おいしいコーヒーと言えばアラビカ種ですが,このアラビカ種,今主流となっているほとんどの品種はティピカとブルボンというわずか種類から派生したもので,実はコーヒーはあまり多様性がないのです.全く系統の異なるゲイシャがバカ受けしたのもそのせいでしょうか.場所も選ぶし病気や害虫にも弱いというので,東ティモールで見つかったロブスタとの交雑種など,新たな品種改良が始まっています.沖縄の低標高や暑さに強い品種はないのでしょうか...
アラビカ種のみ。出所:田口(2011)を簡略化して作成
アカネ科コーヒーノキ属とされる植物は129種類あるそうですが,飲用として生産されているのは,アラビカ種(Coffea arabica)とロブスタ種(カネフォラ種,Coffea Canephora)がほとんどで,ほんの一部リベリカ種(Coffea lierica)というのも栽培されているそうです。その中でも,アラビカ種の風味が優れ,ドリップコーヒーとしておいしく飲んでいるのはほとんどがアラビカ種です。
アラビカ種は,現在の南スーダンにあたる地域のどこかでロブスタ種とユーゲニオイデスという野生種とが交配して生まれたと言われています(Hoffmann, 2018) 。隣のエチオピアには,アラビカ種が自生しているそうで,野生種や半野生種が Heirloom という名称で売られていたりします。
15世紀ごろの,イスラム教の修行者たちの飲み物としてイエメンで栽培されるようになったアラビカ種は,オスマン帝国時代,栽培が奨励されると同時に,コーヒー生産を独占するために持ち出しが禁じられました。しかし,人気がある農産物の品種はだいたい盗み出される運命にありますね。アラビカ種のひとつティピカが17世紀にインドに流出。それをオランダがインドネシアに持ち込み,さらにオランダ領ギアナで栽培を開始。オランダ領ギアナと仲の悪かったフランス領ギアナがこれを盗み出し,関係が悪化した両国を仲裁に来たブラジルの大使がこっそり持ち帰ったのだと(笑)。このティピカがリオデジャネイロあたりで大規模栽培され,世界一のコーヒー大国となる原動力となったそうです。このティピカは,ブラジルでは「コムン」と呼ばれています。ちなみに,ハワイ・コナもティピカです。
盗まれたティピカに対してブルボンは,18世紀にイエメンからフランスに正式に贈られたもので,これを当時フランスが開拓していた新植民地のマダガスカル東沖のブルボン島(レユニオン島)に持ち込み栽培に成功したのだとか。19世紀には,ブラジル・サンパウロに伝わりました。(以上,田口(2016))
ちなみに,全くの余談ですが,ブルボンとバーボンは両方とも "Bourbon" で一緒です。ブルボン島はフランス・ブルボン朝のルイ13世が命名したもので,そこで栽培されたアラビカ種がブルボン。バーボンウイスキーは,アメリカ独立戦争の時に,ブルボン朝がアメリカに味方したことに感謝した後のアメリカ大統領ジェファーソンがケンタッキー州の一部を(アメリカ読みの)バーボン郡と名付けた。そのバーボン郡で生産されたウイスキーだからバーボンウイスキー(以上,Wikipedia)。とりあえず両方ともブルボン朝に由来があったということです。ちなみに,新潟のお菓子メーカーのブルボン(旧北日本食品)は,昔,インスタントコーヒーを製造販売していたことがあり,その時にコーヒーに合うお菓子ということでブルボンのブランドをつけたとか。このブランド名の方が有名になったもので,今の名前に変更したらしいです(ブルボンHP)。だから,お菓子のブルボンはバーボンではなくブルボンなんですね。
アラビカ種の遺伝的類似性:AFLP法による遺伝子型の類似性をJaccard係数で評価したもの.Anthony et al.(2002) が出典だが,ここで示された解析結果をおおよそ模写したもので,正確ではありません.なので,横軸のスケールも示していません.「なんとなく,こんな感じ」と理解してください.
