2.7.1 プレプリントとは
プレプリントとは、雑誌での査読を受ける前の論文原稿を指します。
プレプリントを公開するプラットフォームはプレプリントサーバと呼ばれ、その嚆矢として、1991年にロスアラモス国立研究所で開設されたarXivが有名です。現在、arXivはコーネル大学を中心に世界各国の協力を受けて運営されています。物理学、数学、情報科学系の分野においては、研究者がarXivにプレプリントを公開して、同分野の研究者と意見交換することが定着しています。
2.7.2プレプリント公開に対する認識
プレプリントは査読を受ける前の状態のため、信用性や信頼性が低いとみなされることがありますが、公開に対しては次のようなメリットがあると認識されています
・早い段階から、査読者に限定されることなく、広く研究コミュニティに読んでもらえるため、迅速にフィードバックを得られる。
・無料で公開できるため、予算の少ない若手研究者であっても、研究成果の可視性を高められる。
・雑誌への投稿に比べて、公開までの時間が圧倒的に短いため、先取権をとることに役立つ。
一方で、一部の学術雑誌のポリシーでは、プレプリントを先行出版とみなし、プレプリントの公開を認めていません。
2.7.3 プレプリントの増加
arXiv が開設された1991年以降、他の分野でもプレプリントサーバが開設され、2015年にかけて少しずつその数を増やしていきました。その後、米国の非営利団体 Center for Open Science(COS)が開発した Open Science Frameの普及と、COSによる支援にともない、2016年から2019 年にかけて 急激にプレプリントサーバの開設が増加しました。その状況は「プレプリントサーバの第二波」とも呼ばれています。(表2参照)。しかしながら、2020年からの有料化にともない、一部のプレプリントサーバは別のサービスへ移行、または閉鎖されています。
プレプリントサーバの運用元は、大学、学会、出版社など多岐にわたります。一部には、国や地域単位でプレプリントサーバを開設する事例もあります。
日本では科学技術振興機構(JST: Japan Science and Technology Agency)が、分野を限定せず、日本語と英語のいずれかのプレプリントを公開できるプレプリントサーバ、Jxivを2022年3月から運用しています。
一部の大手商業出版社では、論文投稿時に出版社のプレプリントサーバでの公開が選択できる仕組みを整備しており、プレプリントを公開した著者は、自身の投稿原稿の状態、査読の進捗状況などを追うことができるようになっています。
プレプリントは迅速に無料で研究成果を公開できることから、早急の対応が求められていた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)禍では、その存在感が高まりました。2020年1月には、“ Joint statement on sharing research data and findings relevant to the novel coronavirus”に、世界中の研究助成機関、研究機関、製薬会社、出版社が共同署名し、COVID-19に関する研究データと調査結果を迅速に共有することが呼びかけられました。その中では、研究成果を雑誌掲載前にプレプリントサーバ、または論文がオープンにアクセスできるプラットフォームを通じて入手できるようにすることが、確実に実行すべき事項として挙げられています。実際に、COVID-19に関するプレプリントの公開数が増加したことが複数の調査で報告されています。
<表2:主要なプレプリントサーバ>
2.7.4 研究助成機関とプレプリント
近年は、研究助成機関から助成を受けた研究成果のプレプリントの利活用や公開を促進する動きが広がっています。
米国国立医学図書館(NLM: National Library of Medicine)は、2020年より“NIH Preprint Pilot”として、NIHの助成を受けた研究成果のプレプリントを、 PMCおよびPubMedを通じて利用できるように取り組んでいます。
2024年3月にはビル&メリンダ・ゲイツ財団が、2025年1月からの同財団のOAポリシー改訂を発表しました。この改訂により、2025年1月以降に助成を受けた全ての研究に対して、同財団が認めたプレプリントサーバ、または投稿に対して十分なレベルの精査を行っている、事前承認済みのプレプリントサーバにて、プレプリントの公開を義務付けています。さらに、2024年4月にはF1000と連携して、プレプリントプラットフォーム、VeriXivを立ち上げることを発表し、同年8月には投稿が始まっています。
2.7.5プレプリントの品質保証
プレプリントの品質を担保するための取り組みも行われています。一つは、プレプリントサーバでのスクリーニングです。プレプリントサーバによって、その有無や程度は異なりますが、上述のVeriXivの場合は、研究の完全性を高めるため、投稿されたプレプリントに対して、剽窃、画像操作、著者確認、利益相反など、20種類の倫理面や完全性についての厳格な出版前チェックを行うとしています。また、プレプリントを査読するサービスも登場しています。欧州分子生物学機構(EMBO: The European Molecular Biology Organization)と非営利団体ASAPbio(Accelerating Science and Publication in biology)とが共同で 、生命科学分野の原稿を雑誌に投稿する前に査読するプラットフォーム、Review Commonsを立ち上げ、運用しています。Review Commonsでは投稿前の原稿に対して、専門家による、雑誌とは独立した厳密な査読を受けられます。著者は査読内容と自身の回答をbioRxivで公開したり、Review Commonsの提携する雑誌へ査読済原稿として投稿したりすることができます。
参考文献
Mallapaty, S. (2020). Popular preprint servers face closure because of money troubles. Nature.
https://doi.org/10.1038/d41586-020-00363-3
Ni, R., & Waltman, L. (2024). To preprint or not to preprint: A global researcher survey. Journal of the Association for
Information Science and Technology, 75 (6), 749-766. https://doi.org/10.1002/asi.24880
尾城孝一. (2020). 進化するプレプリントの風景. 情報の科学と技術, 70 (2), 83-86. https://doi.org/10.18919/jkg.70.2_83
尾城孝一. (2022-03-04). VoRからRoVへ. RCOS日誌. https://rcos.nii.ac.jp/diary/2022/03/20220304-1/ (2024-07-18 最終確認)
野村紀匡. (2021). プレプリントの動向とプレプリントサービスのビジネスモデル. 情報の科学と技術, 71 (9), 408-413.
https://doi.org/10.18919/jkg.71.9_408
船守美穂. (2020-09-05). 変わりゆくプレプリントの機能. RCOS日記- mihoチャネル.
https://rcos.nii.ac.jp/miho/2020/09/20200905/ (2024-07-18 最終確認)