は5~10%とごくわずか。
クロロゲン酸ラクトン(CQL):VCOとともにコーヒーらしい苦み成分。クロロゲン酸の分子内脱水で生成。カフェインの10倍ぐらいの苦み。コーヒーには閾値(0.001%~0.002%)の40倍ぐらいの濃度。水抜きの時に「高温多湿」が長く続くと減少(代わりにカフェ酸:渋み,キナ酸:酸味が増す)。浅煎り~中煎りに多い。
ビニルカテコール・オリゴマー(VCO):CQLとともにコーヒーらしい苦み成分。CQLが熱分解してキナ酸ラクトーンが出来て,これとカフェー酸がフェノール酸とCO2を離脱させながら縮合することで生成。苦味,閾値,コーヒーの濃度もCQLとほぼ同じ。中煎り~深煎りに多い。
ジケトピペラジン類:黒ビールやカカオの苦み成分。
コーヒーメラノイジン:コーヒーの色を生み出す褐色色素群の苦み。肉や野菜の焦げに似ているがクロロゲン酸が加わるところが違う。水溶性。C(黄褐色)→B(赤褐色)→A(黒褐色)。苦味は弱く,CとBの段階では比較的おいしいが(良いお焦げ),Aまで来ると苦渋味(悪いお焦げ)。
クロロゲン酸:生豆にも含まれる。渋みが強め。加水分解されてキナ酸へ。分子内脱水されてCQLへ。
カフェー酸:クロロゲン酸の加水分解で発生? 渋みが強め。
リンゴ酸:完熟手前のリンゴのような収斂味。
クエン酸:柑橘類のような酸味。
酢酸:食酢。揮発性があり鼻に抜ける。
キナ酸:キウイフルーツに多い。シャープな酸味。
コーヒーの酸味はこれら有機酸の総量とpHの低さによるもの。焙煎でショ糖などが分解されて有機酸が増加。浅煎り~中煎りでピーク。それを過ぎると熱分解あるいは揮発で酸味は減少。
2-フルフリルチオール(2-フルフリルメルカプタン,FFT):一番コーヒーらしい焙煎香。。コーヒー香料にも使われる。焼いた牛肉や鶏肉の香ばしさ。ボルドー赤ワインにも。高濃度だと嫌な臭いとなる。含硫アミノ酸と糖類を加熱した時に生じる含硫化合物。この含硫アミノ酸はシステインプロテアーゼ阻害タンパクの一種「コーヒーペプチド」と言う形で生豆に存在。
アリキルピラジン類:アミノ酸と糖類によるメイラード反応で生成。コーヒー以外の一般の食品とも共通する焙煎香。焼いた肉・魚・野菜の焦げ臭,チョコレートやカカオ豆の香り,煎ったナッツの香ばしさ,味噌汁や醤油の香り,腐植土の土臭さ。アルカリ性で生成されやすく,ショ糖→有機酸が少ないロブスタで生成されやすい(ロブスタ臭)
メトキシピラジン類:生豆に含まれ,焙煎しても量は変わらない。ピーマンや生のジャガイモ,豆類を思わせる青臭さや土臭さ(「ポテト臭」と言われる)焙煎したら他の香りで隠れるが,ルワンダあたりの中央アフリカの豆には時々強烈なのがある(カメムシ害が疑われる)
アルデヒド類:すえたような感じの汗臭さ,ケトン類:脂っぽい体臭。焙煎が生焼けになった時に出る「蒸れた臭い」。香水や高級チョコレートに使われる「官能的な香り」でもある。
フェノール類:深煎りでクロロゲン酸の熱分解で生成。グアヤコール:正露丸の臭い。バニリン:バニラの香り。
フラノン類:糖類が加熱されて生成。中煎りをピークに深煎りで熱分解・揮発し減少。フラネオール:綿あめの匂い。ソロトン(キャラメルフラノン):キャラメルやメープルシロップの匂い。
リナロール:若干癖のある柑橘系の香り。アールグレイ紅茶の香り付けのベルガモットに含まれる。
モノペルテン類:オレンジやレモンの香り。揮発性が高い。ミントの仲間に多く含まれるものがあるが,品種や栽培条件で成分が大きく変動する。ゲイシャの香りもこれ?
3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート(MMBF):カシスの代表的な香り成分。ワイン・ソービニヨン・ブランの「猫のおしっこ」の匂い。プレニルアルコール(精油成分)+含硫アミノ酸(コーヒーペプチド)+ギ酸(←ショ糖の加熱分解)の焙煎中の反応。ケニアのSL28・SL34,耐乾性品種?鉄分の多い土地?
イソ吉草酸エチル(3-MBEE):発酵豆に含まれる異臭。熟したフルーツやワイン,花を思わせる甘ったるい香り。モカの香りはこれか?