2.1.1 APC支出額の傾向
世界全体でAPCの支出は年々増加しています。2015年から2018年の間に大手商業出版社5社(Elsevier、Sage、Springer Nature、Taylor & Francis、Wiley)に支払われたAPCの支出額は約1.7倍となっています 1)。さらに2019年から2023年の間には、OA出版社を含む大手出版社6社(Elsevier、Frontiers、MDPI、PLOS、Springer Nature、Wiley)に支払われたAPCの支出額は約2.8倍になったと推定されています 2)。国内でも、近年では円安の影響もありますが、APCの支出額は年々増加していると推定されています。2012年には国内機関所属の著者が責任著者となった論文の APC 支払推定額は約12.5億円でしたが、2022年には100億円を突破し約8.3倍となっています(図1参照)。3)
図1.APC 支払推定額の推移,および各年の内訳 [論文公表実態調査報告(2023年度) 3)
これは、APCを徴収するフルOA、ハイブリッドOAの論文数が増加していることに加え、APCの価格自体も上昇していることが原因として考えられます。
2.1.2 APC支出額増加の要因
2.1.2-(1) OA論文数の増加
Digital Science社が提供する学術情報プラットフォームDimensionsによると、世界全体のフルOAとハイブリッドOAの論文数は、2014年から2023年の間に約3.8倍に増加しています 4)。国内でも同様の傾向がみられ、フルOA論文数とハイブリッドOA論文数は、2012年から2021年にかけては増加の一途を辿っています 3)。
OA論文数の増加の背景には、その掲載誌であるフルOA誌とハイブリッドOA誌のタイトル数増加があります。DOAJ(Directory of Open Access Journals)に収録されるフルOA誌のタイトル数は毎年増加しています。その中には、実質的にAPCを徴収していないフルOA誌も一定数ありますが、OA論文の多くはAPCを徴収する商業出版社から出版されていることが複数の調査から明らかにされています 5)。
ハイブリッドOA誌は、2009年の約2,000誌から2016年にはほぼ10,000誌に増加し、同期間のハイブリッドOA論文は、8,000本から45,000本に増加したとの推計があります 6)。大手出版社5社(Elsevier、Sage、Springer Nature、Taylor & Francis、Wiley)においては、2007年から2013年の間にハイブリッドOA論文数は約21倍となっているとの報告や、2015年から2019年の間にElsevierのハイブリッドOA論文数はほぼ倍増しているという報告もあります 7), 8)。フルOA論文数と比較しても、ハイブリッドOA論文数の増加率の高さは顕著です。Dimensionsのデータによれば、2014年から2023年の間にフルOA論文の数が約3.6倍に増加したのに対し、ハイブリッドOA論文は約4.7倍に増加しており、伸び率の高さが際立っています 9)。
また、OAメガジャーナルと呼ばれる(参照【解説編】1 オープンアクセスとは)、大量のOA論文を出版するOA誌の存在が、結果としてAPC支出総額の増加につながっている側面もあります。大手商業出版社5社(Elsevier、Sage、Springer Nature、Taylor & Francis、Wiley)のジャーナルに対する2015年から2018年の調査では、APC収入額の高いジャーナルのトップは OAメガジャーナルに該当するScientific Reports(1億510万ドル、73,206本)であり、そのOA論文出版数はその他のジャーナルを大きく引き離しています。2位のNature CommunicationsもOA論文出版数が多いジャーナルであり、APC収入の高さは論文数の多さで説明できると分析されています 1)。
2.1.2-(2) APC価格の上昇
APCの価格自体も年々上昇しています。Delta Think社が大手出版社・主要出版社の2万タイトル以上のAPC価格を経年調査したデータによると、2015~2016年から2022~2023年の間、フルOA誌とハイブリッドOA誌の平均APC価格は、ほぼすべての年で上昇しており、全体ではフルOA誌で約29%、ハイブリッドOA誌で約16%の平均価格上昇が確認されています 9)。2024年も2023年と比較してフルOA誌で約9.5%、ハイブリッドOA誌で平均4.2%上昇していると報告されています 10)。
また、ハイブリッドOA誌のAPC価格は、フルOA誌に比べて高めに設定される傾向があります。2024年のフルOA誌の平均APC価格は、ハイブリッドOA誌の平均APC価格の約62%でした 10)。著名な購読誌がハイブリッドOA化する場合、特に高額となることが多く、例えば2021年1月からハイブリッドOA誌となった『Nature』本誌の2024年のAPCは12,290ドルであり、これは主要出版社が設定するAPCの中で最も高額です。近年は、転換契約(参照【解説編】2.2 近年の動向 転換契約)の増加でハイブリッドOA誌への直接的なAPCの支出が発生しない事例もあることから一概には言えませんが、フルOA誌に比べてAPC価格が高めに設定されているハイブリッドOA誌の増加もAPC支出額の増加に大きな影響を与えている可能性があります。
2.1.3 APC支出額抑制に向けての課題
本章で述べたAPCの支出額増加については、現状のままでは根本的な改善が難しい状況にあります。まず、OA出版の多くを大手出版社が担っている現状では、市場で支配的な企業がAPCの価格決定に大きな影響を持つと考えられます 11)。例えば、優れたOAの取り組みを認証するDOAJシールに登録されたジャーナルのうち、Springer Natureが所有する出版社(BioMed Central、Springer
