コーヒーの生豆には,焙煎によってコーヒーの香味となる様々な水溶性の化合物が含まれているそうで,洗うとこれらが流れ出てしまいますね。つまり,洗うとコーヒーの味は落ちてしまうということです。しかし,どうしても洗いたいので,洗うなら低温(せめて20℃以下の常温)で短時間(30秒以内)で洗いましょう!
洗っているうちにチャフがふやけて落ちます。土鍋焙煎では,ナチュラルの豆なんかはチャフ取りがたいへんな作業なんです。焙煎前に徹底的に洗うと,チャフがほとんど落ちて,焙煎の時はほとんどチャフを気にしなくてよくなります。これは楽です! また,豆がピカピカに洗われて,「この豆,ウォッシュトだけど,どんな水で洗ったんだ?」とか,「どんな干され方してたんだ?」とか,衛生環境についての不安が洗い流されます(気分の問題ですが)。とはいえ,徹底的に洗うわけですから,ナチュラルだろうとハニープロセスだろうと,みんなウォッシュトになってしまいます(笑) しかしですよ。本当のウォッシュトだといいのだけれど,このウォッシュト,味がスカスカなんですね。悲しいくらい・・・。
徹底的に洗った豆を焙煎すると,確かに味はすっきりします。しかし,この「すっきり」,全然おいしくない。ボディがなく,口当たり(マウスフィール)が薄く,香味も軽く平坦ということ。一言で言うと味がない!京都では,年に一度,京都の12自家焙煎店が共同でコーヒーの飲み比べができる「12のコーヒーめぐり」(外部リンク)というのをやっておられます。同じ豆を12のお店がそれぞれ焙煎して提供されます。会場に行かなくても,12種類の豆だけ購入することもできます。一度,これを購入して,ブラインドでカッピングしたことがあります。その中にがっちり洗った豆も混ぜておきました。酸味,甘味,コク,フレバー,各お店ごとにいろいろな味わいがある中で,1つだけ,
「あ,味がない!」
と思った豆が。それが長時間洗浄した豆でした。それまで味の薄さを豆のせいにしていただけにちょっと衝撃でした。洗うとこんなに味が落ちるんだ。ということで,それ以来長時間洗うのは止めました。
それで科学的にはどう言われているかというと,水溶性である単糖類・二糖類が流出しやすくなり,コーヒーの香ばしさや甘味が抜ける原因となるようです。また,一部の有機酸が流出し,コ一ーヒーの「明るさ」「ジューシーさ」「香味の複雑さ」が消えやすくなります。さらに,水溶性の多糖類も流出すると,まろやかさや後味がなくなり,印象の薄いコーヒーになるそうです。
単糖類のブドウ糖(グルコース),果糖(フルクトース)は,生豆には微量しか含まれていませんが,水洗いで真っ先に流出するようです。またしょ糖(スクロース)も長時間あるいは高温になると流出し始めます。
糖類は,焙煎の高温で分解・反応消失するので,それらがコーヒーの甘味となるわけではないです。コーヒーで感じる甘香ばしさやチョコ感はフルフラールやピラジン類といった香味成分によるもの。こうした香味が甘さを連想させる(錯覚させる)とも言われています。(ということは,鼻つまんで飲んだら,甘さを感じない?)糖類は,焙煎中のメイラード反応やカラメル化反応において,こうしたフルフラールやピラジン類の生成に寄与します。
ブドウ糖や果糖は水溶性で流出しやすいですが,高温(30-50℃)になるとより速く流出し,香ばしさも甘さも感じないコーヒーになってしまいます。しょ糖は10-20℃では流出リスクは少ないが,50℃で1分以上浸けとくと流出がひどく,焙煎でスカスカ感を実感できるほどダメージがあるようです。
有機酸は,コーヒーの「明るさ」「ジューシーさ」「香味の複雑さ」に寄与します。水洗いで特に影響を受ける有機酸は,クエン酸とリンゴ酸。クエン酸は,明るい酸味や爽やかさ,柑橘系の香味に寄与します。リンゴ酸は,フルーティーさ,ジューシー感に寄与します。
クエン酸は洗浄が短時間でも流出し始めます。リンゴ酸もそれに次いで流出しやすいとか。水温20℃以下だとあまり問題にならないが,30℃以上で細胞壁の膨張や透過が促進され,有機酸の流出が始まり,50℃以上になると溶出が急増するようです。
最近は,こうした「明るさ」「ジューシーさ」「香味の複雑さ」が受けているようですが,洗いすぎると,「平板」な印象のコーヒーになってしまいます。
また,酢酸については,そもそも揮発性が高く,焙煎で飛んでしまうが,浅煎りのコーヒーについてはいくらか残っていて酸味の立ち上がり(最初に感じる酸のインパクト)に寄与するようです。酢酸は,水溶性なので水洗いでも流出し,こうした立ち上がりを鈍くするようです。
ちなみにクロロゲン酸については,水では流出しにくく,そのまま残るようです。
コーヒーには,ガラクタン,マンナン,ペクチンといった水やお湯で部分的に溶解・膨潤するものがありますが,水洗いで問題になるのは,アラビノガラクタンという多糖のようです。アラビノースとガラクトースを主構造に持つ物質で(と言われてもよくわかりませんが),コーヒーの口当たりの丸みや甘味の持続感に寄与するようです。これが無くなると,よく言うと「すっきり」した味になるが,悪く言うとクリーミーさやボディの無い軽い味になってしまうようです。甘味の余韻も低下します。
アラビノガラクタンは,生豆の表面や細胞壁の外層近くに存在していて,分子量は小さく,水に対して高い親和性があり,温水洗浄だと短時間でも徐々に溶出してしまいます。
カフェインというのは,コーヒーの香味そのものには影響しません。ただし,お酒のアルコールと一緒で,入っていないと寂しい成分です。「コーヒーの科学」の旦部さんは,これを「薬理的おいしさ」と呼んでいますね。
カフェインは,熱には強く,180℃超の焙煎でもその分解・揮発損失はわずかですが,溶解度が高く,50℃の水で長時間洗えば,溶け出す可能性が高いです。デカフェのコーヒーがそうでなるように,洗いすぎたコーヒーは,なんだか寂しいコーヒーになってしまうということですね。
▼参考文献
アラビノガラクタン: Oosterveld, A., Harmsen, J. S., Voragen, A. G. J., & Schols, H. A. (2003). Extraction and characterization of polysaccharides from green and roasted Coffea arabica beans. Carbohydrate Polymers, 52(3), 285-296.