RDRY-...は,国際植物遺伝資源研究所(IPGRY)のコレクション,E-...はFAOのコレクション,ET-はORSTOM(仏・科学技術研究局?)のコレクション.
アフリカ,中南米,東南アジアと広く生産されるアラビカですが,実はそのほとんどがティピカ系かブルボン系というわけです.しかも,そのティピカとブルボンの差異もそんなにない.というわけで,アラビカの遺伝的多様性は著しく乏しいです.シングルオリジンが流行りの第三波コーヒーブームですが,ワインなどと比べると,品種の差というのはそれほどないというのが通説のようです.遺伝的多様性に乏しく,さらに産地がブラジルやベトナムに集中化しているというのは作物としてはあまり良いことではありません.病虫害リスク,気候変動・自然災害のリスク,地政学的リスク,等々.国連のFAOなどが様々な作物の品種をコレクションしていますが,こうした中から,あるいはエチオピアhairloomなどから新たなコーヒー品種を掘り起こすなどして,コーヒーの多様化を促す努力も必要でしょう.
そのような中で,ゲイシャはかなり特異な位置にいます.2005年,パナマのオークションで,エスメラルダ農園のゲイシャが20USD/lb.で落札され,世界から注目を浴びます.さわやかな酸味を持つフルーティなコーヒーは,現在の第三波のトレンドをけん引しているように思います.「レモンティ飲んどけば」というコーヒー通からの悪口も聞かれたりしますが,コーヒーの多様性をひとつ広げたという意味では大きな貢献だったかもしれません.
一方,耐病性からはカティモールが注目されています.東ティーモールで発見されたアラビカ種とロブスタ種との自然交配種ティモールハイブリッド( Hibrido de Timor)は,本来交配できない四倍体のアラビカ種と二倍体のロブスタ種が,四倍体に突然変異したロブスタ種と交配したと思われています.この新品種はコーヒー生産者を悩ませるさび病やベリー病に耐性を示しました.四倍体となればこっちのもので,耐病性がありながら飲料として品質のよい交雑種が試されています。カトゥーラを掛け合わせたカティモールが有名です.他にもカトゥアイ,ビラ・サルチなどの交雑種も出されています.
さび病耐性,ベリー病耐性,センチュウに対する宿主耐性,干ばつ耐性を持ちながら,飲用として高い品質を持つ品種を求めて,各国で様々な品種開発が行われています.沖縄でいえば,標高の低い夏に30度超えるような所でもうまくできるアラビカ種ができればよいのですが...
突然変異して四倍体となったアラビカ種はもともと多様性が豊富というわけではありません.しかしながらエチオピアは,アラビカ種の遺伝資源の宝庫です.耐病性品種は,エチオピア以外の品種との交雑の方がよかったりするようですが,やはり高品質な品種となるとエチオピアの遺伝資源に頼るようです.そうしたエチオピアの宝庫が,エチオピアの人口増加による森林伐採に脅かされていると言います.Bioversity Internationalと Inter-African Coffee Organization が遺伝資源保護イニシアティブを提案しているとかで,なんとかしないといけないのでしょう.(以上,Vossen et al.(2015))
▼引用文献
Anthony, F., Combes, M. C., Astorga, C., Bertrand, B., Graziosi, G., & Lashermes, P. (2002). The origin of cultivated Coffea arabica L. varieties revealed by AFLP and SSR markers. Theoretical and Applied Genetics, 104(5), 894-900.
Hoffmann, J. (2018) The World Atlas of Coffee, National Geographic(丸山健太郎 日本語訳監修, ビジュアル スペシャルティコーヒー大事典,ナショナルジオグラフィック,2020年)
旦部幸博 (2016) コーヒーの科学「おいしさ」はどこで生まれるのか(ブルーバックス),講談社
Van der Vossen, H., Bertrand, B., & Charrier, A. (2015). Next generation variety development for sustainable production of arabica coffee (Coffea arabica L.): a review. Euphytica, 204(2), 243-256.