Open、Nature) のジャーナルは全体の35%、論文数では65%を占めています 12)。さらに、各分野で著名な雑誌が固定化しているため、研究者が投稿先を容易に変えることが難しい状況や、欧州を中心に進められてきたAPC助成や転換契約の影響で、研究者の価格に対する感度が低くなっていることも要因として挙げられます。このような状況下で、従来の著者がAPCを支払うモデルを維持することは厳しくなってきていますが、各ステークホルダーは転換契約やSubscribe to Open(参照【解説編】2.4 Subscribe to Open(S20))、ダイヤモンドOA(参照【解説編】2.5 ダイヤモンドOA)といった新たな対策や取り組みを進めています。
注・引用文献
1 )Butler, L.-A., et al. (2023). The oligopolyʼs shift to open access: How the big five academic publishers profit from
article processing charges. Quantitative Science Studies, 4 (4), 778-779.
https://doi.org/10.1162/qss_a_00272
2 )Haustein, S., et al. (2024). Estimating global article processing charges paid to six publishers for open access between 2019 and 2023. arXiv:2407.16551v1.
https://doi.org/10.48550/arXiv.2407.16551
3 )大学図書館コンソーシアム連合 (JUSTICE). (2023). 論文公表実態調査報告 (2023年度).
https://contents.nii.ac.jp/sites/default/files/justice/2023-12/2023_ronbunchosa.pdf (2024-08-26 最終確認)
4 )Dimensions.
https://app.dimensions.ai/ (2024-11-15 最終確認)
5 )Borrego, Á. (2023). Article processing charges for open access journal publishing: A review. Learned Publishing,
36 (3), 359-378.
https://doi.org/10.1002/leap.1558
6 )Björk, B.-C. (2017). Growth of hybrid open access, 2009―2016. PeerJ, 5, e3878.
https://doi.org/10.7717/peerj.3878
7 )Laakso, M. & Björk, B.-C. (2016). Hybrid open access―A longitudinal study. Journal of Informetrics, 10 (4), 919-
932.
https://doi.org/10.1016/j.joi.2016.08.002
8 )Jahn, N., et al. (2021). Toward transparency of hybrid open access through publisher-provided metadata: An article-level study of Elsevier. Journal of the Association for Information Science and Technology, 73 (1), 104-118.
https://doi.org/10.1002/asi.24549
9 )Brayman, K., et al. (2024). A review of transitional agreements in the UK. Zenodo, Version v1.
https://doi.org/10.5281/zenodo.10787392 (2024-08-26 最終確認)
10)Pollock, D. & Staines, H. (Delta Think). (2024) 19. News & Views: Open Access Charges ― Continued
Consolidation and Increases.
https://deltathink.com/news-views-open-access-charges-continued-consolidation-and-increases-3/ (記事・データ
は有料会員向けのサービス、2024-08-26 最終確認)
11)Kim, S.-J. & Park, K.S. (2021). Open access status of journals and articles in journal citation reports. Science
Editing, 8 (1), 26-31.
https://doi.org/10.6087/kcse.226
12)Rodrigues, R.S., et al. (2020). Open access publishers: The new players. PLoS ONE, 15 (6), e0233432.